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3章 碧、マッチングするかも知れない
第11話 食材が与えてくれる喜び
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「とくら食堂」営業後、碧たちはごはんを食べようと、あまりをテーブル席に運んでいた。
鶏の照り焼きに使っていた鶏もも肉は、お塩と日本酒で下味を付けているので、残りは全部焼いてしまう。
鶏肉は冷凍状態で入荷して、使う分だけを前日の帰りしなに冷蔵庫に移して解凍する。なので、余ってしまったとしても再冷凍する様なことはしない。そうしてしまうと味はますます落ちてしまう。
そして、佐竹さんも褒めてくれたごはん。「とくら食堂」では一升炊きの炊飯器をふたつ使っている。一升は10合、1合でふたり分なので、ひと釜で20人分が取れる。
お昼営業の間に片方のごはんが無くなったら、時間とお客入りを見て、追加で炊く分を決めるのだ。余る分には問題無い。お母さんと碧で食べ尽くせるからだ。だが足りなくなってしまうのはいけない。
だがお父さんももう慣れたもので、碧が「とくら食堂」に入ってからも、足りなくなることも、過度に余ることも無いのだ。
それでも一般的な3人分には多いお料理を前に、碧たちは「いただきます」と手を合わせ、割り箸を割った。
お味噌汁に入れられているおくらは、大振りに切られている。お味噌をまとったおくらはねっとりと、だが爽やかで、夏の恵みを感じさせる。そしておつゆに沁み出したお揚げさんの旨味は、お味噌の美味しさをさらに引き上げてくれるのだ。
さて、楽しみにしていた、ヤングコーンと赤パプリカの柚子胡椒和え。ヤングコーンそのものは、タイなどの南国産のものが年中手に入る。それもとてもありがたい。だが季節限定の国産だからこその価値だと思っている。
口に入れると、まずは柚子胡椒のぴりっとした刺激が鼻を抜ける。そして、昆布とかつお出汁が持つふくよかさ。ヤングコーンに歯を当てると、こりっと小気味の良い音がする。ほっくりも併せ持つこの歯ごたえがたまらない。これぞ生を調理する醍醐味だ。
和え衣は、お出汁に薄口醤油とお砂糖、柚子胡椒を混ぜたシンプルなものである。だからこそ素材と柚子胡椒の旨味が際立つのだ。
そうして碧が美味を堪能していると。
「碧ちゃん、今日きてくれはった佐竹さん、そんな悪い人には見えへんかったねぇ」
お母さんがのんびりとそんなことを言う。
「うん、今日はね。でも結局相談所は退会になったみたいやし、あかんことしてはったんは確かやから」
佐竹さんが結婚相談所の、お店を持っている女性会員に、「ペンギンキッチン」への加入を持ちかけたことが、退会の原因なのは明らかだった。以前にも注意を受けたということだったのだから、それを繰り返し、とうとう相談所も看過できなくなったのだと思う。
「そうやなぁ。思い込んだら、なタイプなんやろか」
お父さんがそう言って首を傾げる。昨日今日知り合っただけの人だから、性格までは分からないが。
「そうなんかなぁ、でもお勤め先の「ペンンギンキッチン」を大事にしてはるんは分かるんよ。せやから悪気も無くあんなことしてしまうんやと思う。今日お話して、邪気が無いのは分かった。でもなぁ」
「うん、何やややこしいことにならんかったらええねぇ」
お母さんはそう言って苦笑した。
碧は佐竹さんに言ったのだ。
「昨日は言い過ぎたかも知れません。ですがお詫びはしません」
そう、きっぱりと。すると佐竹さんは。
「ああ、全然大丈夫。おれ、ドMやから、むしろご褒美や」
そう爽やかな笑顔で言ったのだ。
碧たちは若干引きはしたものの、それは佐竹さんなりの気遣いだろうか。そう思ったのだが。帰るときに。
「おれ、ほんまにドMやから。これからもよろしくな~」
そう言って軽やかに去っていったのだった。
佐竹さんはまた「とくら食堂」にくるのだろうか。嫌なわけでは無いが、碧の悪癖を見られていること、そして堂々とドMだと公言していることで、変に絡まれなければ良いのだが。
というものの、ここで深く考えても仕方が無い。佐竹さんはお仕事もあるのだから、まさか弓月さんみたいに毎日こられるわけでは無いだろうし。
きっとなる様になるのだろう。そう、楽観的に考えることにした。
数日後、7月25日。豚汁の日である。小鉢を作らない代わりに、具沢山の豚汁を作る。
せっかくだからと、夏野菜をメインにした豚汁にしようと用意した具材は、玉ねぎ、人参、おくら、冬瓜、こんにゃく、そして要の豚肉。
「碧、冬瓜頼むわ。1センチ幅な」
「はーい」
碧は青々とした冬瓜を横半分に切る。瑞々しくて白い断面だ。皮を厚めに剥き、中心のたねをくるんだわたを取り外す。
切ると、さくっと気持ちの良い音がする。ああ、楽しい。食材と触れ合うことは、碧に喜びを与えてくれる。
コンロの上には大鍋。お水が張られ、昆布が沈んでいる。昨日の営業終わりから浸けていた昆布はふっくらしている。今は火に掛けられていて、ゆっくりゆっくりと熱を持っていく。沸いたら削り節を詰めたお茶パックを入れるのだ。
卵料理は目玉焼き。お昼のメインはさばの塩焼き。今日もお客さまの心と身体を満たすために、碧は手を動かすのだ。
鶏の照り焼きに使っていた鶏もも肉は、お塩と日本酒で下味を付けているので、残りは全部焼いてしまう。
鶏肉は冷凍状態で入荷して、使う分だけを前日の帰りしなに冷蔵庫に移して解凍する。なので、余ってしまったとしても再冷凍する様なことはしない。そうしてしまうと味はますます落ちてしまう。
そして、佐竹さんも褒めてくれたごはん。「とくら食堂」では一升炊きの炊飯器をふたつ使っている。一升は10合、1合でふたり分なので、ひと釜で20人分が取れる。
お昼営業の間に片方のごはんが無くなったら、時間とお客入りを見て、追加で炊く分を決めるのだ。余る分には問題無い。お母さんと碧で食べ尽くせるからだ。だが足りなくなってしまうのはいけない。
だがお父さんももう慣れたもので、碧が「とくら食堂」に入ってからも、足りなくなることも、過度に余ることも無いのだ。
それでも一般的な3人分には多いお料理を前に、碧たちは「いただきます」と手を合わせ、割り箸を割った。
お味噌汁に入れられているおくらは、大振りに切られている。お味噌をまとったおくらはねっとりと、だが爽やかで、夏の恵みを感じさせる。そしておつゆに沁み出したお揚げさんの旨味は、お味噌の美味しさをさらに引き上げてくれるのだ。
さて、楽しみにしていた、ヤングコーンと赤パプリカの柚子胡椒和え。ヤングコーンそのものは、タイなどの南国産のものが年中手に入る。それもとてもありがたい。だが季節限定の国産だからこその価値だと思っている。
口に入れると、まずは柚子胡椒のぴりっとした刺激が鼻を抜ける。そして、昆布とかつお出汁が持つふくよかさ。ヤングコーンに歯を当てると、こりっと小気味の良い音がする。ほっくりも併せ持つこの歯ごたえがたまらない。これぞ生を調理する醍醐味だ。
和え衣は、お出汁に薄口醤油とお砂糖、柚子胡椒を混ぜたシンプルなものである。だからこそ素材と柚子胡椒の旨味が際立つのだ。
そうして碧が美味を堪能していると。
「碧ちゃん、今日きてくれはった佐竹さん、そんな悪い人には見えへんかったねぇ」
お母さんがのんびりとそんなことを言う。
「うん、今日はね。でも結局相談所は退会になったみたいやし、あかんことしてはったんは確かやから」
佐竹さんが結婚相談所の、お店を持っている女性会員に、「ペンギンキッチン」への加入を持ちかけたことが、退会の原因なのは明らかだった。以前にも注意を受けたということだったのだから、それを繰り返し、とうとう相談所も看過できなくなったのだと思う。
「そうやなぁ。思い込んだら、なタイプなんやろか」
お父さんがそう言って首を傾げる。昨日今日知り合っただけの人だから、性格までは分からないが。
「そうなんかなぁ、でもお勤め先の「ペンンギンキッチン」を大事にしてはるんは分かるんよ。せやから悪気も無くあんなことしてしまうんやと思う。今日お話して、邪気が無いのは分かった。でもなぁ」
「うん、何やややこしいことにならんかったらええねぇ」
お母さんはそう言って苦笑した。
碧は佐竹さんに言ったのだ。
「昨日は言い過ぎたかも知れません。ですがお詫びはしません」
そう、きっぱりと。すると佐竹さんは。
「ああ、全然大丈夫。おれ、ドMやから、むしろご褒美や」
そう爽やかな笑顔で言ったのだ。
碧たちは若干引きはしたものの、それは佐竹さんなりの気遣いだろうか。そう思ったのだが。帰るときに。
「おれ、ほんまにドMやから。これからもよろしくな~」
そう言って軽やかに去っていったのだった。
佐竹さんはまた「とくら食堂」にくるのだろうか。嫌なわけでは無いが、碧の悪癖を見られていること、そして堂々とドMだと公言していることで、変に絡まれなければ良いのだが。
というものの、ここで深く考えても仕方が無い。佐竹さんはお仕事もあるのだから、まさか弓月さんみたいに毎日こられるわけでは無いだろうし。
きっとなる様になるのだろう。そう、楽観的に考えることにした。
数日後、7月25日。豚汁の日である。小鉢を作らない代わりに、具沢山の豚汁を作る。
せっかくだからと、夏野菜をメインにした豚汁にしようと用意した具材は、玉ねぎ、人参、おくら、冬瓜、こんにゃく、そして要の豚肉。
「碧、冬瓜頼むわ。1センチ幅な」
「はーい」
碧は青々とした冬瓜を横半分に切る。瑞々しくて白い断面だ。皮を厚めに剥き、中心のたねをくるんだわたを取り外す。
切ると、さくっと気持ちの良い音がする。ああ、楽しい。食材と触れ合うことは、碧に喜びを与えてくれる。
コンロの上には大鍋。お水が張られ、昆布が沈んでいる。昨日の営業終わりから浸けていた昆布はふっくらしている。今は火に掛けられていて、ゆっくりゆっくりと熱を持っていく。沸いたら削り節を詰めたお茶パックを入れるのだ。
卵料理は目玉焼き。お昼のメインはさばの塩焼き。今日もお客さまの心と身体を満たすために、碧は手を動かすのだ。
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