新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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2章 多種多様なお客さま

第6話 お勉強の大切さ

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 23時になり、「ゆうやけ」は看板である。茨木いばらきくん以外のあやかしはお行儀良く帰っていく。由祐ゆうはせっせと後片付けを進めた。

 汚れた食器などを食器洗浄器に入れている間に、ビールサーバを洗浄し、客席を磨き上げる。厨房はオーダーストップのあとから始めている。お手洗いは茨木くんがやってくれる。

「便所の清潔さは大事や。店の顔のひとつて言うてもええ。それが売り上げを生むんや」

 そう言って、時間を掛けて綺麗にしてくれる。あやかしはお手洗いを使わないので、日に数組くる人間のお客さまのためだ。

 茨木くん自身は経営などに関わったことは無いのだろうが、前のお店のときにもずっとここにいて、そっと店主を見守ってきて、いろいろ思い至ったこともあるのだろう。

 掃除が終わると、食器が洗い終わっている。茨木くんと由祐は厨房に並んで、綺麗になった食器をふきんで拭き上げる。乾燥まで付いていればもっと楽ができるのだろうが、贅沢は言うまい。洗ってくれるだけでも御の字である。

「由祐、あのたこ焼き持ってきた客やけどな」

「はい? もしかして知ってはるんですか?」

「おう。前の店んときから、毎晩新世界しんせかいで飲み歩いとるやつや。恵美須町えびすちょうとか西成にしなりとかに住んどったらそんなやつは珍しか無いけど、あいつは金持っとるからな、せいぜいうちで使ってもらえ」

「んな無茶な。でも、最初はちょっと怖いかもと思ったんですけど、ええ人でしたもんねぇ。でもあの持ち込み料は参りましたよ。高すぎますって」

 由祐が小鉢を拭きながら苦笑すると。

「気にすんな。金はな、使うやつのもとにやってくるもんや。しかも人のために使うやつのな。情けは人の為ならず、や無いけど、人のために動く、金使う、金は関係無くても人に感謝する、そうするやつが大成する。覚えとけよ、由祐」

「……はい」

 由祐は力強く頷く。納得できる話だったからだ。

 情けは人の為ならず。このことわざ、ぱっと聞いただけでは、「人に情けを掛けることは、その人のためにならない」という意味だと思いがちだが、実は「人に情けを掛けると、巡り巡って自分に返ってくる」という意味だ。

 由祐は生活と貯金のために、自分に掛けるお金はできるだけ節約してきた。今もその傾向がある。だが深雪みゆきちゃんの誕生日などには、自分なりに奮発してきたつもりだ。それはただただ、深雪ちゃんに喜んで欲しかったからだ。

 それは小さなものかも知れないが、茨木さんが言っていることなのだろうな、と思う。

 もう31歳になっているのに、まだまだお勉強すべきことがたくさんある。由祐は育った環境が少し特殊だったから、知らないことも多いのかも知れない。

 これからも茨木さんの様な先達や、同い年だが人生経験が豊富な深雪ちゃんに、教えてもらえたら頼もしいと思う。もちろん自分でも調べたい。

「由祐は、本を読んだらええ。自己啓発本でも文芸小説でもええ。小説やったら、いわゆるヒューマンドラマがええかな。そこにはいろんな考え方や価値観が詰まっとる。もっと世間を深く広く知るんや」

「はい」

 由祐は文芸小説を少しは持っているが、あれは娯楽と割り切って、購入などをかなり抑えてきた。今だったら買えるだろう。図書館という手もある。恵美須町の図書館を調べてみようか。

 前に暮らしていたあびこにも図書館はあった。大阪市立の住吉すみよし図書館だ。だが由祐のお家の最寄り駅だった大阪メトロ御堂筋みどうすじ線寄りでは無く、歩いて5分ほど離れたJR阪和はんわ線の我孫子町あびこちょう駅方面にあり、そこからさらに奥に5分ほど歩かなければならない。

 由祐の家はあびこ駅から5分ほどだったこともあって、合計15分ほどを歩くのは骨だった。立地的にショートカットなども難しかった。自転車を持っていなかったこともあり、なかなか腰が上がらなかったのだ。

 由祐は前の職場、カフェでいろいろな人を見てきた。誠心誠意を込めたおもてなしをしてきたつもりだが、その人たちの背景などを知れるわけが無い。ふたり以上のお客さまならお話し声も聞こえてくるが、耳を傾ける様な失礼なことはしない。

 由祐は確かに、少し人とは違う人生を送ってきたのかも知れない。でも自分なりに一般的な感覚を培ってきたつもりだ。だから学校でもカフェでも、我ながら上手に立ち回ることができていたと思う。

 ただ、やはりこの歳になっても、自分は世間知らずなのだと、未熟なのだと思う。そんな由祐が今この「ゆうやけ」をやっていけているのは、茨木くん始めあやかしのおかげなのだと感じている。

 生きているだけでお勉強なのだと、しみじみ思う。この機会にいろいろな本を読んで、そして「ゆうやけ」を通して、学ばせてもらおうと強く思うのだった。
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