14 / 41
2章 肉食野郎と秘密のお嬢さん
第4話 始まった気持ち
しおりを挟む
数日後に来店したビフテキさんは、それはもうご機嫌だった。いつでもにこにこと笑顔の多いビフテキさんだが、まるでとろける様な表情なのだ。
何か良いことがあったのだろうか。だとしたらみのりも嬉しくなってしまう。
11月になり、寒さが増して来ていた。風が冷たくなり、黄色い落ち葉がはらりと舞う。
ビフテキさんは今日もミディアムレアに焼き上げたビーフステーキを頬張り、お惣菜の白菜の粒マスタード煮込みを味わう。
今日のステーキのソースは、赤ワインソースである。じっくり煮詰めてとろみが付いた赤ワインにバターを落とし、お塩とこしょうで味を整えたシンプルなものだ。
粒マスタード煮込みは、白菜の水分を利用して煮込みにしている。お塩と呼び水は少し使うが、ことことと火を通して行くと白菜からじんわりと水分がにじみ出てくる。そこに白ワインを入れて甘い香りが立つまで煮込み、粒マスタードと粒こしょうで味を整える。
ぴりっとした粒マスタードの中から、白ワインで甘さを引き上げた白菜のとろりとした旨味が広がるのだ。
ビフテキさんは白ごはんの大をかっ込みながら、ちらちらとみのりを見上げる。しょっちゅう目が合うものだから、何か言いたいことでもあるのだろうか。それならば。
「何やら楽しそうですねぇ。何かええことでもあったんですか?」
そう水を差し向けると、ビフテキさんは「やったぁ!」とばかりに顔を輝かせた。
「分かります? 分かります!? そうなんですよ! めっちゃ嬉しいことがあって!」
きっと誰かに話したくて仕方が無かったのだろう。ビフテキさんは水を得た魚の様に口を開く。
「うちの会社、10月に部署異動があって、そんときにうちに移って来た子がめっちゃ可愛くて! もう一目惚れっちゅうやつです。しかもデスクが隣になったから、いろいろ教えたげたりしてるうちに結構仲良ぅなって、今度一緒に飯食いに行く約束取り付けたんですよ!」
まるで一息に近い勢いでまくし立てると、ビフテキさんは「嬉しいわぁ~」と身体をくねらせた。
「良かったですねぇ。ええお食事会になるとええですね」
「ほんまに。ええとこ見せんと。どんな店にしようかと思って。雰囲気ええ店でワインとかも飲みたいしなぁ」
「お客さまは牛肉がお好きですから、肉バルとかも良さそうですねぇ。本町にも美味しいお肉料理出してくれるお店があるんですよねぇ」
みのりは「すこやか食堂」を開くときに駅周辺を歩いて空気感を掴みはしたが、飲食店にはあまり入っていない。なので詳しく無いのだ。だが雰囲気の良さそうなお店が何軒もあることは知っているし、スマートフォンなどで調べればメニューなどもある程度は把握できる。
「そうやんなぁ。それか、梅田かなんばに出てもええやろうし。彼女の家がどこかにもよるけどな。帰りにくくなったりしたら悪いからな」
ビフテキさんはそんな素敵なお気遣いもできるのか。誰に対してもそうだが、これから関係を深めたいお相手ならなおさらだ。大事なことである。
「楽しいお食事になったらええですね」
「おう。店長さんもぜひ祈っててくれや!」
ビフテキさんはそう言って、力強い笑みを浮かべた。
その日の営業終わり、21時。悠ちゃんとせっせと後片付けに勤しむみのりは、ビフテキさんの淡い恋心を思い、ついにんまりと頬を緩ませてしまう。
みのりにはろくな恋愛経験が無かった。お付き合いの経験は一応あるのだが、何せ無理の利かない身体である。夏の炎天下に日傘無しで外を歩くことは人並み以上に辛かったし、激しいスポーツに付き合うことも難しい。テーマパークに一緒に行ったときには、めまいが酷くなってしまってベンチに座り込んでしまう体たらくだった。
だから長続きしないのだ。相手の男の子もこんな自分と付き合っていても楽しく無いだろう。
みのりはどうしても、人さまに迷惑を掛けたく無いと思って生きているから、これも仕方が無いと涙を飲んで来た。そして今も、異性の影は無い。
みのりも女性だ。人並みに恋愛話も好きである。自分にろくなエピソードは無いが、お友だちの幸せなお話は楽しかった。
「USJでめっちゃ並んだわ~」
「海遊館のジンベエザメめっちゃおっきかった~」
「肉フェスで食べまくって、これ絶対太ったわ~」
そんなことを弾ける様な笑顔で語るお友だちは、みんな可愛かった。恋する女性は綺麗になるなんて言うが、それは本当なのだ。
今日のビフテキさんも輝いていた。誰かに好意を抱く、誰かを想うことは、きっとその人の力にもなるのだ。
いつかみのりにも、そんな人が現れてくれると良いな。みのりの貧血のことを理解してくれる、優しい人だったら嬉しいな。そんなことを思うのだった。
何か良いことがあったのだろうか。だとしたらみのりも嬉しくなってしまう。
11月になり、寒さが増して来ていた。風が冷たくなり、黄色い落ち葉がはらりと舞う。
ビフテキさんは今日もミディアムレアに焼き上げたビーフステーキを頬張り、お惣菜の白菜の粒マスタード煮込みを味わう。
今日のステーキのソースは、赤ワインソースである。じっくり煮詰めてとろみが付いた赤ワインにバターを落とし、お塩とこしょうで味を整えたシンプルなものだ。
粒マスタード煮込みは、白菜の水分を利用して煮込みにしている。お塩と呼び水は少し使うが、ことことと火を通して行くと白菜からじんわりと水分がにじみ出てくる。そこに白ワインを入れて甘い香りが立つまで煮込み、粒マスタードと粒こしょうで味を整える。
ぴりっとした粒マスタードの中から、白ワインで甘さを引き上げた白菜のとろりとした旨味が広がるのだ。
ビフテキさんは白ごはんの大をかっ込みながら、ちらちらとみのりを見上げる。しょっちゅう目が合うものだから、何か言いたいことでもあるのだろうか。それならば。
「何やら楽しそうですねぇ。何かええことでもあったんですか?」
そう水を差し向けると、ビフテキさんは「やったぁ!」とばかりに顔を輝かせた。
「分かります? 分かります!? そうなんですよ! めっちゃ嬉しいことがあって!」
きっと誰かに話したくて仕方が無かったのだろう。ビフテキさんは水を得た魚の様に口を開く。
「うちの会社、10月に部署異動があって、そんときにうちに移って来た子がめっちゃ可愛くて! もう一目惚れっちゅうやつです。しかもデスクが隣になったから、いろいろ教えたげたりしてるうちに結構仲良ぅなって、今度一緒に飯食いに行く約束取り付けたんですよ!」
まるで一息に近い勢いでまくし立てると、ビフテキさんは「嬉しいわぁ~」と身体をくねらせた。
「良かったですねぇ。ええお食事会になるとええですね」
「ほんまに。ええとこ見せんと。どんな店にしようかと思って。雰囲気ええ店でワインとかも飲みたいしなぁ」
「お客さまは牛肉がお好きですから、肉バルとかも良さそうですねぇ。本町にも美味しいお肉料理出してくれるお店があるんですよねぇ」
みのりは「すこやか食堂」を開くときに駅周辺を歩いて空気感を掴みはしたが、飲食店にはあまり入っていない。なので詳しく無いのだ。だが雰囲気の良さそうなお店が何軒もあることは知っているし、スマートフォンなどで調べればメニューなどもある程度は把握できる。
「そうやんなぁ。それか、梅田かなんばに出てもええやろうし。彼女の家がどこかにもよるけどな。帰りにくくなったりしたら悪いからな」
ビフテキさんはそんな素敵なお気遣いもできるのか。誰に対してもそうだが、これから関係を深めたいお相手ならなおさらだ。大事なことである。
「楽しいお食事になったらええですね」
「おう。店長さんもぜひ祈っててくれや!」
ビフテキさんはそう言って、力強い笑みを浮かべた。
その日の営業終わり、21時。悠ちゃんとせっせと後片付けに勤しむみのりは、ビフテキさんの淡い恋心を思い、ついにんまりと頬を緩ませてしまう。
みのりにはろくな恋愛経験が無かった。お付き合いの経験は一応あるのだが、何せ無理の利かない身体である。夏の炎天下に日傘無しで外を歩くことは人並み以上に辛かったし、激しいスポーツに付き合うことも難しい。テーマパークに一緒に行ったときには、めまいが酷くなってしまってベンチに座り込んでしまう体たらくだった。
だから長続きしないのだ。相手の男の子もこんな自分と付き合っていても楽しく無いだろう。
みのりはどうしても、人さまに迷惑を掛けたく無いと思って生きているから、これも仕方が無いと涙を飲んで来た。そして今も、異性の影は無い。
みのりも女性だ。人並みに恋愛話も好きである。自分にろくなエピソードは無いが、お友だちの幸せなお話は楽しかった。
「USJでめっちゃ並んだわ~」
「海遊館のジンベエザメめっちゃおっきかった~」
「肉フェスで食べまくって、これ絶対太ったわ~」
そんなことを弾ける様な笑顔で語るお友だちは、みんな可愛かった。恋する女性は綺麗になるなんて言うが、それは本当なのだ。
今日のビフテキさんも輝いていた。誰かに好意を抱く、誰かを想うことは、きっとその人の力にもなるのだ。
いつかみのりにも、そんな人が現れてくれると良いな。みのりの貧血のことを理解してくれる、優しい人だったら嬉しいな。そんなことを思うのだった。
35
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる