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4章 ふたりでいるために
第9話 至上の尊いもの
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平井さんが帰り、あやかしだけになった「ゆうやけ」。しっかりと来ていて龍さんの隣にいた雲田さんが、龍さんを飛び越えて本領発揮とばかりに茨木さんに絡み出した。
「やぁっとあやかしだけになった~。もうおとなしゅうしてるん柄に合わんのよ。何なん、ほんまにもう。なぁ、茨木ぃ~」
「お前はくせが強すぎるんや。お前のおとなしいは、一般の普通や」
「何やのぉそれぇ~。なぁ、いつになったらわたくしと一緒に来てくれるん~?」
「せやから行かんて言うてるやろ」
いつものことではあるが、何だか今日はもやもやしてしまう。どうしてだろうか。
「なぁんやの、そんなにここがええん? それとも由祐なん?」
雲田さんがぶすくれてそんなことを言うものだから、由祐はどきりとしてしまう。
「阿呆なこと言うな。わしはこの場所を気に入ってるだけや。由祐を巻き込むな」
「ええ~? でもぉ、前の爺さんのとき以上にご執心や無いのぉ~?」
茨木さんは忌々しげに顔をしかめると。
「前んときはあやかしが見えんやつやったから、入り浸らんかっただけや」
「ほんまにぃ~?」
雲田さんが茨木さんをじっとりと睨む。まるで浮気を糾弾しているみたいだ。
確かに茨木さんは由祐に良くしてくれている。「ゆうやけ」でのボディガードもそうだし、営業後にお家まで送ってくれることだってそうだ。だがそれは、茨木さんにとってはこの場所を守るためだけの行動だ。
だから、決してうぬぼれてはいけない。茨木さんからの恩恵をありがたいと思いつつ、由祐は立場を弁えて、この「ゆうやけ」の維持に尽力する。
「ゆうやけ」は確かに由祐のお店ではあるが、こうしてつつがなく営業ができているのは、紛れも無く茨木さんのおかげなのだから。
2月になり、深雪ちゃんと松本さんの結婚式の日が訪れた。雪が降ってもおかしくない寒さだが、幸いにも晴天に恵まれた。由祐はこの日のために奮発したネイビーのフォーマルワンピースに身を包む。
アクセサリは、首元にゴールドのペンダント。ペンダントトップは本真珠がひと粒鈍く、だか可愛らしく光る。これはお母さんの形見のひとつだった。
足元はベージュのパンプスである。由祐はヒールの高い靴が履けないので、3センチほどの控えめなものだ。
お化粧もいつもより少し濃い目に。と言ってもBBクリームにブラウンのアイシャドウ、黒のアイライン、ピンクブラウンのリップと、控えめではある。だがアイラインは普段は引かないので、由祐にしてみれば気合いが入ったメイクである。
土曜日の今日は「ゆうやけ」は臨時休業である。2週間前からお店の壁にお知らせとして貼っておいたし、ご常連には来店時に伝えておいたので、きっと問題無い。
由祐はベージュのコートをしっかりと着込み、マフラーも巻いてお家を出る。行き先は梅田なので、大阪メトロ堺筋線の恵美須町駅から電車に乗って、動物園前駅で御堂筋線に乗り換える。着くと、地下に降りる階段のところに、あやかし状態の茨木さんがいた。
茨木さんも一緒に来てくれることになっているのだ。ただ招待はされていないので、普通の人間には見えないあやかしの姿である。
由祐はダメ元で、昨日の「ゆうやけ」の営業終わりに誘ってみたのだ。茨木さんと一緒に深雪ちゃんたちをお祝いできたら嬉しいと思ったからだ。すると予想外に「ええで」と快諾してくれた。
ふたりは階段を降り、改札をくぐり、やがて滑り込んできた電車に乗り込む。由祐は茨木さんとのお出かけ、しかも目的が深雪ちゃんたちの結婚式だということで、わくわくしていた。
茨木さんはあやかし状態だから、電車の中では話すこともできないが、横にいてくれるだけで心強かったり楽しかったり。何だかふわふわしている感覚だ。
深雪ちゃんたちの結婚式が楽しみ過ぎて、由祐まで夢見心地の様になっているのだろうな、なんて思う。
お初天神通り商店街にあるトラットリアでの、レストランウェディングである。お初天神通り商店街は梅田の繁華街のひとつで、多くの飲食店などが立ち並ぶ。商店街の突き当たりにある、通称お初天神の名で知られる露天神社は、人間浄瑠璃「曽根崎心中」ゆかりの地なのだ。
そうして12時に始まった人前式。純白のマーメイドタイプのウェディングドレスを身にまとった深雪ちゃんは、本当に綺麗だ。淡いグレイのフォーマルスーツの松本さんはいつもよりきりっとしていて、しずしずと歩く深雪ちゃんをエスコートする。
シンプルでシックな明るい店内。ところどころが色とりどりの生花で飾られ、とても華やかだ。そこに立つ深雪ちゃんは輝いて見える。
由祐は惜しみない拍手を送った。茨木さんは胸元で組んだ腕を解かないが、眩しそうに深雪ちゃんを見ている。結婚は通過点、結婚式は幸せの絶頂、なんて言葉を聞いたことがあるが、今の深雪ちゃんは間違い無く、世界でいちばん美しくて幸せな花嫁さんだ。
深雪ちゃんと由祐は高校から別々になったこともあり、今もお付き合いのある共通の友人はいない。なので式場で知っている人は深雪ちゃんの家族以外いない。
会場を変えずに始まった披露宴は立食式だっやので、由祐は他の参列者の邪魔にならない様に、乾杯のあとはシャンパングラスを手に壁際に寄った。隣には茨木さんが。
高砂席では深雪ちゃんと松本さんが、参列者に囲まれてスマートフォンで写真を撮られたりしている。同年代に見えるので、高校や大学のお友だちなのだろうか。そこは、いや、会場全体が幸せで包まれている。由祐の顔も自然にほころんでしまう。
「由祐、良かったな」
茨木さんの心なしか穏やかな声。由祐は「はい」と小声で応える。
「ちょっと羨ましいです」
「相手おらんけどな」
「ふふ」
結婚だけが幸せの形では無い。それでも深雪ちゃんたちを見ていると、これ以上なんて無いなんて思ってしまうのだから、本当に尊いものだと感じる。
どうか、どうか深雪ちゃんが松本さんと幸せになってくれますように。由祐はただただ、心の底から願ったのだった。
「やぁっとあやかしだけになった~。もうおとなしゅうしてるん柄に合わんのよ。何なん、ほんまにもう。なぁ、茨木ぃ~」
「お前はくせが強すぎるんや。お前のおとなしいは、一般の普通や」
「何やのぉそれぇ~。なぁ、いつになったらわたくしと一緒に来てくれるん~?」
「せやから行かんて言うてるやろ」
いつものことではあるが、何だか今日はもやもやしてしまう。どうしてだろうか。
「なぁんやの、そんなにここがええん? それとも由祐なん?」
雲田さんがぶすくれてそんなことを言うものだから、由祐はどきりとしてしまう。
「阿呆なこと言うな。わしはこの場所を気に入ってるだけや。由祐を巻き込むな」
「ええ~? でもぉ、前の爺さんのとき以上にご執心や無いのぉ~?」
茨木さんは忌々しげに顔をしかめると。
「前んときはあやかしが見えんやつやったから、入り浸らんかっただけや」
「ほんまにぃ~?」
雲田さんが茨木さんをじっとりと睨む。まるで浮気を糾弾しているみたいだ。
確かに茨木さんは由祐に良くしてくれている。「ゆうやけ」でのボディガードもそうだし、営業後にお家まで送ってくれることだってそうだ。だがそれは、茨木さんにとってはこの場所を守るためだけの行動だ。
だから、決してうぬぼれてはいけない。茨木さんからの恩恵をありがたいと思いつつ、由祐は立場を弁えて、この「ゆうやけ」の維持に尽力する。
「ゆうやけ」は確かに由祐のお店ではあるが、こうしてつつがなく営業ができているのは、紛れも無く茨木さんのおかげなのだから。
2月になり、深雪ちゃんと松本さんの結婚式の日が訪れた。雪が降ってもおかしくない寒さだが、幸いにも晴天に恵まれた。由祐はこの日のために奮発したネイビーのフォーマルワンピースに身を包む。
アクセサリは、首元にゴールドのペンダント。ペンダントトップは本真珠がひと粒鈍く、だか可愛らしく光る。これはお母さんの形見のひとつだった。
足元はベージュのパンプスである。由祐はヒールの高い靴が履けないので、3センチほどの控えめなものだ。
お化粧もいつもより少し濃い目に。と言ってもBBクリームにブラウンのアイシャドウ、黒のアイライン、ピンクブラウンのリップと、控えめではある。だがアイラインは普段は引かないので、由祐にしてみれば気合いが入ったメイクである。
土曜日の今日は「ゆうやけ」は臨時休業である。2週間前からお店の壁にお知らせとして貼っておいたし、ご常連には来店時に伝えておいたので、きっと問題無い。
由祐はベージュのコートをしっかりと着込み、マフラーも巻いてお家を出る。行き先は梅田なので、大阪メトロ堺筋線の恵美須町駅から電車に乗って、動物園前駅で御堂筋線に乗り換える。着くと、地下に降りる階段のところに、あやかし状態の茨木さんがいた。
茨木さんも一緒に来てくれることになっているのだ。ただ招待はされていないので、普通の人間には見えないあやかしの姿である。
由祐はダメ元で、昨日の「ゆうやけ」の営業終わりに誘ってみたのだ。茨木さんと一緒に深雪ちゃんたちをお祝いできたら嬉しいと思ったからだ。すると予想外に「ええで」と快諾してくれた。
ふたりは階段を降り、改札をくぐり、やがて滑り込んできた電車に乗り込む。由祐は茨木さんとのお出かけ、しかも目的が深雪ちゃんたちの結婚式だということで、わくわくしていた。
茨木さんはあやかし状態だから、電車の中では話すこともできないが、横にいてくれるだけで心強かったり楽しかったり。何だかふわふわしている感覚だ。
深雪ちゃんたちの結婚式が楽しみ過ぎて、由祐まで夢見心地の様になっているのだろうな、なんて思う。
お初天神通り商店街にあるトラットリアでの、レストランウェディングである。お初天神通り商店街は梅田の繁華街のひとつで、多くの飲食店などが立ち並ぶ。商店街の突き当たりにある、通称お初天神の名で知られる露天神社は、人間浄瑠璃「曽根崎心中」ゆかりの地なのだ。
そうして12時に始まった人前式。純白のマーメイドタイプのウェディングドレスを身にまとった深雪ちゃんは、本当に綺麗だ。淡いグレイのフォーマルスーツの松本さんはいつもよりきりっとしていて、しずしずと歩く深雪ちゃんをエスコートする。
シンプルでシックな明るい店内。ところどころが色とりどりの生花で飾られ、とても華やかだ。そこに立つ深雪ちゃんは輝いて見える。
由祐は惜しみない拍手を送った。茨木さんは胸元で組んだ腕を解かないが、眩しそうに深雪ちゃんを見ている。結婚は通過点、結婚式は幸せの絶頂、なんて言葉を聞いたことがあるが、今の深雪ちゃんは間違い無く、世界でいちばん美しくて幸せな花嫁さんだ。
深雪ちゃんと由祐は高校から別々になったこともあり、今もお付き合いのある共通の友人はいない。なので式場で知っている人は深雪ちゃんの家族以外いない。
会場を変えずに始まった披露宴は立食式だっやので、由祐は他の参列者の邪魔にならない様に、乾杯のあとはシャンパングラスを手に壁際に寄った。隣には茨木さんが。
高砂席では深雪ちゃんと松本さんが、参列者に囲まれてスマートフォンで写真を撮られたりしている。同年代に見えるので、高校や大学のお友だちなのだろうか。そこは、いや、会場全体が幸せで包まれている。由祐の顔も自然にほころんでしまう。
「由祐、良かったな」
茨木さんの心なしか穏やかな声。由祐は「はい」と小声で応える。
「ちょっと羨ましいです」
「相手おらんけどな」
「ふふ」
結婚だけが幸せの形では無い。それでも深雪ちゃんたちを見ていると、これ以上なんて無いなんて思ってしまうのだから、本当に尊いものだと感じる。
どうか、どうか深雪ちゃんが松本さんと幸せになってくれますように。由祐はただただ、心の底から願ったのだった。
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