あやかしが家族になりました

山いい奈

文字の大きさ
22 / 45
2章 「まこ庵」での日々

第9話 家族のあり方

しおりを挟む
 その日のあやかしタイム後、子どもたちも自室で寝に入ったので、真琴まこと雅玖がくはリビングでくつろいでいる。真琴はいつもの様にグラスに注いだ缶ビール、雅玖も日本酒。今日の切子グラスは赤色である。

「真琴さん、つむさんから連絡がありました。無事仲直りができましたと」

 紡。初めて聞く名前に一瞬頭にクエスチョンマークが浮かぶが、仲直りというワードで、先ほど四音しおん景五けいごのお手製肉じゃがとマリーゴールドを持たせた猫又のあやかしだと察した。

「紡さんて言うん? あの、猫又のご老人の男性やんね?」

「そうです」

 あやかしたちは入れ替わり立ち替わり訪れるので、全員の名前までは把握できていなかった。良く来るあやかし、たまにしか来ないあやかしと様々なので、顔も覚えていたりいなかったりなのである。

 真琴が以前勤めていた割烹ではご常連も多く、顔と名前を覚えるのは必須と言えた。お客はこれからも来るという意思表示で名刺を置いて行くので、それを元に何人ものご常連を頭に叩き込んだ。

 あやかしタイムに来るあやかしも、ほぼ毎日来るあやかしはしっかり覚えている。だが紡さんはそこまで頻繁では無いので、顔は薄っすらと覚えていたが、お名前は知らなかった。

「真琴さんに感謝しておられました。景五の、正確には景五と四音の肉じゃがですけど、それを美味しく食べて、綺麗なお花も喜んでくれたと。いさかいの原因は私も聞いていませんが、美巳みみさん、あ、紡さんの奥方なのですが、私も悪かったと、喧嘩両成敗になったそうです」

「そりゃ良かった。うちに来はる時はいつもおふたり一緒やったから、喧嘩してはるんやったら悲しいもんねぇ。雅玖、言うてたやん、あやかしの夫婦は労わり合うって。私、ええなぁって思ってん」

「そうですね」

「私は人間の尺度になってまうんやけど、夫婦にもいろいろあるやん。ほんまにそうできてる夫婦、してるつもりだけの夫婦、するつもりも無い夫婦。別にさ、ふたりが良かったらなんでもええと思うねん。でも私、夫婦は対等やって思っててさ」

「はい」

 真琴がつらつらと話すことを、雅玖は穏やかな表情で聞いてくれる。真琴はあやかしの結婚観が良いな、理想だなと思っていたので、雅玖が気遣ってくれることをありがたく受け入れているが、そう言えば自分の考えをあまり伝えたことは無かった。

「人間やと、昔は旦那さんがお仕事して、奥さんが家事育児一切を担ってた。今は形が変わって来たて言われてるけど、やっぱり家事育児全部して、お仕事までしてはる奥さんがいるって聞いて、私、ぞっとしたんよ。旦那さん、お休みの日、何してはるんやろって」

「……耳が痛いですね」

 雅玖がそう言って苦笑する。

「雅玖はちゃうやろ? 家事も子どもたちのお世話も、メインでやってくれてるやん。お陰で私は助かってる。お昼も夜も「まこ庵」に集中できる」

「でも、真琴さんは美味しいごはんを作ってくれているんですから。それにお店もされています。ならその間、私が他のことをするのは理にかなっていますよ」

「雅玖がそう言うてくれてるから、私と合うなって、嬉しいんよ。私、お店を持つんが夢やった。雅玖がそれを叶えてくれた。最初は不安やったスイーツ作りも、雅玖と子どもたちが試食してくれてたくさん感想言うてくれたから、どうにかなってる」

「はい。どれもとても美味しかったですよ」

 試作だから同じスイーツでも配合などは日々少しずつ変えたりしていた。雅玖と子どもたちは率直に自分たちの好みも踏まえ、意見をくれていた。それは本当に助かっていたのだ。

「……言うてへんかったかな、私の実母、おかんがな、いわゆる昭和脳やねん」

 真琴はずっと母親から結婚をせっつかれていたこと、真琴のお仕事や夢を諦めさせようとしていたこと、専業主婦にさせようとしていたことを話す。

「ご両親に挨拶をさせていただいた時のお母さまのお言葉で、なんとなく」

 ああ、そう言えばあの時は大変だった。父親がなんとか抑えてくれようとはしたが度し難く、結局激昂する母親を無視する形でおいとましたのだった。

「そっか、そりゃ分かるか。そやねん、おかんにとって、女性の幸せは専業主婦なんよ。せやから私も専業主婦になれってずっと言われとった。せやからあの日、観音さまに良縁を願ったわけやねんけど」

「それは、お母さまなりに、真琴さんのことを思ってらしたのでは」

「うん。それは私も解ってる。おかんにとってそれが絶対やから、私にも言うてるんやって。でも、おかんと私は違う人格やから。やりたいことも夢もちゃうのなんて当たり前やろ。おかんはそれを認めてくれへん。かたくなっちゅうんかな」

「そう、ですね」

 雅玖は否定も肯定もしづらい様で、それでもやんわりと肯定してくれた。

「別にそれが悪いこととかや無いで。それがええ人は他にもおると思うし。でも押し付けられるんは、さすがにしんどかったかなぁ」

 真琴はつい苦笑いを浮かべてしまう。結婚報告をしてから、不思議と母親からの連絡は途絶えていた。その理由は分からぬまま、真琴も何か言われるのが億劫おっくうで、コンタクトは取っていなかった。父親とはチャットアプリを使って時折連絡を取り合っているのだが。

「せやから、今はめっちゃ楽。おかんから連絡が無いんは気になるけど、おとんは心配せんでええて言うてくれてるし、お昼は和カフェができて、夜には小料理屋の真似事もできる。充実してるんよ。それは、雅玖と子どもたちのお陰やと思ってる。ほんまにありがとう」

 真琴が微笑むと、雅玖は目を細める。そこにどんな思いが込められているのか、真琴には分からない。だが。

「私も、真琴さんと子どもたちとの生活が、とても心地が良いんです。私としては、このまま皆で過ごして行けたらと思っています。子どもたちも大きくなるにつれ、変わっていくこともあるかも知れません。それは真琴さんと私も同様です。それでもその時々で工夫をして、時には罵倒ばとうされたりしながら、乗り越えて行けたらと思っています」

 途中おかしなワードが入ったが、これも雅玖なのだからと無言でスルーする。

「うん。私もそう思う。私は奥さんとしても母親としてもまだまだやけど、これからも支え合って行けたら嬉しい。これからもよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 真琴と雅玖は穏やかに笑い合い、どちらとも無くグラスを重ね合わせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜帝と番ではない妃

ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。 別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。 そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・ ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

【完結】身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」 新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。 1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。 2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。 そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー… 別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート

処理中です...