異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈

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#25 壱、完全復活、からの

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 水銀の体温計。ドラッグショップなどで現物を見た事は何度かあったが、実際に使うのは初めてだった。

 壱が家で使用していたのはデジタルの体温計。測り終わったらアラームで知らせてくれるが、水銀のものはそれが無い。

 時計を見て、茂造に言われた通りに3分ほどが経ってから、脇から外す。体温を見てみようとしたのだが、うまく見る事が出来なかった。

「え、これどうやって見るの?」

 目盛りは勿論見える。だから中の水銀が結果を示すのだと言う事は理解出来るのだが、それを目視出来なかった。

「あーこれ角度がいるんだよ。横にして、向こうにちょっと傾けて、そうそう」

 カリルが言う通りにする。角度を少しずつ調整していくと、体温計の中心を埋める水銀の光を見る事が出来た。

「見えた! やった、6度3分」

「良かったじゃん!」

 しっかりと平熱になっている。大丈夫だとは思っていたが、こうして数値に表されると安堵あんどする。これで風呂に入れる。明日から、いや、今からでも働ける。

「じゃあ俺も掃除やるよ。早く終わらせて風呂に行こう」

「どんだけ風呂に入りてーんだよ」

「だって、今朝熱出してから、下げる為に汗も掻いたし。明日からまた働くんだから、綺麗にしとかないと」

「壱はマジメだなー」

 カリルがまた楽しそうに笑う。ふと洗い物に精を出していたサントと眼が合うと、良かった、そう言う様に頷いてくれたので、壱も笑って頷き返した。

 カリルが調理台を拭き、サントが洗い物。壱は箒を出して、床を掃き始める。するとそのタイミングで茂造が戻って来た。

「壱、掃除などして大丈夫なのかの?」

「大丈夫。熱も測ったけど、平熱に下がってたからさ」

「しかしのう……」

 壱が言っても渋る茂造。壱は手を止めて、静かに口を開いた。

「あのさ、じいちゃん、俺もう14歳の子どもじゃ無いよ。酒も飲めるし」

 ビールはまだ少し苦いと感じるが、白ワインと麦焼酎のソーダ割りは美味しいと思う。

「タバコだって吸えるし。吸わないけど」

 大学時代、20歳になった同級生の何人かが興味本位で口にしていたが、壱は実家が実家だからか、吸いたいとは思わなかった。

「選挙権だってあるし。今は18歳に引き下げられたけど」

 向こう数年は投票に行けなくなった訳だが。

「もうさ、それなりに大人なんだよ。だからそんなに心配しなくても大丈夫だからさ。しんどい時はしんどいって言う。周りに頼る事をこばむなんて、そんな馬鹿な事はしないよ」

 そう言ってにっこり笑うと、茂造は驚いた様に眼を見開き、しかし次第に眼を細める。頬を緩め、感慨かんがい深げに幾度いくどと頷いた。

「そうか。そうじゃの。うんうん、そうじゃの」

 そう言いながら、目許を拭った。

「早く掃除終わらせてさ、まかない食べて、風呂行こうよ」

「そうじゃの」

 茂造はそう言いながらまた頷いた。壱はまた手を動かし始める。カリルとサントは気を使ってくれたか、口出しする事も無く、黙々と掃除や洗い物を進めていた。



 村には共用の風呂が集会所の隣にあり、そこを村人全員が入れ替わり立ち代り利用する。いわゆる銭湯せんとうだ。

 風呂は薪で沸かすので、なかなか重労働だ。シャワーは男湯と女湯にそれぞれ1台しか無いので、基本は湯船の湯で頭や身体を洗う。

 なので全身を洗ってから湯船に浸かる事がルールでありマナー。それは壱たちの世界でもこちらの世界でも同じだ。

 山からの水資源が豊富な村なので、毎日湯を変えても微々たるものなのだそうだ。

 村人ひとりひとりにロッカーが割り当てられていて、桶などはそこに置きっ放しである。なので着替えとタオルだけ持って行けば良い。

 食堂を閉め、全員で掃除をした後、まかないを頂く。営業中にタイミングを見てパンを摘むが、立ちっ放しもしくは動き回るメンバーのお腹は満たされない。賄いは大事である。

 賄いはその日に残ったメニューを大皿に盛り、みんなで分け合う。毎日来る人数が決まっているので、過度に余る事も足りなくなる事も無い。ポトフだけが無くなるという日もあるが、その場合はパスタや肉がその分余るので問題無い。

 食べ終わり、手早く洗い物を済ませると、全員で銭湯に向かう。なのでメンバーは夜の営業の出勤時には着替えなどを持参だ。

「あぁん、今日も疲れたわぁ~」

 道中、マーガレットが伸びをしながらつやっぽい声を出す。

「ごめんな、俺が熱を出しちまったから」

 壱があらためてみんなに詫びると、マーガレットは眼をくりっと開いた。

「あらぁ、そんなの気にしなくて良いのよぉ。誰だって調子崩す事なんてあるんだからぁ。ワタシだって風邪引いちゃって、お休みもらった事もあるのよぉ」

「そうだよイチ。困った時はお互いさまって言うの? 店長が前言ってたんだー イチたちの世界に伝わるコトワザ? だっけ? それに忙しいのは毎日だもん。毎日疲れてるよボクたち!」

 メリアンも気遣ってか、明るい調子で言ってくれる。

「あ、あの、でも、それは心地の良い疲れと、言うか、達成感と、言うか」

「そうそう、それそれ!」

 マユリの補足にメリアンが全力で乗っかる。

「昨日はイチがいてくれて本当に助かったからさ、今日はしんどく感じたけどさ、元々3人で厨房やってたんだもんな。いやーしみじみ人の大切さを思い知ったっつーか。な、サント」

 カリルの台詞にサントは大きく頷く。

「だからさ、イチ、明日からまたよろしくな! 頼りにしてるんだからよ!」

 この世界に連れて来られてから出会った人は、多少のトラブルを起こす人はいたものの、みんな良い人ばかりだ。素朴そぼくな村だからだろうか。

 壱の心が温まる。まだ知らない事も多い。不慣れな事も多い。数年後には去るかも知れない。だがここにいる間は、この村の一員として、ユミヤ食堂の調理人として、出来る限りの事をしようと思った。

 胸元でそっとこぶしを作る壱を、茂造が穏やかな眸で見つめていた。サユリは壱の足元で満足そうに歩みを進めていた。
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