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第八十九巻 大地、火を噴く! 過去の南海トラフ地震
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日月神示と南海トラフ連動型地震と富士山噴火の巻。
この世の三千世界の大洗濯と大峠にみる罪の裁き主である国常立尊が我々に住む現界に現れた。何のためにに?
この世の罪や穢れで汚れた人々や大気や海や池や湖や大地や山々やすべてを一旦ぶち壊し、新しい綺麗な「ミロクの世界」を建つる為である。
この三千世界の大洗濯や大峠の被害を最小限にする為には私たち人類が改心の痛みを知り、今すぐに「善一筋」で生きることである。
過去の大浄化作用である地震や津波、富士山噴火について記載した。
なお、ここで紹介したのは、南海トラフ連動型地震について記載した。
ー(昭和東南海地震:1944年12月7日に発生)ー
最大余震は12月12日のM6.4。
ー(昭和南海地震:1946年12月21日に発生)ー
最大余震は1948年4月18日のM7.0
(注)両地震は約2年差で発生している。
ー(安政東海地震:1854年12月23日発生と
安政南海地震:1854年12月24日発生)ー
典型的な南海トラフ連動型地震であった。
この安政の東海地震と南海地震は30時間差で発生しているのだ。
私は、次の最後の審判つまり、日月神示の原文にある三千世界の大洗濯はこの連動型であると確信している。
私が予測する震央は愛知県沖。
連動型で東海地震、関東地震、南海地震の三つ巴の地震である。
マグネチュードは9.0。
東海地震は9.0。関東地震は8強。南海地震は7.0と予測した。
その根拠は、過去の地震から割り出したのだ。
しかし、この予測が外れることを願っている。
何故なら甚大な被害を最も悲しまれるのは、全知全能の神さまなのだから。
では、この連動型地震を最小限に食い止めるには?
それは私たちが過去の過ちを改心し、また、今から「善一筋」に生きることだ。
私の申し上げたいことは、前章に述べている。
ー(西暦1707年10月28日地震発生)ー
最大余震は1707年10月29日(駿河・甲斐で発生している。
地震の規模はマグネチュード(M)6.5~7.0の地震であった。
ー(西暦1605年2月3日 、1498年9月20日)ー
昭和東南海地震:M7.9、昭和南海地震:M8.0、安政東海地震:M8.4、
安政南海地震:M8.4 M8.6 M7.9 M8.2~8.4。
昭和東南海地震:静岡、愛知、岐阜、三重の各県に多くの甚大な被害が出た。
死者998人、住家全壊約26,000戸、津波による流失家屋約3,000戸など。
被害は沖積地、埋立地で大きかった。
所謂、液状化現象による甚大な被害である。
ー(昭和南海地震の発生)ー
被害は中部地方から九州までの広範囲に及んだ。死者1,330人、全壊家屋約11,500戸、津波による流失約1,450戸など。
ー(安政東海地震の発生)ー
震害のもっとも大きかったのは天竜川河口に至る沿岸地域であった。
甲府、松本、福井でも甚大な被害があった。
ー(安政南海地震の発生)ー
紀伊半島、四国沿岸では震害と津波の被害の区別がつきにくい、非常に大きな地震であった。
紀伊田辺領、小松島、土佐、日向、宇和島、出雲などの広範囲で甚大な被害があった。
家屋倒壊地域は、駿河中央部・甲斐西部・信濃・東海道・美濃・紀伊・近江・畿内・播磨・大聖寺・富山、及び中国・四国・九州に及んだ。
東海道・伊勢湾沿岸・紀伊半島でもっとも大きかった。
また、紀伊から房総にかけての海岸と甲斐で地震動が大きく、熊野本宮の社殿が倒れ、那智の防舎も崩れた。
ー(昭和東南海地震の発生)ー
伊豆半島から紀伊半島の間を襲った。津波の波高は熊野灘沿岸で6~8m、伊勢湾・渥美湾内は1m内外、尾鷲で8~10m、新鹿で8.4mなど。津波の被害は三重県・和歌山県に集中している。
ー(昭和南海地震の発生)ー
房総半島から九州までの広い範囲を津波が襲った。被害は地震によるものより大きかった。波高は紀伊の南端の袋で6.9m、三重・徳島・高知の沿岸で4~6mであった。
ー(安政東海地震の発生)ー
房総から土佐の沿岸を襲った。伊豆下田・遠州灘・伊勢志摩。熊野灘沿岸での被害が目立った。江戸でも山谷堀の水位が1mくらい高くなった。
下田では地震後約1時間で津波が襲来し840軒が流失している。
津波の波高は9m。柿崎では6.7m、舞阪で4.9m、榛原で5.4m、甲賀で10m、鳥羽で4.5m、村方では6~9mと高かった。
ー(安政南海地震の発生)ー
波高は串本で15m、古座で9m、牟岐で9m、宍喰で6m等と高く、その結果、津波被害は土佐領で流失3200戸余、推定波高5~8m、大阪湾北部で推定波高2.5m。
伊豆半島から九州に至る太平洋沿岸および大阪湾・播磨・伊予・防長を襲った。土佐で被害が最大で、津波による流失家屋は11,167戸に及び死者は1,844人であった、
お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。
この地震で発生した津波は犬吠埼から九州に至る太平洋岸に押し寄せ、八丈島で
谷ヶ里の家は残らず流失した。伊豆仁科郷では海岸から1.3~1.4kmまで波が達した。浜名湖近くの橋本では戸数100のうち80戸が流され、死者は多数、船が山際まで打ち上げられた。
伊勢では地震後数町沖まで潮が引き、約2時間後に津波が襲来した。
阿波の鞆浦では波高約30m、死者100余人。甲浦、室戸岬付近、土佐清水市の三崎等で死者多数。九州では鹿児島湾内に津波が襲来した。
津波は紀伊から房総の海岸を襲い、伊勢大湊では家屋流失1,000戸、溺死5,000人など。西伊豆仁科郷では海岸から18-19町の内陸に達したとの記録もある。由比ヶ浜では波が大仏殿千度壇に達した。千葉湊の誕生寺が流没している。
静岡県志太郡で流死26,000人。
伊勢志摩で溺死10,000人。
ー(昭和東南海地震の発生)ー
紀伊半島東部の海岸は30~40cm沈降した。
ー(昭和南海地震の発生)ー
高知市街地等では地殻変動(沈降)による被害が発生した。室戸岬は1.3m、潮岬は0.7m、足摺岬は0.6m隆起している。
高知・須崎では1.2mの沈降。高知市・須崎・宿毛付近でそれぞれ9.3、3.0、3.0km
に海水が入った。
室戸岬の隆起はその後徐々に回復しつつある。
ー(安政東海地震の発生)ー
清水から御前崎付近まで1~2m隆起、浜名湖北岸の気賀では2,800石の地が汐下となった。三河幡豆郡吉田などの村々も沈降した。
ー(安政南海地震発生)ー
高知市付近は約1m沈降し浸水。上ノ加江付近で1.5m、甲ノ浦1.2m沈降、室戸岬で1.2m隆起した。
高知の市街地の20k㎡が最大2m沈降した。
室戸岬1.5m(室津1.8m)、串本1.2m、御前崎付近1~2mの隆起した。
ー(安政南海地震の発生)ー
湯峰温泉、道後温泉、紀伊鉛山湾の温泉群が止まった。
約2か月前から小地震が発生していた。
ー(西暦1707年宝永地震の4年前には1703年12月31日に関東でM8.1程度の地震(元禄地震)が発生した。また、宝永地震の約1ケ月半後の1707年12月16日に富士山が噴
火している。
この地震で四国の道後温泉は145日沸くお湯が止まっている。
紀伊湯ノ峰、山地、龍神瀬戸鉛山の湯が止まった。
湯ノ峰温泉が1か月半ほど止まった。
京都での余震は2か月程度まで続いた。
津波は房総半島から九州に至る沿岸を襲っており、地震より多くの被害を生じた。
海岸では地割れから泥を噴出した。
安倍川上流で大谷崩れが発生。富士川は山崩れのため塞がった。
土佐では、死者の7割が女性であった。
震度分布は宝永地震、安政東海地震に似ている。震源が南海地域に及んだ可能性があるが、四国以西の資料が少なく不明である。
上記以前の地震もまだ、多数あるがここでは割愛した。
ご了承願いたい。
「神知りて 人の幸せ 願うのみ
神のつたへし 愛善の道」
歌人 蔵屋日唱
令和八年元旦
この世の三千世界の大洗濯と大峠にみる罪の裁き主である国常立尊が我々に住む現界に現れた。何のためにに?
この世の罪や穢れで汚れた人々や大気や海や池や湖や大地や山々やすべてを一旦ぶち壊し、新しい綺麗な「ミロクの世界」を建つる為である。
この三千世界の大洗濯や大峠の被害を最小限にする為には私たち人類が改心の痛みを知り、今すぐに「善一筋」で生きることである。
過去の大浄化作用である地震や津波、富士山噴火について記載した。
なお、ここで紹介したのは、南海トラフ連動型地震について記載した。
ー(昭和東南海地震:1944年12月7日に発生)ー
最大余震は12月12日のM6.4。
ー(昭和南海地震:1946年12月21日に発生)ー
最大余震は1948年4月18日のM7.0
(注)両地震は約2年差で発生している。
ー(安政東海地震:1854年12月23日発生と
安政南海地震:1854年12月24日発生)ー
典型的な南海トラフ連動型地震であった。
この安政の東海地震と南海地震は30時間差で発生しているのだ。
私は、次の最後の審判つまり、日月神示の原文にある三千世界の大洗濯はこの連動型であると確信している。
私が予測する震央は愛知県沖。
連動型で東海地震、関東地震、南海地震の三つ巴の地震である。
マグネチュードは9.0。
東海地震は9.0。関東地震は8強。南海地震は7.0と予測した。
その根拠は、過去の地震から割り出したのだ。
しかし、この予測が外れることを願っている。
何故なら甚大な被害を最も悲しまれるのは、全知全能の神さまなのだから。
では、この連動型地震を最小限に食い止めるには?
それは私たちが過去の過ちを改心し、また、今から「善一筋」に生きることだ。
私の申し上げたいことは、前章に述べている。
ー(西暦1707年10月28日地震発生)ー
最大余震は1707年10月29日(駿河・甲斐で発生している。
地震の規模はマグネチュード(M)6.5~7.0の地震であった。
ー(西暦1605年2月3日 、1498年9月20日)ー
昭和東南海地震:M7.9、昭和南海地震:M8.0、安政東海地震:M8.4、
安政南海地震:M8.4 M8.6 M7.9 M8.2~8.4。
昭和東南海地震:静岡、愛知、岐阜、三重の各県に多くの甚大な被害が出た。
死者998人、住家全壊約26,000戸、津波による流失家屋約3,000戸など。
被害は沖積地、埋立地で大きかった。
所謂、液状化現象による甚大な被害である。
ー(昭和南海地震の発生)ー
被害は中部地方から九州までの広範囲に及んだ。死者1,330人、全壊家屋約11,500戸、津波による流失約1,450戸など。
ー(安政東海地震の発生)ー
震害のもっとも大きかったのは天竜川河口に至る沿岸地域であった。
甲府、松本、福井でも甚大な被害があった。
ー(安政南海地震の発生)ー
紀伊半島、四国沿岸では震害と津波の被害の区別がつきにくい、非常に大きな地震であった。
紀伊田辺領、小松島、土佐、日向、宇和島、出雲などの広範囲で甚大な被害があった。
家屋倒壊地域は、駿河中央部・甲斐西部・信濃・東海道・美濃・紀伊・近江・畿内・播磨・大聖寺・富山、及び中国・四国・九州に及んだ。
東海道・伊勢湾沿岸・紀伊半島でもっとも大きかった。
また、紀伊から房総にかけての海岸と甲斐で地震動が大きく、熊野本宮の社殿が倒れ、那智の防舎も崩れた。
ー(昭和東南海地震の発生)ー
伊豆半島から紀伊半島の間を襲った。津波の波高は熊野灘沿岸で6~8m、伊勢湾・渥美湾内は1m内外、尾鷲で8~10m、新鹿で8.4mなど。津波の被害は三重県・和歌山県に集中している。
ー(昭和南海地震の発生)ー
房総半島から九州までの広い範囲を津波が襲った。被害は地震によるものより大きかった。波高は紀伊の南端の袋で6.9m、三重・徳島・高知の沿岸で4~6mであった。
ー(安政東海地震の発生)ー
房総から土佐の沿岸を襲った。伊豆下田・遠州灘・伊勢志摩。熊野灘沿岸での被害が目立った。江戸でも山谷堀の水位が1mくらい高くなった。
下田では地震後約1時間で津波が襲来し840軒が流失している。
津波の波高は9m。柿崎では6.7m、舞阪で4.9m、榛原で5.4m、甲賀で10m、鳥羽で4.5m、村方では6~9mと高かった。
ー(安政南海地震の発生)ー
波高は串本で15m、古座で9m、牟岐で9m、宍喰で6m等と高く、その結果、津波被害は土佐領で流失3200戸余、推定波高5~8m、大阪湾北部で推定波高2.5m。
伊豆半島から九州に至る太平洋沿岸および大阪湾・播磨・伊予・防長を襲った。土佐で被害が最大で、津波による流失家屋は11,167戸に及び死者は1,844人であった、
お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。
この地震で発生した津波は犬吠埼から九州に至る太平洋岸に押し寄せ、八丈島で
谷ヶ里の家は残らず流失した。伊豆仁科郷では海岸から1.3~1.4kmまで波が達した。浜名湖近くの橋本では戸数100のうち80戸が流され、死者は多数、船が山際まで打ち上げられた。
伊勢では地震後数町沖まで潮が引き、約2時間後に津波が襲来した。
阿波の鞆浦では波高約30m、死者100余人。甲浦、室戸岬付近、土佐清水市の三崎等で死者多数。九州では鹿児島湾内に津波が襲来した。
津波は紀伊から房総の海岸を襲い、伊勢大湊では家屋流失1,000戸、溺死5,000人など。西伊豆仁科郷では海岸から18-19町の内陸に達したとの記録もある。由比ヶ浜では波が大仏殿千度壇に達した。千葉湊の誕生寺が流没している。
静岡県志太郡で流死26,000人。
伊勢志摩で溺死10,000人。
ー(昭和東南海地震の発生)ー
紀伊半島東部の海岸は30~40cm沈降した。
ー(昭和南海地震の発生)ー
高知市街地等では地殻変動(沈降)による被害が発生した。室戸岬は1.3m、潮岬は0.7m、足摺岬は0.6m隆起している。
高知・須崎では1.2mの沈降。高知市・須崎・宿毛付近でそれぞれ9.3、3.0、3.0km
に海水が入った。
室戸岬の隆起はその後徐々に回復しつつある。
ー(安政東海地震の発生)ー
清水から御前崎付近まで1~2m隆起、浜名湖北岸の気賀では2,800石の地が汐下となった。三河幡豆郡吉田などの村々も沈降した。
ー(安政南海地震発生)ー
高知市付近は約1m沈降し浸水。上ノ加江付近で1.5m、甲ノ浦1.2m沈降、室戸岬で1.2m隆起した。
高知の市街地の20k㎡が最大2m沈降した。
室戸岬1.5m(室津1.8m)、串本1.2m、御前崎付近1~2mの隆起した。
ー(安政南海地震の発生)ー
湯峰温泉、道後温泉、紀伊鉛山湾の温泉群が止まった。
約2か月前から小地震が発生していた。
ー(西暦1707年宝永地震の4年前には1703年12月31日に関東でM8.1程度の地震(元禄地震)が発生した。また、宝永地震の約1ケ月半後の1707年12月16日に富士山が噴
火している。
この地震で四国の道後温泉は145日沸くお湯が止まっている。
紀伊湯ノ峰、山地、龍神瀬戸鉛山の湯が止まった。
湯ノ峰温泉が1か月半ほど止まった。
京都での余震は2か月程度まで続いた。
津波は房総半島から九州に至る沿岸を襲っており、地震より多くの被害を生じた。
海岸では地割れから泥を噴出した。
安倍川上流で大谷崩れが発生。富士川は山崩れのため塞がった。
土佐では、死者の7割が女性であった。
震度分布は宝永地震、安政東海地震に似ている。震源が南海地域に及んだ可能性があるが、四国以西の資料が少なく不明である。
上記以前の地震もまだ、多数あるがここでは割愛した。
ご了承願いたい。
「神知りて 人の幸せ 願うのみ
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