死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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セノキミ

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「ひぃっ、そんな、どうして……!」
 悲鳴にも似た呻きに現実に引き戻される。悲鳴の主はイルミナだった。イルミナは口元を手で覆い、目を大きく見開きその場に頽れると、かくんと首をのけぞらせ失神してしまった。
 神官たちが慌てて彼女を抱き起し、出口まで足早に向かう。
 しかし誰もイルミナにそれ以上注意を向けてはいられなかった。司祭でさえ、その場に張り付けられたかのように動かない。貴族達やグラス卿……誰も、固唾を呑んで動くことができなかった。
「カエセ」
 『それ』が言葉らしきものを発したことで、全員がびくりと身を震わせた。
ザラついて聞き取りにくい。男とも女ともつかないそれは、動物の鳴き声に似ていた。
「カエシテ、ヤクソク、マモッテヤッタ、ソッチノバン、カエセ、カエセ! タカラモノ、カエセ!」
 語気が強まるにつれ、『それ』はくわっと歯を剥きだした。尖った牙が露わになる。
呆然としていたヨアンが、シュメルヒを背に庇うように前に出て異形の『それ』を睨んだ。
『それ』は気分を害したように、水の下に隠れていた尾ひれで水面を打った。二度、三度……水飛沫が飛び散る。

「ヨアン様、逃げましょう」
「……地下で見た化け物とは見た目が違う。儀式で現れたってことは、これが精霊かもしれない」
「いえ、あれは私が池の中で見た……」
 「異形の化け物です」とシュメルヒが言いかけたのを遮って、『それ』がガチガチと歯を鳴らした。目はヨアンを捉えていた。
「オマエ、オマエノ、チノニオイ、キライ、タカラモノ、オマエト オナジ ニオイノ ヤツ、カクシタ……カエセ!」
「同じ匂い……?」
シュメルヒが訝り繰り返す。グルグルと唸り声をあげた精霊は、ジロっとシュメルヒを目で捉えた。
「オマエ、コイ」
大きなガラス玉のような目玉はじっとシュメルヒを見たまま動かない。その不気味な目が瞬きをしていないということに気付いた。
「妃、近寄るな。何されるか分からない」
ヨアンは小声で止めた。
精霊はシュメルヒが動かないと見るや、むっとした顔をした……ように見えた。
「コイ、ハヤク、ハヤク。キタラ、シュクフク、シテヤル。オマエタチ、イツモソレ、ホシガル」
シュクフク……祝福? 
「ウゥ、……コイッタラ! タスケテヤタノニ、イウコトキケ……!」
 子供の癇癪のような口調に聞こえだしたのは気のせいだろうか。姿形と相まって、ちぐはぐな印象だ。不気味でいとけない。
シュメルヒはハッとした。
(そうだ……白昼夢でないとしたら、あの時の警告がきっかけで、ヨアン様を救うことができたのは事実だ)
シュメルヒの毒の血が地下で化け物を殺すことができたなら、それは他ならぬ、この精霊のおかげだ。ヨアンの命の恩人と言っても過言ではない。
 そして今、命の恩人は駄々をこねる子供のように愚図っている。
 ウー、と唸った精霊は突然ボロボロッと大粒の涙を瞬きをしない目玉から零した。唇を噛んで泣きながらシュメルヒ達を睨んでいる。
 シュメルヒはゆっくりそちらに近付いて行った。
「妃、何してるんだ!」
「ですが、ヨアン様の危機を教えてくれたのは事実です」
 シュメルヒはヨアンと精霊の中間地点で立ち止まった。ヨアンの言う通り、それ以上は本能的な警戒が勝った。ヨアンもすぐにシュメルヒを守るように寄り添った。
「貴方は、水の精霊様……なのですか?」
 鱗に覆われた尾ひれが軽く水面を打った。
「オマエタチ、セイレイ、ヨブ。シラナイ」
 精霊と呼ばれているが、自認はしていないと言いたいようだ。
(まさか本当にいたなんて……)
 いまだに信じられないが、確かに目の前に存在している。白昼夢などではなく、ヨアンにも皆にも同じ姿が見えているのだ。呆けている場合ではない。
「あの時、ヨアン様の危機を教えてくださいましたね。ありがとうございました」
 シュメルヒは深く頭を下げた。
「ヤクソク、シタ。カエシテ」
「返す……私がそれを持っているのですか?」
「チガウ」
「精霊様の宝物というのは、何なのです。それが分かれば、探すことができます」
「……セノキミ」
「……?」
初めて耳にする響きの言葉だった。オスロ語、イレニア語、大陸公用語……どれも覚えがない。
「どこにあるのです? この城の中ですか?」
「ワカラナイ……ズットサガシテル、サミシイ、カナシイ、ドコイル……」
 また大粒の涙がボロっと溢れた。異形の姿だが、寂しいと泣く姿は子供のそれだ。
「それを探せと仰るのですか。それが、危機を教えていただいた代償なのですね」
「ソレダケ、チガウ」
精霊は妙に人間らしい仕草で首を横に振った。
「トキ、モドシタ。カワリニ、セノキミ、カエス、ヤクソク」
 時を戻した。その言葉を聞いて、シュメルヒは警戒を忘れてふらりと噴水台に近付いていった。ヨアンがとっさに留めようと伸ばした手を払いのけて、青白い肌と鱗の境目が見える距離まで近づく。
精霊の身体からはかすかに潮が香った。
「精霊様……本当に貴方が……どうして、どうやって」
「オシエテ、ヤル。モットチカク、キテ」
シュメルヒは呼ばれるままに精霊に顔を寄せる。水音がして、精霊が上半身を乗り出した。
「っ、シュメルヒ!」
ヨアンの声が耳に届くと同時に、首筋に鋭い痛みと熱さを感じて、シュメルヒの身体がビクンと痙攣した。
ヨアンが棒立の司祭の手から剣を奪い、大きく振り上げた。
精霊はふわりと身をかわし、大きくのけ反った態勢でベロリと舌なめずりした。ごくん、と喉が上下する。
「妃から離れろ! シュメルヒ、血が出てるっ、大丈夫か!」
 血。シュメルヒはとっさに痛みを忘れてヨアンを突き飛ばした。
「離れてください! 血が止まるまで私に近寄ってはなりません、ヨアン様」
シュメルヒの剣幕に渋々立ち止まったヨアンは、鋭い目を精霊に向けた。剣先を向け、少しでも動けば切り付ける覚悟をしていた。
「妃、傷は?」
「ええ、深くありません。針に刺されたようで、もう血も止まっています」

 ヨアンのアルファの威圧が放たれていた。シュメルヒはそれを肌で感じながら精霊を見たが、精霊は陶然と上向いたままだ。味わうように、喉が上下している。
(私の血を、飲んだ……? 猛毒を体内に入れて何故平気でいられるんだ⁉)
 変化は唐突に訪れた。
 濡れた長い髪が艶めきを放ち、青白い肌が真珠のように光沢をまとい始めた。そして、人間の物まねをしているかのような精霊の顔……呆けたように上向いた顔が前を向いた瞬間、シュメルヒは息を呑んだ。
 現れたのは美しいかんばせだった。どこからどう見ても人間にしか見えない。否、人間離れした美しさだった。鱗が覆う下半身さえ見えなければだが。
 精霊は腕を持ち上げ、長い青髪をかき上げると、隠れていた顔を晒した。近くにいたシュメルヒ達以外の者は、この時初めて、精霊の顔を目にしたのだった。
 かんばせは誰が見ても、ある人物に似ていた。兄弟だと言われれば皆納得するだろう。それほど面差しはそっくりだったが、<彼>は自身の指で確かめるように顔を撫でると、にたりと満足げに笑った。
 その笑みだけは、真逆の性質を秘めていた。妖艶さをまとい、精霊はシュメルヒを見据えた。そっくりな顔、そして声で、精霊は唇についた血を舐めとった。
『稀血は美味いのう……それに良い身体じゃ、気に入った』
 腕を動かしたり腰を捻って背中側を見ようとする仕草は子供じみている。
 シュメルヒは愕然としたが、それは周囲も同じだった。
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