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第一章その1 ~始めよう日本奪還~ 少年たちの苦難編
聖者様はストライキ中 1
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灼熱の岩場にお座りしたまま、狛犬のコマは焦っていた。場所はかの有名な血の池地獄だ。
今は子犬ぐらいの大きさのコマは、大量の冷や汗を流しながら、目の前の2人を交互に眺めた。
1人目の女性は、日本神話の女神である。
人間に当てはめれば、20代後半ぐらいの印象だろう。やや切れ長で鋭い目元。長く伸ばした真っ直ぐな黒髪。長身ですらりとした体つきだったが、全身から尋常ならざる霊気が立ち昇っている。
今は不機嫌そうなこの女神、本来は磐長姫というのだが、最近ではなぜか岩凪姫と名を変えていた。
対して女神の視線の先には、歳の頃16、7ぐらいの少女がいる。
空色の着物に、時代錯誤な鎧姿。肩に届かぬセミロングの黒髪と、きりりと締めた白いハチマキ。
名を大祝鶴姫というこの少女、かつては水軍を率いて故郷を救った英傑なのだが……死後500年もの長きにわたり、地獄の血の池に引きこもっているのだ。
なお血の池とは言うものの、実際は血ではなく赤いお湯であり、地獄の開設当初は地味な温浴施設であった。拷問する鬼も、茹でられる罪人達もやる気が無く、場末の銭湯で戯れる程度の迫力しか無かったのだ。
それが第12期の刑務官である鬼才・鬼山鬼三郎の発案で大規模な岩風呂に改修され、非常に有名な地獄となった。
岩場に巻き上がる水しぶき、身振り手振りでアピールする罪人。そして赤いライトアップで見得を切る、鬼達の迫真の表情。
鬼も罪人も溌剌と日々を過ごし、その様は毎月発行される地獄ジャーナルの表紙を、たびたび飾る程であった。
にも拘わらず、周囲に佇む鬼達が妙に大人しいのは、鶴がここに来た際にボコボコにされたからだ。
以来500年間、血の池は静かでマナーの良い湯治場と化していた。
もちろん霊界としてもこの事態は好ましくなく、生前に鶴の相棒だったコマが説得を続けてきたのだが…………本日とうとう、コマの上司たる岩凪姫が地獄に出向き、鶴と対峙しているのだった。
もしこの期に及んで女神の言う事を聞かなければ、どんなお仕置きがあるか分からない。
だからコマは焦っていた。女神の沸点を超える前に、なんとかこの主人を説得せねばならないのだ。
「あの、あのさ鶴。ずっと言ってきたけど、そろそろ地獄から出ようよ」
「……」
鶴は項垂れたまま動かない。
コマは内心焦ったが、辛抱強く語りかけた。
「いやね鶴、君の気持ちはよく分かるよ。あんなに頑張って戦った挙げ句、1人ぼっちになったんだもの。分かる、ほんとに分かるよ」
しきりに説得を試みるコマだったが、その時ふと女神が言った。
「………………もうよいコマ、もう分かった。そろそろ私がけじめをつけよう」
「っっっ!!?」
コマがぎくりとして振り返ると、女神は静かに鶴を見据えている。
「い、いいい、岩凪姫様? けじめとは、一体」
「けじめはけじめだ。お前はそこでじっとしていろ」
コマは仕方なく鶴の無事を天に祈った。
女神は鶴に近寄って屈むと、おもむろに語りかける。
「最後にもう一度聞くぞ。どうしても現世を守りに行かないのか」
「…………」
鶴はやはり答えない。
「大勢困っているのだぞ。皆がお前を待っているのに、どうして出向いてやらないのだ」
「……もう嫌。もう疲れたから」
鶴は蚊の鳴くような声で答えた。
「……戦ったり守ったり、もう疲れたの。私の魂を消すならそうして。お願い」
「…………そうか。ならば仕方ない」
女神はそう言うと、人差し指を鶴のこめかみに当てる。
「い、岩凪姫様!」
コマは思わず声を上げるが、鶴は全く動じなかった。
女神はしばし、無言で鶴を見つめていたが。
「………………まったく、このいじけ虫め。誰に似たんだろう」
呆れたように言うと、女神はふいに表情を緩めた。こめかみに当てた指を離し、出来るだけ優しい声で言った。
「……黒鷹に、会えるんだよ?」
「!!!」
その瞬間、鶴はびくっとなって顔を上げた。今しがた耳にした言葉が信じられないようで、不思議そうに女神を見つめる。
女神は頷いて言葉を続ける。
「本来聖者……つまり神人は、私的な理由で出撃出来ぬのだが……今回だけは教えてやる。黒鷹の魂は現世にあるのだ」
「ほ、ほんとっ!?」
女神の言葉に、鶴はいきなり立ち上がった。竜を象った注ぎ口が頭突きでへし折られ、凄まじい勢いでかっ飛んで行く。
風呂番の鬼が、「また修理費が!」と叫んでいるが、鶴は全く気に留めない。
「どうして!? 天国も地獄も、どこにも見かけなかったのに!」
「知りたいか?」
「知りたい知りたい、超知りたい!」
鶴はたちどころに元気になっていく。顔にはみるみる血の気が戻って、周囲には物凄い霊力が渦巻き始めた。
「ほう、だとしたら、それが物を頼む態度なのか? んん?」
女神がにやにやしながら言うので、鶴はうう、とうなっていたが、やがてぺこりと頭を下げた。
「……あの、ナギっぺ、今までごめんなさい。後生だから教えて下さい」
「よし、それではこれを見るがいい」
女神が指を鳴らすと、傍らに霊界テレビモニターが現れた。画面には1人の少年が映っている。
歳は鶴と同じくらいだろうか。やや細身で、真剣な表情は若武者のように凛々しかった。服装は未来のもので、戦闘用の防護服だ。
「はわわ、まっこと、まごう事なき黒鷹だわ。今生はあまり日に焼けてないけど、それはそれで鶴ちゃん好みの感じなんだわ!」
鶴は画面を食い入るように見つめ、頬を両手で押さえてぴょんぴょん跳ねた。目を潤ませ、懸命に女神に問いかける。
「お願い、教えて! 黒鷹はどこにいるの?」
「中四国を統括する、第5船団という組織にいる。今生の名は鳴瀬誠。生真面目な性格だから、ろくに霊界におらず、Uターンで転生していたのだろう」
「むむむ、だから見つからなかったのね! さすがは黒鷹、日の本一の芸達者だわ!」
鶴は慌てて湯船から飛び上がり、いそいそと身支度を始めた。
風呂敷に詰め込むのは、鬼がご機嫌取りにくれた地獄まんじゅう、虎柄の小物類。そして霊界入浴剤『血の池地獄のもと』などなど。
もちろん納得出来ないのはコマである。今までの苦労も相まって、コマはつい意地悪な事を言ってしまう。
「ちょっと鶴、僕があれだけ説得してたのに、いきなりそれはないんじゃないの。それに君は死んだから、もう体は無いじゃないか」
「か、体……? そうだわ!」
コマの言葉に鶴は固まり、再び泣きそうな顔になった。頭をポカポカ叩きながら後悔するが、勿論叩かれるのはコマである。
「どうしよう、こんな事ならあの時体を取っとけばよかった! あたしのバカ、連帯責任でコマもバカ! むしろ6―4でコマの方が大バカあっ!」
「いてて、なんでそんな時だけ僕の責任に!?」
だがそこで、もめる2人に女神が言った。
「心配するな、お前の体は滅びてない。私が保管して、時忘れの術をかけてあるのだ」
「ほんと!? さすがナギっぺ、美人、怪力、大酒飲みっ! いつか何かしでかすとは思ってたのよ!」
コマと取っ組み合う手を止め、鶴は目を輝かせた。太鼓を打ち鳴らし、紙吹雪を盛大に撒き散らす。
女神は肩をすくめ、釘を刺すように話を続けた。
「一つ言っておくが、ただで体をやるのではないぞ。えい、ほら貝を吹くな、やかましい。今までコマが説明してきたと思うが、日の本の国が、かなりの危機に陥っているのだ…………ほら貝。2度言わすなよ? 天界としては聖者を差し向けたいが、赤子から育てる時間がない。体を保存してあるお前なら、10年程でパワーアップが可能だったから、行って何とかして来いというわけだ」
女神は右手を一振りすると、先程の画面をさらに巨大化させた。黒板ぐらいの大きさになった画面には、『修正第15版 聖者出撃の手引き』と表示された。
かなり安っぽいテロップだが、これは神々が聖者を差し向ける際、必ず見せる映像教材なのだ。
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