ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

文字の大きさ
146 / 935
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第34話 円盤投げ決着!

しおりを挟む
 その中でセイに最後の試技の順番がやってきた。

 マリアがプラトンの肩の上から前に乗り出すようにして叫んだ。
「おい、なんとかして、さっきのヒッポステネスの記録を抜け!」
 観衆たちから余裕の笑いと、さげすむような目がマリアのほうに向けられた。
 マリアはかまわず続けざまに応援をしようとしたが、群衆から頭一つ抜きでていたはずのからだが下に沈んでいくのに気づいた。あまりの観衆の圧力にプラトンがたまらず、からだを折り曲げて、マリアの姿を群集の中に隠そうとしていた。
「プラトン、てめえ、なに勝手なことを!」
「マリアさん、あまり失礼なことを言うと、私どもも人々から叱責しっせきされます。ご勘弁を」
「セイは、いやタルディスは何とかしてくれる」
「そう言われましても、今、目の前で百年近く前の記録が大幅に更新されたのですよ」
「それでも応援するのが、オリンピックではないのですか?」
 エヴァがあまりにも達観したようなもの言いをするプラトンに食ってかかった。だが、それを諌めるようにソクラテスが答えた。
「エヴァどの、我々もアテナイの市民じゃから、アテナイ代表のタルディスを応援したい。じゃが、今回はさすがに……のぅ……」

 セイは円盤の緑に指をかけた。
 最後の一投——。
 
 バルビスに進み出る。だが、周りはざわついていた。まだ先ほどのヒッポステネスの新記録の興奮が醒めやらない。リズムを添える笛の奏者も、先ほどの一投で自分たちの役目が終ったとでも思っているのか、少々おざなりな吹き方になっている。
 セイが円盤を構えると、とたんに野次が浴びせかけられてきた。

「どうせ勝てないんだ。無理して変な方向に投げンなよ」
「今度は人が死ぬぞぉ」
「次の走り幅跳びハルマに力を残しとけぇ。ま、どうせ勝てないけどな」

 セイはそんな野次には耳もかさず、風の向きに神経を研ぎ澄ませた。さきほどから風が強まっているのを感じた。向かい風——。
「はやく投げねぇと風が強くなるぞ」
「風が強くなりゃ、へんなとこに飛ばずにすむから助かるぜ」
 バルビスで微動せずにいるセイを揶揄やゆする声が聞こえたが、セイはその風を待っていた。

 陸上部の友人が教えてくれたことばを、頭の隅々から片っ端から引っ張り出して反芻はんすうする。
 
『逆風の時のほうが揚力が働いて円盤は飛ぶんだよ——』
『投げる瞬間は肩の位置より10cm前が理想なんだ。肩よりもうしろで投げたら、高さも距離もでないからね——』
『スナップで回転を与えて、円盤を風に乗せるんだよ——』
 

 セイは目を開くと、かなたに見える神殿の屋根の一点に集中した。
 あの神殿が目印だ。
 回転半径はおおきければおおきいほどいい——。セイは四本の指を均等に円盤に這わせると、大きく腕を伸ばしてからだを四分の三回転ひねった。
 初速が大事——。セイがねじったからだを高速でねじ戻す。からだを回転させながら、軸足である左足を踏み出す。
 ここがパワーポジション——。一番力がためこまれる瞬間。まるで弓弦ゆみづるを引き絞って静止した状態のような、すべての力が解き放たれる間際の一瞬。
 と同時に、地面反力で上半身の力を、下半身に余すことなく伝える。地面を踏み抜かんばかりの力強いステップが、白い砂をはね上げ、コマの芯のように回転する。
 下半身だけを前に前に先行させ、その捻りきった体躯の反動を上半身に伝える。その捻りが解放されると、両足が宙に浮いた。
 目印の神殿の屋根が、目の端からすっと切りこんで見えてくる。ここが真後ろ。 
 
 角運動量(回転の勢い)を減じることなく、腕に、手に、指先に伝えていく。
 
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 セイはのどが裂けんばかりの雄叫びとともに、指先が焦げそうなほどの摩擦を円盤に与えて、腕を振り抜くようにして円盤を射出した。

 その時、四万の観衆は、見たこともない物体が羽をひろげているのを見た。

 天空を滑空していくかのように高くまで伸びていく放物線——。
 それがなにかわからなかったが、八万個の目はただただそれを追い続けた。
 だれもがまばたきひとつできずにいた。
 まるで時がとまり、そのなかでこの浮遊物だけが動いているかのようですらあった

 ドンと音がして円盤が地面の砂をはね上げた。

 誰もが夢を見ているかのように呆然とした面持ちで、荒々しく地面に舞い降りてきた物体を見つめていた。

「80キュービット(約三十六メートル)!」

 審判が高らかに告げたが、競技場はただただ静まりかえっていた。

 ------------------------------------------------------------

「やっと、前に飛んだぁぁ……」
 セイはかろうじて咽から絞り出した程度のか細い声でそう言うと、へなへなとその場にへたり込んだ。およそ勝者の姿には見えない。
 そこへ大声で檄が飛んできた。
「おい、ちったぁ勝者らしくしろ!」
 声の主はマリアだった。沈黙に包まれた競技場全体に響くような声。やけに耳に痛く響いた。セイは群衆の壁の上からひょっこり頭を覗かせているマリアにむけて、親指が立てて見せた。
 それを見たマリアがさらになにか言いたげに口を開きかけた刹那せつな——
 
 競技場が瞬時に沸きたった。それまでのあざけりや怒号はその数倍の賞賛となって、セイが憑依ひょういしているタルディスの一身に土砂降りのごとく降り注いだ。
 夢にまでみた記録更新を目のあたりにして興奮していた人々は、その数分後に今度は夢想だにしないほどの圧倒的な記録を見せつけられたのだ。

「セイさん、なんともすごい記録を出されましたこと。さすがです」
 エヴァがセイの顔をのぞきこみながら褒めそやした。その横でプラトンとソクラテスは、ほかの観客と一緒に感情の高ぶりに身をまかせて、雄叫びのような声援をタルディスにむけて送っていた。
 だがスピロは冷静に状況を見つめていた。
「セイ様、お見事です。ですが、これはたいした記録ではないことをお忘れなく」
「おい、スピロ。素直に喜べや」
「円盤投げの世界記録は70メートルをゆうに超えます。セイ様が投げたのはたかだか40メートルです」
「は!、厳しいヤツだな」
「投げ方がちがうのです。古代オリンピックは『力』で投げますが、近代オリンピックは『遠心力』と『揚力』で飛ばします。もっと圧倒的な飛距離の差があっても良いほどです」
「でも2400年前の人類に勝ちましたわ」
 スピロの冷静な分析などどうでもいいとばかりにエヴァがはしゃぎ声をあげた。
「まだ一種目ですよ」
「わかってるさ。スピロ。あと2種目、勝って優勝しなきゃ、タルディスさんの『未練』を晴らせない」

 セイは立ちあがると、観客にむかって手をあげて声援に応えた。こちらを睨みつけているヒッポステネスが、ちらりと目の端にはいったがセイはあえて無視した。トラウマ悪魔がどこかに潜んで、こちらの目論見を潰そうと狙っているはずだ。

 もしかしたらヒッポステネスがその悪魔かもしれない——。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...