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プロローグ
しおりを挟む菅原道真は、歴史上忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて、寛平の治を支えた一人であった。その稀にみる聡明さにより醍醐朝では右大臣にまで上り詰めたのだ。しかし、道真は藤原時平の讒言(昌泰の変)により、大宰府へ大宰員外帥として左遷され現地で不遇の死を遂げたのだ。道真の死後は怨霊となって清涼殿落雷事件などを起こしたとして恐れられ、日本三大怨霊の一人に数えられている。
今回、私はこの道真の不遇な都人にスポットライトを当てた。
彼の人生そのものに、今の現代人になくてはならない忠孝の精神を学んで欲しいからだ。
特にその担い手となるのは、母親になる女性達にこの菅原道真のような人物に育てて欲しい。
菅原道真は死後、天満天神として信仰の対象となり、今日に至るまで学問の神様として親しまれている。
菅原 道真は承和12年6月25日(845年8月1日)から延喜3年2月25日(903年3月26日)迄この世に生存した。
享年54歳。
道真は日本の平安時代の貴族である。その多彩な能力は学者として或いは漢詩人として、また、政治家として発揮した。
道真は忠臣として名高く宇多天皇に重用されて、寛平の治を支えた一人であり、醍醐朝では右大臣にまで上り詰めたのだ。しかし藤原時平の讒言(昌泰の変 (注釈1)により、大宰府へ大宰員外帥として左遷され現地で没した。
道真は京の都での雅な生活を終生忘れることが出来なかった。それ故にその寂しいまた、悔しい想いはやがて怨霊となり、自分を不遇に追いやった藤原時平を始めとして、時平に関与した都人達に向けられたのだ。その道真の怨霊の凄まじさは都中を震えあがらせたのだ。
京都の|都人(みやこびと》は次のように噂した。
道真の死後は「怨霊となって清涼殿落雷事件などを起こした」のだと。都人達は道真の怨霊を恐れて。後に日本三大怨霊の一人に数えられようになる。
その為、道真の怨霊を鎮めるために道真を神さまとして祀るようになったのだ。後に天満天神として信仰の対象となり、今日に至るまで学問の神様として多くの人々に親しまれている。
(注釈1)
昌泰の変は、西暦901年に菅原道真が大宰府へ左遷された出来事である。
ー(昌泰の変)ー
昌泰の変は、西暦901年(昌泰4年)に起こった政治事件だ。左大臣の藤原時平の讒言により、右大臣の菅原道真が醍醐天皇によって大宰府へ左遷された。
当時、菅原道真は宇多天皇に重用されていた。しかし宇田天皇が醍醐天皇に譲位した後も、道真を重用し、藤原氏に偏らない政治を目指していた。しかし、藤原時平は道真をライバル視し、両者の対立が深まるようになった。それは菅原道真の家柄が藤原時平の家柄が格下であったからだ。
藤原時平は、醍醐天皇に対し、道真が「醍醐天皇の異母弟である斉世親王を皇位に就けようと企んでいる」と讒言した。これにより、道真は大宰府へ左遷されたのである。
道真は左遷から2年後の903年に大宰府で不遇の死を遂げた。
道真の死後、京都では天災や疫病が続き、時平や関与した官僚も相次いで亡くなったため、道真の祟りだと恐れられました。道真は後に「天神」として北野天満宮に祀られ、学問の神様として信仰されるようになった。
京都の北野天満宮の撫で牛は有名であり、今なお、全国から受験生達が撫で牛の頭を撫でて、合格祈願をしているのだ。
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