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第三章 第五節 エンマアイの記憶
第684話 ショートは膝をついて吐いていた
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「いや、それはできねぇ」
なんのためらいもなく、こちらの哀願を却下してきたアルに、髪が逆立つほどの怒りが湧く。
「しょうとさん、本当にすまねぇ。だが、あんたをこれを見せるわけにはいかねぇ」
「どうして!」
とたんに涙がぶわっとあふれだしてきた。
あれほど泣いたのに、まだからだの中から体液を絞りだそうとしているらしい。
私にはその涙の元が悲しみなのか怒りなのか、自分でももうわからなかった。
「私はアヤトが死んだのを知ってる。コックピット内部の映像を見ていたから、どんな死にざまになっているかもわかってる!」
そう叫んだ。声はしゃがれ、しゃくりあげて、途切れ途切れだったが、脳内通信のほうで思いは通じたはずだ。
「それでもだよ。しょうとさん」
アルの声はやわらかで包容力にあふれていたが、反論の余地を一ミリたりとも残さない絶対的な拒否を含んでいた。
「溶解液がそのあとも浸潤し続けちまってな。コックピット一式、まるごと取り換えないといけないほどなんだ。察してくれ」
その時、そのコックピット内の映像が、網膜に一瞬だけとびこんできた。
クルーのだれかがヘマをやらかしたのだろう。専用回線で共有している視覚映像を、うっかり一般共有回線に切り替えたらしい。
それは目の端にとまるかどうか、本当に一瞬だった。
だがそれで十分だった——。
嘔吐く間もなく、私は膝をついて吐いていた。
ピカピカに磨き上げられた整備場のフロアに、胃の中のものをぶちまけた。
涙と嗚咽とともに、なんども吐く。
すぐに清掃ロボットがからだを滑らせながらやってくると、目の前の吐瀉物をバキューム装置で吸いあげていく。
からだを前のめりにした私の、ほんの10センチほど下で黙々と作業をこなしているロボットを見ながら、私は涙がとまらなかった。
あまりにも変わり果てたアヤトの姿——。
私はその姿に泣くことでしか答えられなかった。どんな感情がそこにあったかわからない。悲しみ、怒り、憐れみ……、もっともっとおおくの感情が入り交じっていたにちがいない。
が、ふいに笑いのようなものが、込みあげそうになった。
自分が気がふれんばかりに嘆いているというのに、目の前の清掃ロボットは命令通り粛々といつもの仕事にいそしんでいるのだ。まるで自分の悲しみなど、取るに足らないことのように感じさせられる。
生きているというのは、どうしてここまでに理不尽なのだろうか……。
ショートはハッとした。
胆汁混じりの胃液が食道をのぼってくる、ヒリヒリとした刺激——。
思い出した記憶のせいで、現実の自分がふたたび吐きそうになっている。
とたんに、あの時の見なければ良かったと後悔した、あのアヤトの最後の姿の映像が、脳裏にフラッシュバックする。
ショートは思わず口元をおさえたまま、からだを『くの字』に折った。口にあてがった手が小刻みに震えている。たちまち這いあがってきた酸っぱい液体が口中を満たす。
その様子を見かねたのだろう。数人のクルーが走り寄ってくるのが目に映った。
だがショートにはそんなものは、どうでも良かった。
あの時のあの悲しみが、怒りが、絶望が、胸によみがえってくる。
とても立っていられない。
ショートはその場にうずくまるようにして倒れた。
なんのためらいもなく、こちらの哀願を却下してきたアルに、髪が逆立つほどの怒りが湧く。
「しょうとさん、本当にすまねぇ。だが、あんたをこれを見せるわけにはいかねぇ」
「どうして!」
とたんに涙がぶわっとあふれだしてきた。
あれほど泣いたのに、まだからだの中から体液を絞りだそうとしているらしい。
私にはその涙の元が悲しみなのか怒りなのか、自分でももうわからなかった。
「私はアヤトが死んだのを知ってる。コックピット内部の映像を見ていたから、どんな死にざまになっているかもわかってる!」
そう叫んだ。声はしゃがれ、しゃくりあげて、途切れ途切れだったが、脳内通信のほうで思いは通じたはずだ。
「それでもだよ。しょうとさん」
アルの声はやわらかで包容力にあふれていたが、反論の余地を一ミリたりとも残さない絶対的な拒否を含んでいた。
「溶解液がそのあとも浸潤し続けちまってな。コックピット一式、まるごと取り換えないといけないほどなんだ。察してくれ」
その時、そのコックピット内の映像が、網膜に一瞬だけとびこんできた。
クルーのだれかがヘマをやらかしたのだろう。専用回線で共有している視覚映像を、うっかり一般共有回線に切り替えたらしい。
それは目の端にとまるかどうか、本当に一瞬だった。
だがそれで十分だった——。
嘔吐く間もなく、私は膝をついて吐いていた。
ピカピカに磨き上げられた整備場のフロアに、胃の中のものをぶちまけた。
涙と嗚咽とともに、なんども吐く。
すぐに清掃ロボットがからだを滑らせながらやってくると、目の前の吐瀉物をバキューム装置で吸いあげていく。
からだを前のめりにした私の、ほんの10センチほど下で黙々と作業をこなしているロボットを見ながら、私は涙がとまらなかった。
あまりにも変わり果てたアヤトの姿——。
私はその姿に泣くことでしか答えられなかった。どんな感情がそこにあったかわからない。悲しみ、怒り、憐れみ……、もっともっとおおくの感情が入り交じっていたにちがいない。
が、ふいに笑いのようなものが、込みあげそうになった。
自分が気がふれんばかりに嘆いているというのに、目の前の清掃ロボットは命令通り粛々といつもの仕事にいそしんでいるのだ。まるで自分の悲しみなど、取るに足らないことのように感じさせられる。
生きているというのは、どうしてここまでに理不尽なのだろうか……。
ショートはハッとした。
胆汁混じりの胃液が食道をのぼってくる、ヒリヒリとした刺激——。
思い出した記憶のせいで、現実の自分がふたたび吐きそうになっている。
とたんに、あの時の見なければ良かったと後悔した、あのアヤトの最後の姿の映像が、脳裏にフラッシュバックする。
ショートは思わず口元をおさえたまま、からだを『くの字』に折った。口にあてがった手が小刻みに震えている。たちまち這いあがってきた酸っぱい液体が口中を満たす。
その様子を見かねたのだろう。数人のクルーが走り寄ってくるのが目に映った。
だがショートにはそんなものは、どうでも良かった。
あの時のあの悲しみが、怒りが、絶望が、胸によみがえってくる。
とても立っていられない。
ショートはその場にうずくまるようにして倒れた。
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