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第19話『辺境の春と、受け継がれる愛』
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数年の月日が、矢のように、それでいて穏やかな川の流れのように過ぎ去りました。
かつて「死の大地」「魔物の巣窟」と恐れられた北の辺境伯領は、今や大陸中が羨む「北の楽園」へと変貌を遂げていました。
豊富な魔石資源を活用した最新鋭の魔導都市。 浄化された土壌から採れる、滋味深い農作物。 そして何より、領主夫妻の温かい統治によって、領民たちの笑顔が絶えない活気ある街。
春の陽気が降り注ぐある日の午後。 黒鷲城の広大な庭園では、小さな英雄たちが修行(という名の遊び)に励んでいました。
「行くぞ、レオン! 隙ありだ!」 「甘いよ、パパ! 『炎の剣(フレイム・ソード)』!」
カキンッ! ボッ!
木剣が打ち合う乾いた音と、赤い炎が弾ける音が響きます。 銀髪の男の子、長男のレオン(五歳)が、大人顔負けの身のこなしでジークハルト様に切りかかっていました。 その木剣には、魔法で生成した炎が纏われており、子供の遊びとは思えない迫力です。
「ははは! いい太刀筋だ! だが、まだパパには届かんぞ!」
ジークハルト様は片手で軽く受け流しながら、満面の笑みを浮かべています。 彼はこの数年で、少しだけ目尻に優しい皺が増えましたが、その美貌と強さは健在……いいえ、守るべきものが増えたことで、さらに磨きがかかっていました。
「じゃあ、私はこっちから! 『氷の矢(アイス・アロー)』!」
「おっと!」
反対側からは、長女のシルヴィア(五歳)が、小さな掌から無数の氷の礫(つぶて)を放ちました。 彼女は私に似た栗色の髪をなびかせ、冷静沈着な瞳で父親の死角を狙っています。 その魔法制御の精度は、すでに宮廷魔導師レベルと言われていました。
「連携攻撃か! 悪くない! だが、甘いな!」
ジークハルト様が足を踏み鳴らすと、見えない衝撃波が広がり、炎と氷を同時に相殺しました。
「う~、やっぱりパパは強いなぁ」 「計算通りだったのに……」
レオンとシルヴィアが悔しそうに頬を膨らませました。 すると、木陰で本を読んでいた次男のアラン(五歳)が、トコトコと歩み寄ってきました。
「二人とも、怪我はない? 『ヒール』」
金髪のアランが手をかざすと、レオンの擦り傷や、シルヴィアの服の汚れが瞬く間に綺麗になりました。 彼は戦いよりも癒やしと読書を愛する、心優しい男の子に育っていました。 その聖なる光は、見ているだけでこちらの心まで洗われるようです。
「……ふぅ。どいつもこいつも、末恐ろしい才能だ」
ジークハルト様が汗を拭いながら、私の方へ歩いてきました。
「見ていたか、エルサ? あいつら、もう俺の結界にヒビを入れるくらいの威力があるぞ」
「ふふ、見ていましたよ。……でも旦那様、手加減が上手になりましたね。昔なら、反射的にカウンターで城壁まで吹き飛ばしていたでしょうに」
「よせ。……自分の子供を吹き飛ばす親がどこにいる」
彼は苦笑し、テラスで紅茶を飲んでいた私の隣に腰を下ろしました。 私はハンカチで彼の汗を拭いてあげました。
「平和ですね」
「ああ。……こんな日が来るとは、昔の俺には想像もできなかった」
彼は庭を駆け回る三人の子供たちを目を細めて眺めました。
「俺は、自分の血を呪っていた。破壊しか生まない、忌まわしい力だと。……だが、あいつらを見ていると、この力も悪くないと思える。正しく使えば、大切なものを守り、未来を切り開く剣になるんだと教えてもらった気がする」
「ええ。子供たちは、貴方様の良いところを全部受け継いでいますもの。……優しさも、強さも」
「お前の賢さと、肝の座ったところもな」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
◇
さて、今日は特別な日です。 領地を挙げての『春の感謝祭』が開催される日なのです。
これは数年前、私たちが王都から帰還した日を記念して、領民たちが自主的に始めたお祭りでした。 最初はささやかなものでしたが、年々規模が大きくなり、今では近隣の国からも観光客が訪れる一大イベントになっています。
「ママー! 早く行こうよー!」 「屋台の焼きそばが売り切れちゃう!」 「ボク、射的でパパに勝つんだ!」
おめかしをした子供たちが、玄関ホールで待ちきれない様子で跳ね回っています。 レオンは騎士風のジャケット、シルヴィアは水色のドレス、アランは白のスーツ。 どの子も本当に可愛くて、親バカフィルターなしでも天使に見えます。
「はいはい、焦らないの。お祭りは逃げませんよ」
私も、今日は動きやすいようにシンプルなワンピースにカーディガンを羽織り、ジークハルト様と腕を組みました。 彼もラフなシャツにベストという姿ですが、隠しきれないオーラが漂っています。
城を出て、城下町へと続く坂道を下りていくと、すでに街は熱気と歓声に包まれていました。
「領主様だ! 奥様だ!」 「若様たちもいらっしゃったぞ!」
私たちが姿を現すと、道行く人々が笑顔で手を振り、花吹雪を撒いてくれました。
「こんにちはー!」 「お祭り、楽しんでねー!」
子供たちも元気に挨拶を返します。 彼らは領民たちにとってもアイドル的な存在で、どこへ行ってもお菓子や果物を貰ってしまいます。
「おや、アラン様。また背が伸びましたな?」 「シルヴィア様、今日もお美しい!」 「レオン様、今度わしと腕相撲しましょうぞ!」
ドワーフの鍛冶屋、エルフの薬師、人間の商人。 種族を超えて、皆がこの家族を愛してくれているのが伝わってきます。
広場には、無数の屋台が並び、香ばしい匂いが漂っていました。 ジークハルト様が考案した(正確には私がレシピを教えた)「特製串焼き」や、北の特産品である「氷結ベリーのクレープ」などが飛ぶように売れています。
「パパ、あれ食べたい!」 「ボクも!」
レオンとシルヴィアが指差したのは、巨大な魔獣肉のステーキ串でした。 やはり、食欲も父親譲りのようです。
「よし、買ってやろう。……エルサは?」
「私は、アランと一緒にクレープを半分こします」
私たちは屋台を巡り、食べ歩きを楽しみました。 ジークハルト様は片手にステーキ串、片手にレオンを抱え、背中にはシルヴィアをおんぶするという、力持ちパパの鑑のような姿です。
「……重くないですか?」
「なんの。……幸せの重みだ」
彼はそう言って、豪快に肉を噛みちぎりました。
広場の中央ステージでは、吟遊詩人が歌い、踊り子たちが舞っています。 演目は、なんと『黒騎士と灰かぶり姫の物語』。 私たち夫婦の馴れ初めを脚色した劇でした。
舞台上の「黒騎士」役が、大袈裟なアクションで魔物を倒し、「姫」役を守るシーンになると、観客から割れんばかりの拍手が起こります。
「……あんなにカッコつけていたかな、俺は」
ジークハルト様が少し顔を赤くして呟きました。
「もっと素敵でしたよ。……あの時、私を守ってくれた背中は、世界で一番頼もしかったです」
私が腕をギュッと抱きしめると、彼は照れ隠しに私の頭をガシガシと撫でました。
「……お前もな。毒霧の中に飛び込んできた時のお前は、どんな戦乙女よりも勇ましかったぞ」
「もう、昔の話ですわ」
そんな話をしていると、ステージの司会者が叫びました。
「さあ! ここでお待ちかね! 領主夫妻による『愛の誓いの鐘』を鳴らしていただきましょう!」
ワアアアアッ!
広場の時計塔にある鐘を、夫婦で鳴らすのがこの祭りのメインイベントなのです。 私たちは子供たちを騎士団長に預け(彼らは「えーっ」と不満そうでしたが、「あとでお菓子あげるから」とアランになだめられていました)、塔のバルコニーへと上がりました。
眼下には、見渡す限りの笑顔と、灯り始めたランタンの光の海。
「……綺麗だな」
「はい。……本当に」
私たちは一つのロープを二人で握りました。
「せーの!」
カーン、カーン、カーン……。
澄んだ鐘の音が、夕暮れの空に響き渡りました。 その音に合わせて、街中の人々が一斉に乾杯をし、お互いを祝福し合います。 それは、平和と繁栄を象徴する、最高の音楽でした。
◇
祭りの喧騒が夜になっても続く中、私たちは少しだけ抜け出して、静かな場所へと向かいました。 かつて結婚式を挙げた、あの「鏡の湖」です。
夜の湖は、満天の星空を映し出し、まるで宇宙に浮いているような幻想的な空間でした。 湖畔には、季節外れの氷結花が、私たちの魔力に呼応して淡く発光しています。
「……懐かしいですね」
「ああ。ここに来ると、初心に帰れる気がする」
ジークハルト様は湖に向かって深呼吸をしました。 夜風が彼の銀髪を揺らします。
「エルサ。……一つ、話しておきたいことがある」
彼の声色が、少し真剣なものに変わりました。
「はい、何でしょう?」
「俺の『夢』の話だ」
彼は私の方を向きました。
「俺はずっと、自分の力を制御することと、領地を守ることだけで精一杯だった。……未来のことなんて、考える余裕もなかった。だが、お前と出会い、子供たちが生まれ、領地が豊かになって……ようやく、次の夢が見えてきたんだ」
「次の夢?」
「ああ。……俺は、この『北の楽園』を、世界中の『はみ出し者』たちが安心して暮らせる場所にしたい」
彼は熱を込めて語り始めました。
「魔力が強すぎて恐れられている者、種族の違いで迫害されている者、才能があるのに環境に恵まれない者……。かつての俺やお前のような人間だ。そういう連中を受け入れ、才能を伸ばし、笑って暮らせる国。……それを、子供たちの世代に残してやりたい」
彼の言葉は、私の胸を強く打ちました。 彼はもう、自分だけの幸せに留まってはいなかったのです。 自分が救われたからこそ、今度は自分が誰かを救う側に回りたい。 その高潔な志に、私は改めて惚れ直しました。
「……素敵な夢です。いいえ、夢ではありませんね。貴方様なら、必ず実現できます」
「一人では無理だ。……お前がいてくれないと」
「もちろんです。私は貴方様の妻で、共同経営者(パートナー)ですから。……一緒に創りましょう、誰もが輝ける場所を」
「ありがとう、エルサ」
彼は私を引き寄せ、抱きしめました。 その時、草むらからガサゴソという音がしました。
「パパ! ママ!」 「見つけたー!」 「やっぱりここにいたね」
子供たちです。 レオン、シルヴィア、アランが、草まみれになりながら飛び出してきました。 どうやら、騎士団長の目を盗んで追っかけてきたようです。
「まったく、お前たちは……。雰囲気も何もあったもんじゃないな」
ジークハルト様は苦笑しながらも、しゃがみ込んで三人を広げた腕の中に迎え入れました。
「だって、パパとママだけズルいもん!」 「ボクたちも仲間に入れてよ!」 「みんな一緒がいいの」
子供たちが口々に訴えます。 そのまっすぐな瞳は、星空よりも輝いていました。
「……そうだな。俺たちは五人で一つだ」
ジークハルト様は子供たちを抱きしめたまま、私を見上げました。
「エルサ。……俺の夢の続きには、こいつらがいる。レオンの勇気、シルヴィアの知恵、アランの慈愛。……彼らが成長し、いつかこの地を背負って立つ時、きっと俺たちが想像する以上の素晴らしい世界を作ってくれるはずだ」
「はい。……楽しみですね」
私は子供たちの頭を撫でました。 彼らの中には、無限の可能性が眠っています。 そしてそれは、私たち夫婦が愛を注げば注ぐほど、大きく花開いていくでしょう。
「……さて、そろそろ帰ろうか。夜風が冷えてきた」
ジークハルト様が立ち上がりました。 彼はレオンを肩車し、シルヴィアを左腕に、アランを右腕に抱えました。 三人を一度に抱えるなんて、さすがの怪力です。
「パパ、重くない?」
「お前たちが大人になったら、さすがに無理かもしれんがな。……今はまだ、余裕だ」
彼は笑い、私に言いました。
「エルサ、手は空いてないが……心は繋がっているぞ」
「ふふ、わかっています。……私の手は、貴方様の背中を支えますから」
私は彼の背中にそっと手を添えました。 温かくて、大きくて、愛おしい背中。
私たちは夜道を歩き始めました。 空には大きな満月。 遠くからは、まだ続く祭りの賑やかな音が聞こえてきます。
「ねえパパ、明日は何して遊ぶ?」 「ボク、ドラゴンに乗りたい!」 「私は新しい魔法書が欲しいな」 「ボクは、ママのクッキーが食べたい」
子供たちの尽きないお喋りを聞きながら、私は心の中で静かに呟きました。
(ありがとう、神様。……私に、こんなに素敵な『物語』をくれて)
かつて、屋根裏部屋で泣いていた少女は、もういません。 ここにいるのは、愛する家族に囲まれ、自分の足で未来へと歩む、一人の幸せな女性です。
「……エルサ?」
ジークハルト様が振り返りました。
「どうした? 立ち止まって」
「いいえ、なんでもありません。……ただ、幸せだなって」
「……俺もだ」
私たちは微笑み合い、再び歩き出しました。 家へ。 私たちの愛の城へ。
かつて「死の大地」「魔物の巣窟」と恐れられた北の辺境伯領は、今や大陸中が羨む「北の楽園」へと変貌を遂げていました。
豊富な魔石資源を活用した最新鋭の魔導都市。 浄化された土壌から採れる、滋味深い農作物。 そして何より、領主夫妻の温かい統治によって、領民たちの笑顔が絶えない活気ある街。
春の陽気が降り注ぐある日の午後。 黒鷲城の広大な庭園では、小さな英雄たちが修行(という名の遊び)に励んでいました。
「行くぞ、レオン! 隙ありだ!」 「甘いよ、パパ! 『炎の剣(フレイム・ソード)』!」
カキンッ! ボッ!
木剣が打ち合う乾いた音と、赤い炎が弾ける音が響きます。 銀髪の男の子、長男のレオン(五歳)が、大人顔負けの身のこなしでジークハルト様に切りかかっていました。 その木剣には、魔法で生成した炎が纏われており、子供の遊びとは思えない迫力です。
「ははは! いい太刀筋だ! だが、まだパパには届かんぞ!」
ジークハルト様は片手で軽く受け流しながら、満面の笑みを浮かべています。 彼はこの数年で、少しだけ目尻に優しい皺が増えましたが、その美貌と強さは健在……いいえ、守るべきものが増えたことで、さらに磨きがかかっていました。
「じゃあ、私はこっちから! 『氷の矢(アイス・アロー)』!」
「おっと!」
反対側からは、長女のシルヴィア(五歳)が、小さな掌から無数の氷の礫(つぶて)を放ちました。 彼女は私に似た栗色の髪をなびかせ、冷静沈着な瞳で父親の死角を狙っています。 その魔法制御の精度は、すでに宮廷魔導師レベルと言われていました。
「連携攻撃か! 悪くない! だが、甘いな!」
ジークハルト様が足を踏み鳴らすと、見えない衝撃波が広がり、炎と氷を同時に相殺しました。
「う~、やっぱりパパは強いなぁ」 「計算通りだったのに……」
レオンとシルヴィアが悔しそうに頬を膨らませました。 すると、木陰で本を読んでいた次男のアラン(五歳)が、トコトコと歩み寄ってきました。
「二人とも、怪我はない? 『ヒール』」
金髪のアランが手をかざすと、レオンの擦り傷や、シルヴィアの服の汚れが瞬く間に綺麗になりました。 彼は戦いよりも癒やしと読書を愛する、心優しい男の子に育っていました。 その聖なる光は、見ているだけでこちらの心まで洗われるようです。
「……ふぅ。どいつもこいつも、末恐ろしい才能だ」
ジークハルト様が汗を拭いながら、私の方へ歩いてきました。
「見ていたか、エルサ? あいつら、もう俺の結界にヒビを入れるくらいの威力があるぞ」
「ふふ、見ていましたよ。……でも旦那様、手加減が上手になりましたね。昔なら、反射的にカウンターで城壁まで吹き飛ばしていたでしょうに」
「よせ。……自分の子供を吹き飛ばす親がどこにいる」
彼は苦笑し、テラスで紅茶を飲んでいた私の隣に腰を下ろしました。 私はハンカチで彼の汗を拭いてあげました。
「平和ですね」
「ああ。……こんな日が来るとは、昔の俺には想像もできなかった」
彼は庭を駆け回る三人の子供たちを目を細めて眺めました。
「俺は、自分の血を呪っていた。破壊しか生まない、忌まわしい力だと。……だが、あいつらを見ていると、この力も悪くないと思える。正しく使えば、大切なものを守り、未来を切り開く剣になるんだと教えてもらった気がする」
「ええ。子供たちは、貴方様の良いところを全部受け継いでいますもの。……優しさも、強さも」
「お前の賢さと、肝の座ったところもな」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
◇
さて、今日は特別な日です。 領地を挙げての『春の感謝祭』が開催される日なのです。
これは数年前、私たちが王都から帰還した日を記念して、領民たちが自主的に始めたお祭りでした。 最初はささやかなものでしたが、年々規模が大きくなり、今では近隣の国からも観光客が訪れる一大イベントになっています。
「ママー! 早く行こうよー!」 「屋台の焼きそばが売り切れちゃう!」 「ボク、射的でパパに勝つんだ!」
おめかしをした子供たちが、玄関ホールで待ちきれない様子で跳ね回っています。 レオンは騎士風のジャケット、シルヴィアは水色のドレス、アランは白のスーツ。 どの子も本当に可愛くて、親バカフィルターなしでも天使に見えます。
「はいはい、焦らないの。お祭りは逃げませんよ」
私も、今日は動きやすいようにシンプルなワンピースにカーディガンを羽織り、ジークハルト様と腕を組みました。 彼もラフなシャツにベストという姿ですが、隠しきれないオーラが漂っています。
城を出て、城下町へと続く坂道を下りていくと、すでに街は熱気と歓声に包まれていました。
「領主様だ! 奥様だ!」 「若様たちもいらっしゃったぞ!」
私たちが姿を現すと、道行く人々が笑顔で手を振り、花吹雪を撒いてくれました。
「こんにちはー!」 「お祭り、楽しんでねー!」
子供たちも元気に挨拶を返します。 彼らは領民たちにとってもアイドル的な存在で、どこへ行ってもお菓子や果物を貰ってしまいます。
「おや、アラン様。また背が伸びましたな?」 「シルヴィア様、今日もお美しい!」 「レオン様、今度わしと腕相撲しましょうぞ!」
ドワーフの鍛冶屋、エルフの薬師、人間の商人。 種族を超えて、皆がこの家族を愛してくれているのが伝わってきます。
広場には、無数の屋台が並び、香ばしい匂いが漂っていました。 ジークハルト様が考案した(正確には私がレシピを教えた)「特製串焼き」や、北の特産品である「氷結ベリーのクレープ」などが飛ぶように売れています。
「パパ、あれ食べたい!」 「ボクも!」
レオンとシルヴィアが指差したのは、巨大な魔獣肉のステーキ串でした。 やはり、食欲も父親譲りのようです。
「よし、買ってやろう。……エルサは?」
「私は、アランと一緒にクレープを半分こします」
私たちは屋台を巡り、食べ歩きを楽しみました。 ジークハルト様は片手にステーキ串、片手にレオンを抱え、背中にはシルヴィアをおんぶするという、力持ちパパの鑑のような姿です。
「……重くないですか?」
「なんの。……幸せの重みだ」
彼はそう言って、豪快に肉を噛みちぎりました。
広場の中央ステージでは、吟遊詩人が歌い、踊り子たちが舞っています。 演目は、なんと『黒騎士と灰かぶり姫の物語』。 私たち夫婦の馴れ初めを脚色した劇でした。
舞台上の「黒騎士」役が、大袈裟なアクションで魔物を倒し、「姫」役を守るシーンになると、観客から割れんばかりの拍手が起こります。
「……あんなにカッコつけていたかな、俺は」
ジークハルト様が少し顔を赤くして呟きました。
「もっと素敵でしたよ。……あの時、私を守ってくれた背中は、世界で一番頼もしかったです」
私が腕をギュッと抱きしめると、彼は照れ隠しに私の頭をガシガシと撫でました。
「……お前もな。毒霧の中に飛び込んできた時のお前は、どんな戦乙女よりも勇ましかったぞ」
「もう、昔の話ですわ」
そんな話をしていると、ステージの司会者が叫びました。
「さあ! ここでお待ちかね! 領主夫妻による『愛の誓いの鐘』を鳴らしていただきましょう!」
ワアアアアッ!
広場の時計塔にある鐘を、夫婦で鳴らすのがこの祭りのメインイベントなのです。 私たちは子供たちを騎士団長に預け(彼らは「えーっ」と不満そうでしたが、「あとでお菓子あげるから」とアランになだめられていました)、塔のバルコニーへと上がりました。
眼下には、見渡す限りの笑顔と、灯り始めたランタンの光の海。
「……綺麗だな」
「はい。……本当に」
私たちは一つのロープを二人で握りました。
「せーの!」
カーン、カーン、カーン……。
澄んだ鐘の音が、夕暮れの空に響き渡りました。 その音に合わせて、街中の人々が一斉に乾杯をし、お互いを祝福し合います。 それは、平和と繁栄を象徴する、最高の音楽でした。
◇
祭りの喧騒が夜になっても続く中、私たちは少しだけ抜け出して、静かな場所へと向かいました。 かつて結婚式を挙げた、あの「鏡の湖」です。
夜の湖は、満天の星空を映し出し、まるで宇宙に浮いているような幻想的な空間でした。 湖畔には、季節外れの氷結花が、私たちの魔力に呼応して淡く発光しています。
「……懐かしいですね」
「ああ。ここに来ると、初心に帰れる気がする」
ジークハルト様は湖に向かって深呼吸をしました。 夜風が彼の銀髪を揺らします。
「エルサ。……一つ、話しておきたいことがある」
彼の声色が、少し真剣なものに変わりました。
「はい、何でしょう?」
「俺の『夢』の話だ」
彼は私の方を向きました。
「俺はずっと、自分の力を制御することと、領地を守ることだけで精一杯だった。……未来のことなんて、考える余裕もなかった。だが、お前と出会い、子供たちが生まれ、領地が豊かになって……ようやく、次の夢が見えてきたんだ」
「次の夢?」
「ああ。……俺は、この『北の楽園』を、世界中の『はみ出し者』たちが安心して暮らせる場所にしたい」
彼は熱を込めて語り始めました。
「魔力が強すぎて恐れられている者、種族の違いで迫害されている者、才能があるのに環境に恵まれない者……。かつての俺やお前のような人間だ。そういう連中を受け入れ、才能を伸ばし、笑って暮らせる国。……それを、子供たちの世代に残してやりたい」
彼の言葉は、私の胸を強く打ちました。 彼はもう、自分だけの幸せに留まってはいなかったのです。 自分が救われたからこそ、今度は自分が誰かを救う側に回りたい。 その高潔な志に、私は改めて惚れ直しました。
「……素敵な夢です。いいえ、夢ではありませんね。貴方様なら、必ず実現できます」
「一人では無理だ。……お前がいてくれないと」
「もちろんです。私は貴方様の妻で、共同経営者(パートナー)ですから。……一緒に創りましょう、誰もが輝ける場所を」
「ありがとう、エルサ」
彼は私を引き寄せ、抱きしめました。 その時、草むらからガサゴソという音がしました。
「パパ! ママ!」 「見つけたー!」 「やっぱりここにいたね」
子供たちです。 レオン、シルヴィア、アランが、草まみれになりながら飛び出してきました。 どうやら、騎士団長の目を盗んで追っかけてきたようです。
「まったく、お前たちは……。雰囲気も何もあったもんじゃないな」
ジークハルト様は苦笑しながらも、しゃがみ込んで三人を広げた腕の中に迎え入れました。
「だって、パパとママだけズルいもん!」 「ボクたちも仲間に入れてよ!」 「みんな一緒がいいの」
子供たちが口々に訴えます。 そのまっすぐな瞳は、星空よりも輝いていました。
「……そうだな。俺たちは五人で一つだ」
ジークハルト様は子供たちを抱きしめたまま、私を見上げました。
「エルサ。……俺の夢の続きには、こいつらがいる。レオンの勇気、シルヴィアの知恵、アランの慈愛。……彼らが成長し、いつかこの地を背負って立つ時、きっと俺たちが想像する以上の素晴らしい世界を作ってくれるはずだ」
「はい。……楽しみですね」
私は子供たちの頭を撫でました。 彼らの中には、無限の可能性が眠っています。 そしてそれは、私たち夫婦が愛を注げば注ぐほど、大きく花開いていくでしょう。
「……さて、そろそろ帰ろうか。夜風が冷えてきた」
ジークハルト様が立ち上がりました。 彼はレオンを肩車し、シルヴィアを左腕に、アランを右腕に抱えました。 三人を一度に抱えるなんて、さすがの怪力です。
「パパ、重くない?」
「お前たちが大人になったら、さすがに無理かもしれんがな。……今はまだ、余裕だ」
彼は笑い、私に言いました。
「エルサ、手は空いてないが……心は繋がっているぞ」
「ふふ、わかっています。……私の手は、貴方様の背中を支えますから」
私は彼の背中にそっと手を添えました。 温かくて、大きくて、愛おしい背中。
私たちは夜道を歩き始めました。 空には大きな満月。 遠くからは、まだ続く祭りの賑やかな音が聞こえてきます。
「ねえパパ、明日は何して遊ぶ?」 「ボク、ドラゴンに乗りたい!」 「私は新しい魔法書が欲しいな」 「ボクは、ママのクッキーが食べたい」
子供たちの尽きないお喋りを聞きながら、私は心の中で静かに呟きました。
(ありがとう、神様。……私に、こんなに素敵な『物語』をくれて)
かつて、屋根裏部屋で泣いていた少女は、もういません。 ここにいるのは、愛する家族に囲まれ、自分の足で未来へと歩む、一人の幸せな女性です。
「……エルサ?」
ジークハルト様が振り返りました。
「どうした? 立ち止まって」
「いいえ、なんでもありません。……ただ、幸せだなって」
「……俺もだ」
私たちは微笑み合い、再び歩き出しました。 家へ。 私たちの愛の城へ。
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