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4章 ふたりでいるために
第8話 人に恵まれているから
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深雪ちゃんと松本さんは、茨木さんにぺこりと頭を下げ、平井さんに何度もお礼を言いながら、帰っていった。まだ19時過ぎで夜はまだまだこれからだ。飲み直しなどに行くのだろう。新世界には素敵なお店がたくさんある。
それか、深雪ちゃんを送って行きがてら、本町に行くのかも知れない。どちらにしても、幸せな時間を過ごして欲しいな、なんて、おこがましいながらも思うのだ。
「平井さん、深雪ちゃんたちのお会計、ありがとうございました」
由祐が平井さんに深々と頭を下げると。
「いやいや、頭上げたってな。姉ちゃんの親友が結婚するいうたら、そりゃあ祝うがな。めでたいなぁ。何や今日の姪っ子のこと思い出して、わし、思わず涙出そうになったわ」
平井さんは照れ臭そうに笑う。姪っ子さんと深雪ちゃんを重ね合わせたのだろうか。平井さんにとって可愛い姪っ子さんなのだな、と微笑ましくなる。
「でも、あの姉ちゃんは大丈夫やな。めっちゃしっかりしとる。あれやったらほんまにかかあ天下の方が巧くいくやろ」
「はい、深雪ちゃんにはわたしもいつも助けてもろうて」
由祐が笑顔のまま言うと、平井さんは「うんうん」と満足げに頷く。
「永遠に続くもんはあれへん」
いつかの茨木さんと同じことを言われ、由祐の心はちくりと痛む。
「けどな、それを続けていけるかどうかは、本人らの気持ちと力、ほんで思いや。繋げたい思いが双方にあったら、続くんや。当たり前のことやけど、相手にそう思わせる思いやりが大事やんな。この歳になるから、ほんまにそう思うんや」
いったい平井さんはおいくつなのだろうか。由祐には若々しそうに見えるのだが。
それはともかく、平井さんの言葉が由祐の心に沁み渡る。例えば深雪ちゃんと由祐のどちらもがアクセスしなくなれば、この大切なものはあっという間に絶たれてしまうかも知れない。特にこれから深雪ちゃんは結婚をして、最優先は松本さんになるのだから。
それでも、由祐は深雪ちゃんとの関係を壊したく無い。結婚したことで、そしてこれからお子さんができるだろうことで、今までの様な密な関わりは持てなくなるかも知れない。それでも。
数ヶ月に1度でも「元気にしてる?」、そんなことをやりとりするだけでも良い。深雪ちゃんと繋がっているだけでも、由祐は大丈夫。
それに、今は茨木さんがいるのだから。
依存しようなんて気はさらさら無い。それでも、少しでも、そっとでも、寄りかかれるところがあれば嬉しいな、なんて、思ってしまうのだ。自分にそんな資格は無いとわかってはいながら。
深雪ちゃんは全力で、茨木さんは斜に構えて、それでも、由祐に暖かいものをくれる。もちろん時には厳しいことだって言ってくる。だがそれも由祐を思ってのことだ。そうして自分に真正面で向き合ってくれる人を、由祐は大事にしたい。そして、その人の役に立ちたい。
「はい!」
思わず、弾んだ声になってしまった。平井さんは目を丸くして、次には破顔した。
「ええな! 姉ちゃんはそうやって明るくおるべきや。それが周りを明るくするんや。ここはええ店や。わしが言うんやから間違い無い。常連さんもええ人ばっかりや。姉ちゃんは人に恵まれとる。わしが言うんも何やけどな」
由祐は思わず、ぶんぶんと首を横に振ってしまう。それを言うなら平井さんだってそうだ。平井さんがこの「ゆうやけ」を贔屓にしてくれるから、由祐の心は潤っているのだ。
「ほんまにそうですね。わたしは幸せもんやって、ほんまに思ってます。平井さん、これからも、どうぞよろしくお願いしますね」
由祐が言って頭を下げると、平井さんが「おう!」と威勢の良い返事をしてくれた。
「任しとき。あの姉ちゃんにも言われたし、わし、姉ちゃんのどて焼きが特に好きやねん。抹茶プリンもお気に入りや。ここもな、広いわけや無いけど、やからこそのアットホーム感がええわな。せやからわしはまたここで飲み食いさしてもらうし、そうやな、もうここは、今やわしの隠れ家や。そんなとこができるんは嬉しいわ。わしも老い先そう長くはないやろうけど、長く続けて欲しいて思ってるからな、そこは惜しまんで」
せやから、いったい歳いくつやねん。
年齢不詳過ぎてそんな突っ込みが出てしまうが、由祐はただただ頭を垂れるしか無い。本当にありがたいのだ。
「ありがとうございます」
涙が出そうになって、懸命に堪える。泣き笑いの様な顔になってしまった。
「うん。こちらこそありがたいわ。がみがみ言う嫁の逃げどころにさしてもろてるんやからな」
平井さんはそう言って「わはは!」と笑う。こんなに思いやりのある人だから、毎晩新世界で飲み歩いていると言っても、きっと奥さまを大事にしているのでは無いだろうか。
「いや、実はな、わしの嫁、料理苦手やねん」
由祐は思わず「あらま」と目を丸くした。
「せやからできるだけ料理はしたく無いて言うててな。せやからわしは新世界で風来坊っちゅうか、晩めしジプシーみたいなことをしとんやわ。せやから旨いめしは助かるんや。ここは惣菜とか日替わりやから、飽きひんしな」
まさかそんな事情があったとは。
「それやったら、あの、もしご機会があれば、奥さまもご一緒してくれたら嬉しいです」
「わはは。そうやな、機会があったらな」
平井さんはからからとそんなことを言った。
それか、深雪ちゃんを送って行きがてら、本町に行くのかも知れない。どちらにしても、幸せな時間を過ごして欲しいな、なんて、おこがましいながらも思うのだ。
「平井さん、深雪ちゃんたちのお会計、ありがとうございました」
由祐が平井さんに深々と頭を下げると。
「いやいや、頭上げたってな。姉ちゃんの親友が結婚するいうたら、そりゃあ祝うがな。めでたいなぁ。何や今日の姪っ子のこと思い出して、わし、思わず涙出そうになったわ」
平井さんは照れ臭そうに笑う。姪っ子さんと深雪ちゃんを重ね合わせたのだろうか。平井さんにとって可愛い姪っ子さんなのだな、と微笑ましくなる。
「でも、あの姉ちゃんは大丈夫やな。めっちゃしっかりしとる。あれやったらほんまにかかあ天下の方が巧くいくやろ」
「はい、深雪ちゃんにはわたしもいつも助けてもろうて」
由祐が笑顔のまま言うと、平井さんは「うんうん」と満足げに頷く。
「永遠に続くもんはあれへん」
いつかの茨木さんと同じことを言われ、由祐の心はちくりと痛む。
「けどな、それを続けていけるかどうかは、本人らの気持ちと力、ほんで思いや。繋げたい思いが双方にあったら、続くんや。当たり前のことやけど、相手にそう思わせる思いやりが大事やんな。この歳になるから、ほんまにそう思うんや」
いったい平井さんはおいくつなのだろうか。由祐には若々しそうに見えるのだが。
それはともかく、平井さんの言葉が由祐の心に沁み渡る。例えば深雪ちゃんと由祐のどちらもがアクセスしなくなれば、この大切なものはあっという間に絶たれてしまうかも知れない。特にこれから深雪ちゃんは結婚をして、最優先は松本さんになるのだから。
それでも、由祐は深雪ちゃんとの関係を壊したく無い。結婚したことで、そしてこれからお子さんができるだろうことで、今までの様な密な関わりは持てなくなるかも知れない。それでも。
数ヶ月に1度でも「元気にしてる?」、そんなことをやりとりするだけでも良い。深雪ちゃんと繋がっているだけでも、由祐は大丈夫。
それに、今は茨木さんがいるのだから。
依存しようなんて気はさらさら無い。それでも、少しでも、そっとでも、寄りかかれるところがあれば嬉しいな、なんて、思ってしまうのだ。自分にそんな資格は無いとわかってはいながら。
深雪ちゃんは全力で、茨木さんは斜に構えて、それでも、由祐に暖かいものをくれる。もちろん時には厳しいことだって言ってくる。だがそれも由祐を思ってのことだ。そうして自分に真正面で向き合ってくれる人を、由祐は大事にしたい。そして、その人の役に立ちたい。
「はい!」
思わず、弾んだ声になってしまった。平井さんは目を丸くして、次には破顔した。
「ええな! 姉ちゃんはそうやって明るくおるべきや。それが周りを明るくするんや。ここはええ店や。わしが言うんやから間違い無い。常連さんもええ人ばっかりや。姉ちゃんは人に恵まれとる。わしが言うんも何やけどな」
由祐は思わず、ぶんぶんと首を横に振ってしまう。それを言うなら平井さんだってそうだ。平井さんがこの「ゆうやけ」を贔屓にしてくれるから、由祐の心は潤っているのだ。
「ほんまにそうですね。わたしは幸せもんやって、ほんまに思ってます。平井さん、これからも、どうぞよろしくお願いしますね」
由祐が言って頭を下げると、平井さんが「おう!」と威勢の良い返事をしてくれた。
「任しとき。あの姉ちゃんにも言われたし、わし、姉ちゃんのどて焼きが特に好きやねん。抹茶プリンもお気に入りや。ここもな、広いわけや無いけど、やからこそのアットホーム感がええわな。せやからわしはまたここで飲み食いさしてもらうし、そうやな、もうここは、今やわしの隠れ家や。そんなとこができるんは嬉しいわ。わしも老い先そう長くはないやろうけど、長く続けて欲しいて思ってるからな、そこは惜しまんで」
せやから、いったい歳いくつやねん。
年齢不詳過ぎてそんな突っ込みが出てしまうが、由祐はただただ頭を垂れるしか無い。本当にありがたいのだ。
「ありがとうございます」
涙が出そうになって、懸命に堪える。泣き笑いの様な顔になってしまった。
「うん。こちらこそありがたいわ。がみがみ言う嫁の逃げどころにさしてもろてるんやからな」
平井さんはそう言って「わはは!」と笑う。こんなに思いやりのある人だから、毎晩新世界で飲み歩いていると言っても、きっと奥さまを大事にしているのでは無いだろうか。
「いや、実はな、わしの嫁、料理苦手やねん」
由祐は思わず「あらま」と目を丸くした。
「せやからできるだけ料理はしたく無いて言うててな。せやからわしは新世界で風来坊っちゅうか、晩めしジプシーみたいなことをしとんやわ。せやから旨いめしは助かるんや。ここは惣菜とか日替わりやから、飽きひんしな」
まさかそんな事情があったとは。
「それやったら、あの、もしご機会があれば、奥さまもご一緒してくれたら嬉しいです」
「わはは。そうやな、機会があったらな」
平井さんはからからとそんなことを言った。
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