元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森

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舞い込んだ縁談

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 クラリス・ヴァレンティーナはヴァレンティーナ男爵家の長女として生まれた。
 何不自由なく育ち、華やかな日々を送っていたが、五年前に起きた大規模な水害が家に大きな打撃を与え、
 その対応に追われるうちに家の財政は厳しくなり、後継ぎである弟マティアスの学費を捻り出すのさえ困難な状況となってしまった。

 父と母は悪い人ではないのだが、何か大きなことを成せるような性格ではない。
 ヴァレンティーナ家が潰れるのは時間の問題のように思われた。
 そこで私は一大決心をした。――なんとか自分が資金稼ぎをしようと。

 そして私は男装して傭兵団に入団した。理由は単純、危険を伴う分、金払いが良かったからだ。
 背丈は女性にしてはかなり高いほうだったため、髪を切り、胸をさらしで潰してしまえば男に見えなくもないはずだ。
 屈強な男たちに混ざって剣を握り、汗と血を流し、実に三年もの日々を過ごした。
 本来ならとっくにデビュタントを迎えているはずだったが、悪評と共に「屋敷に閉じ込められている」と噂を作り、世間体を取り繕っていた。

 三年の間に副団長という地位に上り詰めてしまうという想定外なこともあったが、おかげで弟の学費は問題なく支払えたようだ。
 そろそろ潮時かもしれないと思っているころ、ちょうど戦争が収束し、傭兵団は解散となった。

「昨日までの生活が、まるで夢だったみたいだ……」

 家へと向かう馬車の窓から外を眺め、私は独りごちる。
 手には剣だこができ、日焼けで少し荒れた肌や、鍛えた筋肉の影、誰の目にも貴族の娘とは思えない。

「マティ……僕より大きくなったかな。会うのが楽しみだ」

 三年という年月は、想像以上に長い。
 女だとばれないように始めた男口調が染みつき、今では自然と出てしまう。

「……っと、やばいな。私より大きく、だ」
 この口調のまま人様の前に出れば、たちまち自分のみならず家族までもが悪しく言われるだろう。

「まぁ……どうせ修道院に行くんだろうし、口調なんてどうでもいいか」
 社交界での悪評に加え、今や名ばかりの貴族で、財政的にも困窮する家。縁談は望み薄だろう。
 となればあとは修道院に入り、静かに暮らすだけだ。

「僕のせいでごめん」と手紙をくれた弟のことを思い出す。
 けれど、むしろこの状況は私にとって救いだったのかもしれない。

 貴族の娘として生まれた以上、恋愛結婚などできるはずがない。
 しかし私は、傭兵団で出会ったある人に恋をしてしまった。
 この想いを胸に秘めたまま、他の人と結婚してうまくやっていく自信はない。

 そんなことを考えているうちに、知らず知らずのうちに眠りに落ちていたらしい。

「お嬢様、着きました」

 ふと声をかけられ、目を開ける。

 久々に見る我が家の前で、両親――デヴィッドとシンシアが待っていた。

「おかえり、クラリス」

「あぁ、クラリス。会いたかったわ……」

 母は目に涙を浮かべ、喜びに胸を震わせていた。

「父さん、母さん、心配かけてごめん」

「いいのよ、私たちが不甲斐ないばかりにあなたには苦労をかけたわ」

「これぐらいなんともないさ、気にしないで」

「そんなお前に、良い話があるんだ。さぁ、中に入って」

 父の声には、嬉しさと誇らしさが感じられた。

「父さん、いい話って?」

「あぁ、実はな――お前に結婚の申し入れがあったんだ!」

「え……」
 思いもよらない言葉に私は思わず目を丸くし、息を呑む。

「もう、あなた。いきなり言わなくても。家に帰ってきたばかりなのに」

「ん?そうか?安心すると思ったんだが……」
 父は少し首をかしげ、私の表情を確かめるように見つめた。

「僕……私って悪評が広まってるんだよね?そんな私と結婚しようとするなんて、ろくな人じゃ――」
 声を荒げそうになるのをなんとか我慢し、父を睨みつけるように見た。

「何を言う!父さんだって、変な相手なら断ってるさ!」
 父は力強く手を振った。
「それがなんと……お相手はアレクサンダー・グレイヴズ伯爵だ!」

「は、伯爵?格上じゃないか!そんな相手がどうして僕なんかと――」
 次々と襲い掛かる予想外の言葉に、まるで事態がのみこめなかった。

「理由があるんだ」
 父は声を落とした。
「グレイヴズ家の嫡男はずっと留学していたそうなんだ。それが最近になって帰国し、家を継いだ」

「……それで?」
 私は先を促す。

「適齢のご令嬢がもう少なくてな。しかも異国生活に染まり荒々しい風貌と性格で、その子たちからも敬遠されてしまったらしい」
 父は慎重に言葉を選びながら続けた。
「だがクラリスなら、そういうことは気にしないだろう?」

「たしかに、気にしないけど……」
 私は眉をひそめる。

「それに……支度金は不要だそうだ!それどころか、うちに援助してくれると!」
 父は力強く言い切った。

「まさか……もう受け取ってる、とかじゃないよね?」
 痛み始める頭をおさえ、一段と低い声が出た。

「ありがたく受け取って、事業の足しにしたとも!」
 父は軽く肩をすくめ、にこりと笑った。

「は?もう使ったのか!?」

「赤字のまま継ぐなんてマティに申し訳ないだろう?大丈夫、クラリスの淑女教育をしてくれる家庭教師代はちゃんと残してあるからね」
 父がさも当然のことかのように言った。

「どうするんだよ、それじゃもう断れないじゃないか!」

「ん?断る理由がないだろう?」
 きょとんとする父に、私は返す言葉が浮かばなかった。

 悪気がないのだからたちが悪い。
 ここで断れば弟にまで迷惑が掛かってしまう。

 私は力なく頷くしかなかった。
 淑女とはほど遠い生活をしていた私が、伯爵夫人になる?
 そんなこと、誰が想像できただろうか。

 ――この時の私はまだ知らなかった。
 この「縁談」は、私にとって大切な人との縁を結んでいてくれていたことを。
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