新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART1 ~この恋、日本を守ります!~

あさくらやたろう-BELL☆PLANET

文字の大きさ
53 / 117
第一章その3 ~とうとう逢えたわ!~ 鶴ちゃんの快進撃編

女神様はお怒りである。酒が切れたからではない

しおりを挟む


 哨戒艇あきしまは、霧の立ち込める燧灘ひうちなだを航行していた。

 全長155メートル、排水量4950トン。鋭角型船首カッターバウがマリンブルーの海を掻き分けていく。

 シーグレーの船体は旧護衛艦を改造したものであるが、甲板に並ぶ無数の砲は、かつての大艦巨砲主義を思わせた。餓霊が放出する電磁妨害ジャミングにより、ミサイル等の誘導兵器が役に立たなくなったためだ。

 一方で艦橋機器は旧護衛艦と似通っており、現在が技術と時代の過渡期である事を如実に表していた。


「ポイントN153通過。餓霊の行動確認出来ず」

「了解した。回頭して進路を西へ」

 観測員の言葉に、艦橋ブリッジに佇む艦長の夏木中佐は、いつも通りの指示を送った。

「……餓霊どもめ。泳いででも来てくれれば、一発お見舞いしてやるのに」

 夏木はそう言って帽子に手をやった。

 引き締まった長身で、乱れなく制服を纏っている。勤勉で優秀な青年であるが、それでもこの歳で艦長を任されるのは異例の事態である。

 旧自衛隊の解体後、夏木は海上経験を買われてこの船に勤務したが、先代艦長が体調を崩し、代わって指揮を執る事になったのだ。

「大丈夫、ただ沿岸をぐるぐる回る、あてのないクルーズだから」

 先代の艦長はそう皮肉を込めて言った。

 一見不要に思えるこの船と武装は、いずれ餓霊軍団の大将ディアヌスが迫って来た時、迎撃するための備えだと言われている。餓霊は通常海を渡れないが、ディアヌスの放つ攻撃は、遠方の島でも容易く炎に沈めるからだ。

 だがそれまでの間、ただ瀬戸内のクルージングを続けるというのは、地上で耐えている若者達に申し訳ない、と夏木は常々考えていた。

(自国の民が襲われても眺めるだけなんて、一体どこにそんな軍があるんだ)

 艦橋ブリッジを見渡せば、まだ歳若い兵の姿が目立つ。

 人手不足は深刻であり、訓練期間の短縮のため、自衛隊時代の細かい慣習は取り払われた。軍をイメージさせぬよう、オブラードに包んでいた特科や施設科といった呼称も、砲科、工兵科、などの分かりやすいものになった。

 もちろん戦闘時の発砲手順なども、圧倒的に簡略化されている。面倒な手続きをしているうちに、敵は霧の中から突然現れ、人に襲いかかるからだ。


「艦長、夏木艦長!」

「……っ!? すまない、どうした?」

 観測員の呼びかけに、夏木はようやく我に返った。

「本艦正面に未確認の岩塊を発見。距離は目視にて1㎞」

「緊急退避、減速しつつ確認する」

 夏木の指示で船体が青い光を帯び、速度が急激に減じられていく。

 属性添加機は船体に直接慣性力を与えるし、ブレーキの際にはそれを逆転させるだけなので、旧式の船より遥かに素早い制動が可能なのだ。

 夏木は一先ず胸を撫で下ろすが、そこで怪訝な顔をした。

「……待て、未確認? ずっと同じ海域を航行してるんだぞ。今更未確認の岩礁なんて」

 地震や活断層の影響で、海底の隆起や海水面の低下があったのだろうか? 

「いえその、単なる岩礁ではないようなのですが……」

 部下の回答は極めて歯切れが悪かった。

「誠に失礼ではありますが、艦長直々じきじきのご確認をお願いできますでしょうか」

「分かった、今そっちへ行く」

 夏木は艦長席を離れると、観測員の傍に歩み寄った。

 正面の窓際に据えられた望遠モニターを凝視すると、かなり霧が濃くなっていた。風が渦を巻き、霧は白い蛇のように、また龍のようにのたうっている。

 その霧の只中に、岩塊は浮かんでいた。

 直径は500メートル程か。まるで山かと思われるほどの巨大な岩が、何の支えも無く宙に漂っているのだ。

「どういう事だ……?」

 呆然と呟く夏木に、観測員も恐る恐る告げる。

「あんな岩塊、先ほどまで存在しませんでした。レーダーにも感ありません」

「餓霊の霧じゃないんだ、単なる海霧だぞ。なのにレーダーが使えない?」

「いえ、重ね重ね申し訳ないのですが、レーダーは使えています。あの岩塊だけが映らないのです」

「そんな事があり得るのか?」

 夏木は動揺し、けれど油断なく指示を出した。

「艦を停止、一度報告して調査に入る」

「…………その必要はない」

 不意に岩塊から声が響いた。

 同時に巨岩の周りから霧が離れ、その全貌が目に入る。岩の周囲にはぐるりと注連縄が巻かれ、上部には石造りの鳥居まで存在していた。

「と、鳥居? 何でそんなものが……」

 夏木が呟いた時、艦に物凄い衝撃が走り、艦橋の一同はバランスを崩した。

「………っ!?」

 夏木は一瞬、我が目を疑った。

 突然1人の女性が室内に現れていたからだ。

 長い黒髪とカーキ色の軍用ジャケット。強い意志を秘めた切れ長の瞳が、真っ直ぐに夏木を見据えている。

 女の傍には白いライオンのような猛獣が付き従っていた。猛獣は地に伏せ、女の椅子として大人しく座しているのだ。

「驚かせたな、諸君。私の事は岩凪監察官とでも呼べ。これよりしばらく、この艦の指揮は私が取る」

「そ、そんな連絡はありませんでしたが……」

 夏木は相手の階級章を確認しつつ、遠慮がちに反論しようとする。

 だがその瞬間、通信用の大型メインモニターに男の姿が映し出された。それはあろう事か、船団統合本部に居るはずの幕僚長だったのだ。

(何でこのタイミングで? いやそれより、何か焦ってるようだが……)

 夏木は目を丸くするが、幕僚長は早口で告げる。

「……な、ななな、夏木中佐っ! 色々と疑問はあるだろうが、今はその方に従ってくれっ。私が許可するから、な? それでは、た頼んだぞっ!」

 幕僚長はそれだけ言うと、問い返す間もなく通信は切れた。

 女は淡々と言葉を続ける。

「……以上だ。異論のある者は遠慮なく言え」

「い、異論ではありませんが、申し上げます」

 そこで観測員が口を挟んだ。

「海浜部の旧市街地に、餓霊の別働隊が接近しています。数およそ300、十分過ぎる脅威です」

「舐めきってるな、ジャミングもろくに出さずにか……!」

 モニターに映る餓霊の姿に夏木は歯噛みしたが、そこで幕僚長の言葉を思い出し、目の前の女性に尋ねた。

「岩凪監察官……いかがいたしますか?」

 女はモニターを一瞥し、静かに答える。

「そうだな、対処の必要はない」

「………………了解、しました」

 夏木は俯いた。結局誰が指揮しても同じだ、と思ったのだ。

 だが続く女の言葉は、夏木の予想の斜め上をいったのだ。

「砲撃すれば、逃げた者が避難区に攻め込むやも知れぬ。それにここは海辺だからな。邪気が薄いし、十分私の手が届く」

 女は答えると、右手を開いて前に出し、勢い良く握り締める。

 それは驚きの光景だった。

 数百の巨大な餓霊が動きを止めたかと思うと、何かで圧縮されたかのように、爆音を立ててぜたのだ。

「じ、地雷でも仕掛けていたのでしょうか……?」

 夏木は呆然とその様を眺めていた。

 女は頬杖をついたまま、切れ長の目を一同へと向けた。

「もう一度言おう、これよりこの船の指揮は私が執る。回頭して至急、画面の表示地点に向かえ」

 メイン画面に表示された光点は、芸予諸島の大島付近を示している。

「りょ、了解しました!」

 一同は、反射的に女の指示に従っていた。

 夏木の間近で部下達が囁き合っている。

「あれっ? なあ、さっきの餓霊、なんで吹き飛んだんだっけ?」

「分からない、頭がぼーっとして覚えてないんだ」

「変だよな、さっきの事だったのに、急に忘れちまった」

 夏木も同じ感覚だった。先程の餓霊は、一体どうして吹き飛んだのだろう。地雷か、それとも別の艦からの攻撃なのか。

 覚えていたはずなのに覚えていない。見たはずなのに、何が起こったのか分からない。

 それでも彼女に従ったのは、生物としての本能に近い。

 絶対的強者に対する服従だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...