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第8話 最後の確認
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「夜分遅くに、どうされましたか? アルベルト様」
私が静かに問いかけると、アルベルトは少し気まずそうに目を泳がせた。
「あー……その、来月の結婚式の件なんだが……」
彼は言葉を濁し、指先で髪を弄っている。
甘い香水の匂いが、廊下の冷たい空気と一緒に部屋に入り込んできた。
「実は、ミレーヌの体調がまた優れなくてな。僕が結婚してしまったら、彼女は一人ぼっちになってしまうと、ひどく怯えているんだ」
「……それで?」
「だから、式を少し……半年ほど延期できないかと思って。君なら分かってくれるよな?」
半年。
その言葉を聞いて、私の中で最後に残っていたかすかな良心すらも、音を立てて崩れ去った。
彼は本当に、何も見えていない。
領地の財政が首の皮一枚で繋がっていることも、私の限界も。
「……承知しました。アルベルト様がそう望まれるのでしたら、異存はございません」
私は一切の感情を交えず、ただ美しい笑顔で頷いた。
「よかった! やっぱり君は話が分かるな! じゃあ、そういうことでよろしく頼むよ!」
アルベルトはホッとしたように明るく笑い、足早に去っていった。
彼の背中が見えなくなるまで見送り、私は静かに扉を閉めた。
♦︎♦︎♦︎
机に戻り、私は一冊の手帳を開いた。
そこには、第参倉庫の『真の在庫数』と、白夜回廊への『送金記録』、そして誰かが台帳の封蝋を破ろうとした『改竄の痕跡』が、びっしりと書き込まれている。
魔導台帳の記録は絶対だ。
だが、その真実を見るためには、私の『真帳視』の能力か、監査院の高度な解析魔術が必要になる。
「……引継ぎ書は、作りません」
私は手帳のページを破り取り、暖炉の火に投げ入れた。
これまでは、領地のために、家臣たちのためにと、不正の証拠を隠し、必死に穴埋めをしてきた。
だが、もうそんな自己犠牲は終わりにする。
私は残された重要な証拠の写しだけを丁寧に折りたたみ、トランクの隠しポケットに滑り込ませた。
これは、誰かを守るための証拠ではない。
私自身が生き延び、そして彼らを確実に地の底へ落とすための武器だ。
「リオナ様……準備が、整いました」
涙を拭ったエマが、小さな鞄を手にして私の前に立った。
「ありがとう、エマ。行きましょう」
私は左手の薬指に嵌っていた、蒼いサファイアの指輪をゆっくりと引き抜いた。
指輪が指から離れた瞬間、微かな魔力の繋がりがプツリと切れる感覚があった。
私はその指輪を、何もない綺麗に片付いた机のど真ん中に、コツンと置いた。
メモも、手紙も、引継ぎの書類も、何一つ残さない。
「さようなら、アルベルト様」
誰もいない部屋に向かって、私は最後に一度だけ、完璧な笑顔を作った。
そして、夜の闇に紛れて、私はクラウゼ家を後にした。
私が静かに問いかけると、アルベルトは少し気まずそうに目を泳がせた。
「あー……その、来月の結婚式の件なんだが……」
彼は言葉を濁し、指先で髪を弄っている。
甘い香水の匂いが、廊下の冷たい空気と一緒に部屋に入り込んできた。
「実は、ミレーヌの体調がまた優れなくてな。僕が結婚してしまったら、彼女は一人ぼっちになってしまうと、ひどく怯えているんだ」
「……それで?」
「だから、式を少し……半年ほど延期できないかと思って。君なら分かってくれるよな?」
半年。
その言葉を聞いて、私の中で最後に残っていたかすかな良心すらも、音を立てて崩れ去った。
彼は本当に、何も見えていない。
領地の財政が首の皮一枚で繋がっていることも、私の限界も。
「……承知しました。アルベルト様がそう望まれるのでしたら、異存はございません」
私は一切の感情を交えず、ただ美しい笑顔で頷いた。
「よかった! やっぱり君は話が分かるな! じゃあ、そういうことでよろしく頼むよ!」
アルベルトはホッとしたように明るく笑い、足早に去っていった。
彼の背中が見えなくなるまで見送り、私は静かに扉を閉めた。
♦︎♦︎♦︎
机に戻り、私は一冊の手帳を開いた。
そこには、第参倉庫の『真の在庫数』と、白夜回廊への『送金記録』、そして誰かが台帳の封蝋を破ろうとした『改竄の痕跡』が、びっしりと書き込まれている。
魔導台帳の記録は絶対だ。
だが、その真実を見るためには、私の『真帳視』の能力か、監査院の高度な解析魔術が必要になる。
「……引継ぎ書は、作りません」
私は手帳のページを破り取り、暖炉の火に投げ入れた。
これまでは、領地のために、家臣たちのためにと、不正の証拠を隠し、必死に穴埋めをしてきた。
だが、もうそんな自己犠牲は終わりにする。
私は残された重要な証拠の写しだけを丁寧に折りたたみ、トランクの隠しポケットに滑り込ませた。
これは、誰かを守るための証拠ではない。
私自身が生き延び、そして彼らを確実に地の底へ落とすための武器だ。
「リオナ様……準備が、整いました」
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「ありがとう、エマ。行きましょう」
私は左手の薬指に嵌っていた、蒼いサファイアの指輪をゆっくりと引き抜いた。
指輪が指から離れた瞬間、微かな魔力の繋がりがプツリと切れる感覚があった。
私はその指輪を、何もない綺麗に片付いた机のど真ん中に、コツンと置いた。
メモも、手紙も、引継ぎの書類も、何一つ残さない。
「さようなら、アルベルト様」
誰もいない部屋に向かって、私は最後に一度だけ、完璧な笑顔を作った。
そして、夜の闇に紛れて、私はクラウゼ家を後にした。
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