新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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3章 それは誰の幸せか

第2話 「ええ男」の基準

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 雲田くもたさんの白ワインも、もう何杯目だろうか。グラスは同じで良いというので、由祐ゆうは雲田さんの手にあるワイングラスに白ワインをとぽとぽと注ぐ。

「はーい、ありがと」

 雲田さんはご機嫌で、ぐいとワイングラスを傾ける。あっという間に半分ほどが減った。

「雲田さん、白ワインはそこそこ強いんですから、あんまり一気に飲むとしんどいかもですよ?」

 言っても無駄だと分かりながらも由祐が声を掛けると。

「あやかしやから大丈夫やもんね~。酒に強く無いとあやかしや無いて。わたくしねぇ、酒に強い人間は、あやかしの生まれ変わりなんや無いかって思ってるんよねぇ~」

 それはまた、面白い見解である。由祐が「ほう」と目を丸くすると。

「何わけの分からんこと言うてんねん」

 呆れた様な茨木いばらきさんの声が届く。間に挟まれているりゅうさんは「ほっほっほ」と愉快そうに笑った。

「ええ~? それやったらおもろいと思わん? 産まれたときからあやかしなんも多いけど、そうやなぁ、酒呑しゅてんみたいに人間に産まれたのにあやかしになったんもあるやろ? 酒呑もどっかで人間として生まれ変わってんとちゃう?」

「……可能性は、否めんけどな」

 茨木さんは渋い表情を浮かべる。納得はできている様だが。

 酒呑、酒呑童子しゅてんどうじは平安時代、京都の大江山おおえやまで悪辣を振るった大鬼である。当時、京都で神隠しが起こり、今なお有名な陰陽師である安倍晴明あべのせいめいが占ったところ、酒呑童子の仕業と判明。源頼光みなもとのよりみつらが討伐に向かい、成敗された。

 この酒呑童子は元は人間だった。大層な美貌を持ち、大勢の女性を袖にしてきた。そんな女性の恨みの念が青年を酒呑童子という鬼にしたという伝承である。名前の由来はお酒好きなところからだそうだ。

 茨木さんはそんな酒呑童子の配下だった。ともに悪どいことをしていたそうだ。今の茨木さんとはイメージが合わないが、もう何百年の前の話だ。心のうちだって変わるのだろう。

 酒呑童子が討たれたとき、茨木さんも一緒だった。茨木さんは頼光四天王だった渡辺綱わたなべのつなに腕を切られ、生命からがら逃げ果せた。のちに策を練って腕を取り返したのだそうだ。

 茨木さんも元は人間だった。母親の胎内に16ヶ月もおり、産まれたときはかなり大きく、歯も生えそろっていたという。鬼となったのは、人間の血を飲んでしまったからだとされている。自分が鬼であることを自覚し、酒呑童子と合流したのだ。

 茨木さんは鬼として生き延びているから、今こうして「ゆうやけ」にいてくれている。だが酒呑童子は討ち滅ぼされた。元は人間だったというのなら、確かに人間として転生していてもおかしく無いのかも知れない。

 前世の記憶を持っているなんてことは非現実的で、ほぼほぼあり得ないだろうから、もし現実に起こっていたとしても、誰も知り得ないのだが。

「そんな想像するんもおもろいやん? 絶世の美丈夫やったんやろ? 会ってみたかったわぁ~」

 雲田さんはうっとりとそんなことを言う。雲田さんが言うところの「ええ男」は、主に顔の美醜が基準である。茨木さんは確かに美男子だが、中身も良いと由祐は思っている。

 中身といえば大村おおむらさんだって、優しくて穏やかで良い人で、「ええ男」だと思う。容姿が雲田さんのお眼鏡に適さないだけで。

 人間なら平井ひらいさんだって、由祐から見れば懐が深そうで「ええ男」だと思う。だが美形では無いので雲田さんには弾かれるのだろう。平井さんは既婚者だから、万が一があってもごめんだろうが。

「まぁ……酒呑さまはおれから見ても規格外やったからな。もし転生とかしとったら、何しでかしとるか」

 茨木さんはおかしそうにくくっと笑う。当時のことを思い出しているのだろうか。

 今でこそ更生している茨木さんだが、やはり当時は悪事を働くことが楽しくて、酒呑童子を崇拝していたのだろう。そう思うと少し複雑だ。

 だが、過去は過去である。今由祐と一緒にいてくれる茨木さんはおとなしい鬼である。人間に仇なすこと無く、由祐の手助けをしてくれる。由祐はそんな茨木さんを信じたら良いのだ。



 翌日、大村さんが来たのは18時半ごろ。大村さんは一般の企業に勤めているのだ。朝の9時から18時まで、大阪屈指のビジネス街である淀屋橋よどやばしにある会社できっちりとお勤めをする。淀屋橋の最寄り駅は大阪メトロ御堂筋みどうすじ線と京阪けいはん本線の淀屋橋駅である。

 あやかしは見た目の年齢が変わらない。なので大村さんは10年から15年ほどで職場を移るそうだ。前職を書くと面倒なことになりかねないので、大学を卒業したあとは祖父母の介護に数年を費やしたことにしている。

 ちなみに履歴書の学歴はでたらめ。同じ学校に行っていたなんて可能性を少しでも潰すために、青森県の学校にしているらしい。ただしあやかしの状態で潜入して下調べはしてあるそう。

 大村さんは簿記1級やMOSマイクロソフトオフィススペシャリスト、秘書検定を持っているので、履歴書に就業経験が無くても採用されやすいのだそうだ。見た目年齢も30台前半で通じるので、ちょうど働き盛りだ。

 身分証明書などは、本物そっくりに作ってくれるあやかし専門の機関があるのだそうだ。人間目線では犯罪であるのだが、犯罪には使用しないそうなので、由祐は何も言うまい。人間の世界で生きていくには必要なものなのだ。

 ちなみにちなみに、面接を受けに行く会社も、あやかしの姿で潜入調査をしている。目指せホワイト企業、だ。残業はあっても1時間ほどらしい。

 そんな堅実な大村さんが、今日はなぜだかそわそわしている。1杯目のカルピス酎ハイを出しているのだが、ほとんど飲まず、ちらっちらっと店内に目を泳がせている。

 どうしたのだろうか。由祐は大村さんのポテトサラダを盛り付けながら大村さんに意識を向ける。久田さんに言われたことを思い出したが、もしかしたら関係あるのだろうか。

「はい、大村さん、ポテトサラダ、お待たせしました」

 由祐が小鉢を出すと。

「ありがとうございます。あ、あの、由祐さん」

「はい、何でしょう」

 大村さんは由祐に声を掛けたものの、まだおろおろとしている。由祐は辛抱強く待って。数分後、やっと視線を定ませた。

「あの、失礼で申し訳無いんですけど、由祐さんて30歳ぐらいて言うてはりましたよね」

「はい」

 別に無礼だとも思わないので、由祐はけろりと応える。すると。

「あの……あの、由祐さんは、男から何をもろたら嬉しいですか?」

 予想外のことを聞かれ、由祐は「へ?」と思わず間抜けな声を出してしまったのだった。
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