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第一章その2 ~黒鷹、私よ!~ あなたに届けのモウ・アピール編
学び舎は第二の家
しおりを挟む高縄半島避難区は、その名の通り、四国北部の高輪半島に位置している。
急流渦巻く来島海峡に面し、芸予諸島を巡る海の架け橋『しまなみ海道』の玄関口だったが、餓霊の侵攻に伴って、島々を結ぶ橋は爆破された。
橋が破断された事で、島嶼部は最も安全な避難区となり、富裕層の居住区が所狭しと設置された。
そうした島に住めない一般の市民は、半島の北端に幾重もの防衛ラインを敷いて生活していたし、誠達の部隊は、前線に程近い高校の跡地に駐屯していた。そもそも学校は、極めて使い勝手のいい建物だからだ。
平坦で地盤の硬い校庭には、格納庫や武器庫を簡単に建てられるし、体育館は物資の保管庫として使いやすい。
武器弾薬がある以上、人の出入りの監視は必須だったが、元々学校は周囲を囲む壁がある。
更に職員室は事務方の部屋、校長室は指揮官の執務室というように、都合のいい設備がわんさか備えられている。
広大な敷地を持ち、最初からこれだけの設備がある学校は、えてして防衛拠点に使われる事が多かったのだ。
一同の車が格納庫に辿り着くと、坊主頭の少年が出迎えてくれた。
「また異常にボロボロですよね? スタントマンにでもなったんですか」
砂と粉まみれになった誠を見て、青いツナギ服を着た彼は苦笑いした。名は尚一といい、見た目で連想されるとおり、彼は香川の弟だった。
「兄ちゃんも悪運強いね。ていうかその頭、どうにかしたら?」
「分かってるって。伸びるの早くなってるのかねえ、いつもより頭が重いんだよ。ちょっと剃ってくるわ」
香川はウニ状態の頭を剃るべく洗面所に向かったが、後頭部に毛布が突き刺さっているのには気付いていない。
……が、そこで髪もヒゲも真っ白になった小柄な老人が、ねじ回しを放り投げながら血相を変えて駆け寄ってくる。
「貴様ああっ、ワシの可愛い人型重機を、またこんなに壊しおって!」
「いや、ちょっと美濃木さん、今はやめて! 車から落ちて、全身が痛くて!」
「痛いのはわしの心じゃわーい!」
美濃木老人は誠を捕まえると、鮮やかな手つきのプロレス技……コブラツイストで締めあげた。
人も機体も直す、という理念で整体士の資格も持つ美濃木は、誠の体だけは断固として壊す、という血も涙も無い爺さんだった。
尚一は気にせず、先に運び込まれていた人型重機を振り返りつつ話を続ける。
「ざっと見てみたんですが、装甲も人口筋肉もかなりとっかえですね。2~3日は出撃も無理だと思います」
「そ、そうか……ぐああっ!?」
誠は次々繰り出される関節技に悶絶しつつ尋ねる。
「な、何かこっちでっ! する事はないかっ!?」
貴様がするべきは地獄での懺悔じゃわーい、と叫ぶ爺さんをよそに、尚一は首を振った。
「とりあえず、今のところは無いですね。接続操作の調整段階が来たら、またつきっきりでお願いします」
「うちあれ苦手やわ。頭の調整は時間かかるししんどいねんな~」
難波が肩をすくめるが、尚一はすまなさそうにフォローする。
「そりゃしょうがないですよ。接続操作が無ければ、頭なんて単に高所アンテナとカメラなんですけど……頭部同期したら別です。ここに違和感があれば、生き死にに関わるでしょ。かぶったヘルメットがずれてて戦えるかって話で。まあその時が来たら呼びますから、腹ごしらえでもしてて下さい」
「じゃあそうさせてもらうぜ。腹減った、昨日からちゃんと食ってねえんだもん」
宮島は急に会話に入ってきて、格納庫に椅子を並べ始めた。床に箱型携帯糧食を置くと、温め機能をオンにする。
「くおらぁ貴様らっ、誰が俺の頭に毛布突き刺したあっ!?」
香川が頭を剃って戻ったが、一同は彼をなだめて食事の準備にとりかかった。
ボックス・レーションは、みかん箱ぐらいの容器に温め機能がついていて、中に人数分の弁当が入っている。戦場でも温かい食事が取れるようになっているのだ。
食材は家畜や魚より成長が早く、育成エネルギーの効率がいいもの……つまり各種の動植物海棲小型生物である。
海辺に円筒形のタンクを作り、海水を攪拌しながら毒性の無いプランクトンを大量養殖。出荷前になると塩分濃度を落とし、ペースト状に固めるのである。
小型のオキアミをすりつぶして圧縮し、肉のような食感を出したメニューは通称『海肉』、それに細かなチップ状のジャガイモで衣を付けたカツは『海カツ』。調理する人も工夫してくれていたが、元がプランクトンなので、いかんせんバラエティに乏しいのだった。
なお、稲作には大量の水が必要なので、炭水化物はジャガイモなどのイモ類がメインである。
宮島は小気味良く海肉を頬張りつつ感想を述べた。
「悪くねえし、食えるだけマシだけど、出来ればもっとメニューが欲しいよなあ」
「メニューというより、まずは主食だな。小麦があれば、うどんも作れるだろうし」
「うちも香川の意見に賛成やわ。うち、ジャガイモは好きやけど、もう10年たこ焼きもお好み焼きも食べてへんもん」
難波も同意するが、カノンはそんな一同に苦笑している。
「食欲があるのは衛生兵として嬉しいんだけど、あんた達、ほんとに食べる事ばっかりよね」
「いやあ、食い意地はカノっちには負けるで」
「いつあたしが食い意地を張ったのよっ。それはそうと整備主任、そろそろやめて下さい。あんまり悪戯したら、めっ!」
カノンは美濃木を追い払うと、開放された誠にレーションを渡してくれた。
「ちゃんと食べなさいよ。今度倒れたら、本当に手術するから」
カノンはメディカルバッグからメス代わりの刃物を取り出すが、それはどうみても包丁ぐらいある。彼女は簡易の手術も行う資格を得ているが、なぜかメスではなく和刃物を使うのである。
「……あ、あのカノンさん、そんなでかい刃物で執刀されたら、逆にケガが増えるんじゃないでしょうか」
「あたしはこれが一番合うのよ。重さがあるからすーっと切れるし」
カノンはうっとりした表情で刃物を眺める。
「使わないと腕が鈍るし、そろそろ誰かケガしないかしら」
「衛生兵にあるまじき発言じゃんか。折角みんな元気なのに……」
誠はひきつった顔で答える。みんな元気、と言ったものの、実際はそう気楽でもいられなかった。
防衛予算の削減で、戦力はどんどん削られているのだ。当然一人あたりの負担が増えているので、もし誰かが倒れれば、連鎖的に崩壊が来るのは明白だった。
そんな誠の内心を知ってか、尚一は誠に告げた。
「補給のおじさん達から聞いたんですけど、この高縄半島の避難区も縮小するかもって言ってました」
「縮小? 縮小って、溢れた人は? どこかに移動出来るのか?」
誠の問いに、尚一は首を振った。
「……分かりません。けど、最近の上層部は頭がおかしいんじゃないかって思います。あいつらが牛耳り始めてから、何もかもおかしいんで。金持ちの避難区と、特務隊の連中にだけ予算を使って、一体何を考えてるのか……」
「俺らがどうしたよ」
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