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4章 碧、転機を迎える
第1話 大切なお友だちと
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「かんぱーい!」
勢いよく生ビールのジョッキを重ね合わせる。碧はその勢いのままジョッキに口を付け、ごくごくと喉を鳴らした。
「美味しーい!」
「ほんまやね。やっぱり1杯目は生やで」
「うんうん」
今日は8月の土曜日。碧は専門学校時代のお友だちである岡崎結依子ちゃんと、梅田のビアガーデンにきていた。阪急百貨店の屋上である。
時間は限られているが食べ放題飲み放題で、碧の様な大食い体質にはありがたいシステムなのだ。今もテーブルには所狭しとお料理が並んでいる。
碧たちが通っていた調理師専門学校は2年制で、1年次は全員で基礎などを学び、2年次で専門科目に分かれる。日本料理、西洋料理、中華料理だ。
ふたりは二年次に日本料理を選び、そのときに距離を縮めた。
結依ちゃんは大阪北新地にある料亭「おかざき」さんの娘さんだ。跡取りはお兄さんなのだが、結依ちゃんも料理人としてお店に入っている。
北新地は大阪のキタ地域にある、一大歓楽街である。過去には高級歓楽街としてその名を馳せた。毎夜札束やゴールドカード、ブラックカードが飛び交い、一見さんお断りのお店も多く、かなりお客を選ぶ街だった。
だがバブルが弾け、景気が落ち込み、北新地も生き残りのために策を弄した結果、今や万人を受け入れる歓楽街へと変貌を遂げた。
高級店そのものはまだ数多くあるが、一見さんも受け入れるお店が増え、低価格帯のお店も誕生し、時代に沿った変化をしてきたのだ。
碧たちが生まれたときには、バブル時代は終わっていた。だから結依ちゃんのご実家「おかざき」さんは苦労もあったかも知れない。それでも北新地という地で今でも料亭として成り立っているのは、営業努力の賜物である。すごいことなのだ。
結依ちゃんとは専門学校を卒業してから、数ヶ月に1度の割合でこうして会っていた。「おかざき」さんは土曜日と日曜日、祝日が定休日なのである。
今でこそ土日祝も開いているお店が多い北新地だが、かつては日曜日と祝日は軒並みお休みだった。「おかざき」さんは高級料亭なので、用途はお仕事の接待などが多い。富裕層のご常連も多いそうだ。
なので、昔からの定休日を変えていない。週末のニーズが少ないのである。
碧が「さつき亭」にいるときは、土曜日がお休みだったので、結依ちゃんのお休みと照らし合わせると土曜日の夜にしか会えなかった。だが「とくら食堂」に移った今は、日曜日と祝日も会える。だが碧が翌日の平日が朝早いので、やはりゆっくりと会えるのは、基本は土曜日なのだ。
前に結依ちゃんに会ったのは半年ほど前。25歳になってからこうして会うのは初めてだった。
結依ちゃんと碧は、料亭と定食屋という違いはあれど、実家がお店をしていて、家族経営というところが似通っているのだ。それもお話が合う要因のひとつなのかも知れなかった。
「そうや、結依ちゃん、わたしね、婚活始めたんよ」
「お」
結依ちゃんが目を丸くし、興味深げに軽く身を乗り出した。
「マチアプとか? 相談所?」
結依ちゃんにしても碧にしても、今のお仕事場が実家ということもあって、そういった出会いが無いことも共通していた。
「相談所。結婚やったら、その方が確実やと思って。でもねぇ」
碧は佐竹さんとのことを話す。碧の中ではもう昇華したことなので、愚痴っぽくならない様に気を付けながら。
「あらま、そりゃあ災難やったねぇ」
「ねぇ。でもその人、今はうちのご常連になってくれたから、まぁええかなって」
「ええんかなぁ。でもそんなことする人、ほんまにおるんや。ほんま、世の中にはいろんな人がおるねぇ」
結依ちゃんは困った様な、だがどこかおかしそうな顔で笑う。その気持ちは碧にも分かる。佐竹さんが「とくら食堂」で素をさらけ出したとき、碧もそんな気持ちになったことを思い出したからだ。
「でもさぁ、碧はその人と和解したんよね? それやったら、あらためてお見合いするとか、どうにかなるとか、無いん?」
「無い無い。ありえんよ~」
碧はからりと笑って、手を振った。もう本当に、碧の中で佐竹さんは、「とくら食堂」のご常連になったのだ。お仕事もあるから頻度はそう高く無いかも知れないが、佐竹さんが「とくら食堂」の朝ごはんを楽しんでくれているのは充分伝わっている。
「また担当さんに紹介してもらえるやろうから、次に期待するよ」
「でもさぁ、ほら、うちはお客も既婚者が多いし、まぁ男性やったらおじさんが多いからあれやけど、碧んとこは独身の若い男性客も多いんとちゃうん? 外で朝ごはん食べてはるんやから、既婚とか実家暮らしとかや無さそう」
「そうかも知れんけど、みなさんぱっと食べてぱっと出ていかはるからね。出会いなんて無いよ」
「そんなもんなんかなぁ」
「そんなもんよ」
碧は笑いながら言って、生ビールを傾け、フライドポテトを口に運ぶ。皮付きでほくほくさが残る切り方がされていて、表面はかりっと揚がっている。サラダの野菜はしゃきしゃきで、グリルチキンも皮がぱりぱりだ。
結依ちゃんとお話をしている間にも、碧は食べることに余念が無い。お店に迷惑を掛けない程度で、たくさん食べさせてもらうことにしよう。
「ま、碧には結婚が必要な目標があるもんね。応援してる」
「ありがとう」
結依ちゃんと碧は、あらためてビールジョッキを重ね合わせた。
勢いよく生ビールのジョッキを重ね合わせる。碧はその勢いのままジョッキに口を付け、ごくごくと喉を鳴らした。
「美味しーい!」
「ほんまやね。やっぱり1杯目は生やで」
「うんうん」
今日は8月の土曜日。碧は専門学校時代のお友だちである岡崎結依子ちゃんと、梅田のビアガーデンにきていた。阪急百貨店の屋上である。
時間は限られているが食べ放題飲み放題で、碧の様な大食い体質にはありがたいシステムなのだ。今もテーブルには所狭しとお料理が並んでいる。
碧たちが通っていた調理師専門学校は2年制で、1年次は全員で基礎などを学び、2年次で専門科目に分かれる。日本料理、西洋料理、中華料理だ。
ふたりは二年次に日本料理を選び、そのときに距離を縮めた。
結依ちゃんは大阪北新地にある料亭「おかざき」さんの娘さんだ。跡取りはお兄さんなのだが、結依ちゃんも料理人としてお店に入っている。
北新地は大阪のキタ地域にある、一大歓楽街である。過去には高級歓楽街としてその名を馳せた。毎夜札束やゴールドカード、ブラックカードが飛び交い、一見さんお断りのお店も多く、かなりお客を選ぶ街だった。
だがバブルが弾け、景気が落ち込み、北新地も生き残りのために策を弄した結果、今や万人を受け入れる歓楽街へと変貌を遂げた。
高級店そのものはまだ数多くあるが、一見さんも受け入れるお店が増え、低価格帯のお店も誕生し、時代に沿った変化をしてきたのだ。
碧たちが生まれたときには、バブル時代は終わっていた。だから結依ちゃんのご実家「おかざき」さんは苦労もあったかも知れない。それでも北新地という地で今でも料亭として成り立っているのは、営業努力の賜物である。すごいことなのだ。
結依ちゃんとは専門学校を卒業してから、数ヶ月に1度の割合でこうして会っていた。「おかざき」さんは土曜日と日曜日、祝日が定休日なのである。
今でこそ土日祝も開いているお店が多い北新地だが、かつては日曜日と祝日は軒並みお休みだった。「おかざき」さんは高級料亭なので、用途はお仕事の接待などが多い。富裕層のご常連も多いそうだ。
なので、昔からの定休日を変えていない。週末のニーズが少ないのである。
碧が「さつき亭」にいるときは、土曜日がお休みだったので、結依ちゃんのお休みと照らし合わせると土曜日の夜にしか会えなかった。だが「とくら食堂」に移った今は、日曜日と祝日も会える。だが碧が翌日の平日が朝早いので、やはりゆっくりと会えるのは、基本は土曜日なのだ。
前に結依ちゃんに会ったのは半年ほど前。25歳になってからこうして会うのは初めてだった。
結依ちゃんと碧は、料亭と定食屋という違いはあれど、実家がお店をしていて、家族経営というところが似通っているのだ。それもお話が合う要因のひとつなのかも知れなかった。
「そうや、結依ちゃん、わたしね、婚活始めたんよ」
「お」
結依ちゃんが目を丸くし、興味深げに軽く身を乗り出した。
「マチアプとか? 相談所?」
結依ちゃんにしても碧にしても、今のお仕事場が実家ということもあって、そういった出会いが無いことも共通していた。
「相談所。結婚やったら、その方が確実やと思って。でもねぇ」
碧は佐竹さんとのことを話す。碧の中ではもう昇華したことなので、愚痴っぽくならない様に気を付けながら。
「あらま、そりゃあ災難やったねぇ」
「ねぇ。でもその人、今はうちのご常連になってくれたから、まぁええかなって」
「ええんかなぁ。でもそんなことする人、ほんまにおるんや。ほんま、世の中にはいろんな人がおるねぇ」
結依ちゃんは困った様な、だがどこかおかしそうな顔で笑う。その気持ちは碧にも分かる。佐竹さんが「とくら食堂」で素をさらけ出したとき、碧もそんな気持ちになったことを思い出したからだ。
「でもさぁ、碧はその人と和解したんよね? それやったら、あらためてお見合いするとか、どうにかなるとか、無いん?」
「無い無い。ありえんよ~」
碧はからりと笑って、手を振った。もう本当に、碧の中で佐竹さんは、「とくら食堂」のご常連になったのだ。お仕事もあるから頻度はそう高く無いかも知れないが、佐竹さんが「とくら食堂」の朝ごはんを楽しんでくれているのは充分伝わっている。
「また担当さんに紹介してもらえるやろうから、次に期待するよ」
「でもさぁ、ほら、うちはお客も既婚者が多いし、まぁ男性やったらおじさんが多いからあれやけど、碧んとこは独身の若い男性客も多いんとちゃうん? 外で朝ごはん食べてはるんやから、既婚とか実家暮らしとかや無さそう」
「そうかも知れんけど、みなさんぱっと食べてぱっと出ていかはるからね。出会いなんて無いよ」
「そんなもんなんかなぁ」
「そんなもんよ」
碧は笑いながら言って、生ビールを傾け、フライドポテトを口に運ぶ。皮付きでほくほくさが残る切り方がされていて、表面はかりっと揚がっている。サラダの野菜はしゃきしゃきで、グリルチキンも皮がぱりぱりだ。
結依ちゃんとお話をしている間にも、碧は食べることに余念が無い。お店に迷惑を掛けない程度で、たくさん食べさせてもらうことにしよう。
「ま、碧には結婚が必要な目標があるもんね。応援してる」
「ありがとう」
結依ちゃんと碧は、あらためてビールジョッキを重ね合わせた。
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