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第一章 日月神示とは何か?
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【まえがき】
私は日月神示の内容を今まで学問として研究してきました。
このエッセイは私の長年の集大成です。私の人生そのものです。
宇宙のこと、118種類の元素のこと、神さまのこと、宗教のこと、政治、経済、社会の仕組みなど社会に役立つことも含めていますので、皆さまのお役に立つものと確信しています。
どうか、最後までお読み下さい。そして、幸せになって下さい。
貴方は必ず、幸せになれます。
【第一章】
毎日のニュースや新聞で、事件や事故が報道されています。香港の高層マンションの大火災など、考えられない出来事です。
何故?このような不幸な出来事が起きるのでしょうか?
私は日本神道の家に生まれました。
私のように物心がついてから71歳になるまで、毎日、神さまに接していますと、神さまのことが良くわかるようになりました。
それは皆様に今からご紹介する日月神示という書物に触れたからです。
この書物は、岡本天明という方に神さまが神憑りされて、岡本天明に神さまの意志で紙に書かせたのです。
何故、岡本天明だったのでしょうか?
岡本天明は画家であり、書道家であり、神社の留守居神主でした。
ここで日月神示と岡本天明との関わりについて詳しくご説明します。
日月神示は、神典研究家で画家でもあった岡本天明に「国常立尊」という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物です。昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に八巻の神示が降りたとされています。
その日月神示に書かれていた内容はその殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」も有る。本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻有り、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っている。尚、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」又は「一二三神示」と呼ばれる。日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除き殆ど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一氏の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたといわれている。
麻賀多神社の社務所で天明が最初に自動書記で書かされた原文は以下の一節でした。
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
これは次の通りに読めると言われています。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
これは昭和19年、第二次世界大戦中に書記されました。
続いて
「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」
これについても読み方は
「仏もキリストも何もかもハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるから ミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ 今一苦労あるが この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」
解釈としてはマコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前には人類は未だかつてなかったほどの大災厄や大試練を迎えなければならない。助かるためには身魂を絶え間なく磨き、鍛練しつつ備えよ。磨いていなければ助かることが出来ない。という 内容だと考えられている。
日月神示の中ではこのような大災厄や大試練を「三千世界の大洗濯」や「大峠」と呼んで、多くの帖で書記されている。この大峠は我々の住むこの現界のみならず、神界、霊界、幽界なども含めたすべての世界とすべての存在に等しく起こるとされ森羅万象のうち何ひとつそれから免れることができるものは存在しないという。また、この現界よりもはるかに高次元で高度と思われる神界の神々や守護神といった存在でもこの大峠を越せない存在があるという。
この身魂磨きや心の浄化、また正しい食生活で身体を健康で強壮なものに保っていくことの大切さは日月神示の主題と言っても良く、我々ひとりひとりがこの現界をより良く生きるためにも、この先に起こるとされる大峠を無事に乗り越えるためにも極めて重大なことであり日月神示自体が降ろされた理由もこれに尽きると考えられる 。
なお、日月神示はこれらの帖を手始めに昭和19年から天明が亡くなる2年前の昭和36年まで17年間にわたり書記されていく。神示には「人間の生き方」「正しい食生活について」「夫婦の本当のありかた」さらには「霊界」の実相についても書記されているなど非常に広範囲にわたっての記述が見られるが、未来に関するいわゆる「預言書」的な記述部分も多く見られる。また、日月神示はそのほとんどが数字や記号で書記されているが、その理由を神霊自らが神示の中で次のように語っています。
「高度の霊人となれば文字はない。ただ文字の元をなす「レ」と「〇」と「+」があるのみ。また高度の霊人の文字として、ほとんど数字のみが使用されている場合もある。
数字は、他の文字に比して多くの密意を蔵しているからである」(二日んの巻第十三帖)や「天人同志の文字は数字が多いぞ。
天人の言葉はマコトであるから、ただ一言で万語を伝え得るぞ。」と「星座之巻」第十八帖、第十九帖で述べている。同様なことは18世紀の巨大な科学者にして政治家であり、また、その後半生は霊能者として有名なスウェーデンの貴族であるE.スウェデンボルグも天界探訪の事を記した自身の著作で「天人の文字は数字が非常に多かった。」と書いていて興味深いものが有る。
これと同じようなことは、出口王仁三郎の『霊界物語』にも記述が有る。
日月神示より以前に他で出された神示類ではこのようなことは見られず、神霊が「今まで他に出て居たのは皆、神示先ぢゃ。ここは神示ぢゃ。キの神示ぢゃ」(カゼの巻第六帖、第七帖)と書記させている。また、「アメの巻」第十三帖でも「外で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ、三千世界のこと一切の事説いて聞かして得心させて上げますぞや。落ち着いて聞き落としのない様になされよ。」とも語られている。
また、一方ではこの神示は単に現界に生きる人間のみならず、天界や霊界、また、その他多くの世界に住んでいる存在(神、竜神、天人、天使、霊人達)にも等しく与えられているらしい次のような記述も見られる。「この神示は、神と竜神と天人天使と人民たちに与えてあるのぢゃ」と「極め之巻」第十八帖で述べられている。
この文章は無神論者の方には分からないと思います。しかし、私は彼らにいいたい。
「あなたを含めてこの大宇宙は神さまの断片であり、一部分なんですよ。あなたは神さまなんですよ。」と申し上げます。
さて、以下の文書は岡田茂吉(注釈1)の御神書からの引用です。
「私は天国は近づけるとは言わない。
なんとなれば、もはや天国実現の時が来たからである。
すなわち悪は滅び、善は栄える、段階に入っている。
ところが、ここに悲しむべき事がある。
と言うのは、人類が数千年の長い間に堆積されたところの罪と穢れである。
当然、この大浄化作用が発生する。」
私はこの文章を読んで次のように感じました。「これは日月神示の書物の中に書かれている“大峠“であると。
日月神示の中ではこのような大災厄や大試練を「三千世界の大洗濯」や「大峠」と呼んで、多くの帖(注釈1)で書記されています。この大峠は私たちの住むこの現界のみならず、神界、霊界、幽界なども含めたすべての世界とすべての存在に等しく起こるとされ森羅万象のうち何ひとつそれから免れることが出来るものは存在しないといいます。また、この現界よりもはるかに高次元で高度と思われる神界の神々や守護神といった存在でもこの大峠を越せない存在があるという。
(注釈1)
帖は半紙20枚のことである。当時、岡本天明は日月神示神霊により、毎日、膨大な枚数の和紙に神霊の指示により書記していた。
さて、岡田茂吉(注釈2)の御神書のご紹介です。御神書は全部で六冊あります。
以下の文章は御神書(文明の創造)からの引用です。
「これによる犠牲者の数は如何に大量に上るのかは、到底、想像もつかない程であろう。
神の大愛は一人でも多くの人間を救わんとして私という者を選び給い、その大業を行わせられるのであって、その序曲というべきものが本著である。」(御神書より引用)
(注釈2)
岡田 茂吉
西暦1882年(明治15年)12月23日 ~西暦1955年(昭和30年)2月10日)まで生存。
享年73歳。
岡田茂吉は、日本の芸術家、実業家、思想家、自然農法の創始者、浄霊法の創始者、世界救世教の教祖であり、さまざまな分野で活動した。箱根美術館、熱海美術館(現:MOA美術館)などを創設した。
私は日月神示の内容を今まで学問として研究してきました。
このエッセイは私の長年の集大成です。私の人生そのものです。
宇宙のこと、118種類の元素のこと、神さまのこと、宗教のこと、政治、経済、社会の仕組みなど社会に役立つことも含めていますので、皆さまのお役に立つものと確信しています。
どうか、最後までお読み下さい。そして、幸せになって下さい。
貴方は必ず、幸せになれます。
【第一章】
毎日のニュースや新聞で、事件や事故が報道されています。香港の高層マンションの大火災など、考えられない出来事です。
何故?このような不幸な出来事が起きるのでしょうか?
私は日本神道の家に生まれました。
私のように物心がついてから71歳になるまで、毎日、神さまに接していますと、神さまのことが良くわかるようになりました。
それは皆様に今からご紹介する日月神示という書物に触れたからです。
この書物は、岡本天明という方に神さまが神憑りされて、岡本天明に神さまの意志で紙に書かせたのです。
何故、岡本天明だったのでしょうか?
岡本天明は画家であり、書道家であり、神社の留守居神主でした。
ここで日月神示と岡本天明との関わりについて詳しくご説明します。
日月神示は、神典研究家で画家でもあった岡本天明に「国常立尊」という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物です。昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に八巻の神示が降りたとされています。
その日月神示に書かれていた内容はその殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」も有る。本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻有り、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っている。尚、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」又は「一二三神示」と呼ばれる。日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除き殆ど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一氏の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたといわれている。
麻賀多神社の社務所で天明が最初に自動書記で書かされた原文は以下の一節でした。
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」
これは次の通りに読めると言われています。
「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」
これは昭和19年、第二次世界大戦中に書記されました。
続いて
「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」
これについても読み方は
「仏もキリストも何もかもハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるから ミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ 今一苦労あるが この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」
解釈としてはマコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前には人類は未だかつてなかったほどの大災厄や大試練を迎えなければならない。助かるためには身魂を絶え間なく磨き、鍛練しつつ備えよ。磨いていなければ助かることが出来ない。という 内容だと考えられている。
日月神示の中ではこのような大災厄や大試練を「三千世界の大洗濯」や「大峠」と呼んで、多くの帖で書記されている。この大峠は我々の住むこの現界のみならず、神界、霊界、幽界なども含めたすべての世界とすべての存在に等しく起こるとされ森羅万象のうち何ひとつそれから免れることができるものは存在しないという。また、この現界よりもはるかに高次元で高度と思われる神界の神々や守護神といった存在でもこの大峠を越せない存在があるという。
この身魂磨きや心の浄化、また正しい食生活で身体を健康で強壮なものに保っていくことの大切さは日月神示の主題と言っても良く、我々ひとりひとりがこの現界をより良く生きるためにも、この先に起こるとされる大峠を無事に乗り越えるためにも極めて重大なことであり日月神示自体が降ろされた理由もこれに尽きると考えられる 。
なお、日月神示はこれらの帖を手始めに昭和19年から天明が亡くなる2年前の昭和36年まで17年間にわたり書記されていく。神示には「人間の生き方」「正しい食生活について」「夫婦の本当のありかた」さらには「霊界」の実相についても書記されているなど非常に広範囲にわたっての記述が見られるが、未来に関するいわゆる「預言書」的な記述部分も多く見られる。また、日月神示はそのほとんどが数字や記号で書記されているが、その理由を神霊自らが神示の中で次のように語っています。
「高度の霊人となれば文字はない。ただ文字の元をなす「レ」と「〇」と「+」があるのみ。また高度の霊人の文字として、ほとんど数字のみが使用されている場合もある。
数字は、他の文字に比して多くの密意を蔵しているからである」(二日んの巻第十三帖)や「天人同志の文字は数字が多いぞ。
天人の言葉はマコトであるから、ただ一言で万語を伝え得るぞ。」と「星座之巻」第十八帖、第十九帖で述べている。同様なことは18世紀の巨大な科学者にして政治家であり、また、その後半生は霊能者として有名なスウェーデンの貴族であるE.スウェデンボルグも天界探訪の事を記した自身の著作で「天人の文字は数字が非常に多かった。」と書いていて興味深いものが有る。
これと同じようなことは、出口王仁三郎の『霊界物語』にも記述が有る。
日月神示より以前に他で出された神示類ではこのようなことは見られず、神霊が「今まで他に出て居たのは皆、神示先ぢゃ。ここは神示ぢゃ。キの神示ぢゃ」(カゼの巻第六帖、第七帖)と書記させている。また、「アメの巻」第十三帖でも「外で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ、三千世界のこと一切の事説いて聞かして得心させて上げますぞや。落ち着いて聞き落としのない様になされよ。」とも語られている。
また、一方ではこの神示は単に現界に生きる人間のみならず、天界や霊界、また、その他多くの世界に住んでいる存在(神、竜神、天人、天使、霊人達)にも等しく与えられているらしい次のような記述も見られる。「この神示は、神と竜神と天人天使と人民たちに与えてあるのぢゃ」と「極め之巻」第十八帖で述べられている。
この文章は無神論者の方には分からないと思います。しかし、私は彼らにいいたい。
「あなたを含めてこの大宇宙は神さまの断片であり、一部分なんですよ。あなたは神さまなんですよ。」と申し上げます。
さて、以下の文書は岡田茂吉(注釈1)の御神書からの引用です。
「私は天国は近づけるとは言わない。
なんとなれば、もはや天国実現の時が来たからである。
すなわち悪は滅び、善は栄える、段階に入っている。
ところが、ここに悲しむべき事がある。
と言うのは、人類が数千年の長い間に堆積されたところの罪と穢れである。
当然、この大浄化作用が発生する。」
私はこの文章を読んで次のように感じました。「これは日月神示の書物の中に書かれている“大峠“であると。
日月神示の中ではこのような大災厄や大試練を「三千世界の大洗濯」や「大峠」と呼んで、多くの帖(注釈1)で書記されています。この大峠は私たちの住むこの現界のみならず、神界、霊界、幽界なども含めたすべての世界とすべての存在に等しく起こるとされ森羅万象のうち何ひとつそれから免れることが出来るものは存在しないといいます。また、この現界よりもはるかに高次元で高度と思われる神界の神々や守護神といった存在でもこの大峠を越せない存在があるという。
(注釈1)
帖は半紙20枚のことである。当時、岡本天明は日月神示神霊により、毎日、膨大な枚数の和紙に神霊の指示により書記していた。
さて、岡田茂吉(注釈2)の御神書のご紹介です。御神書は全部で六冊あります。
以下の文章は御神書(文明の創造)からの引用です。
「これによる犠牲者の数は如何に大量に上るのかは、到底、想像もつかない程であろう。
神の大愛は一人でも多くの人間を救わんとして私という者を選び給い、その大業を行わせられるのであって、その序曲というべきものが本著である。」(御神書より引用)
(注釈2)
岡田 茂吉
西暦1882年(明治15年)12月23日 ~西暦1955年(昭和30年)2月10日)まで生存。
享年73歳。
岡田茂吉は、日本の芸術家、実業家、思想家、自然農法の創始者、浄霊法の創始者、世界救世教の教祖であり、さまざまな分野で活動した。箱根美術館、熱海美術館(現:MOA美術館)などを創設した。
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