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妃以外と口付けしない
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「酷い目にあった……」
「こちらの台詞ですっ!」
「……だから誤解だって何度も言ってるだろ。もう許してよ」
ハビエルとアンヌは主人たちの様子に顔を見合わせた。二人してこそこそと囁き合う。
「お二人はどうしたんだ? ヨアン様はともかく、シュメルヒ様があんなに怒ってるのは変だ」
「ヨアン様が普段から怒ってばかりみたく言うのはやめてよ。……なんでも、審理の後、別の儀式をしたらしいのだけど、戻ってからずっとあんな感じよ。妃殿下が怒っていらして、ヨアン様がずっと宥めてご機嫌を取ってる」
「普段と逆じゃないか」
精霊が水の中に姿を消すと、時が動きだしたように、ヨアンとシュメルヒの周りには人だかりができた。
貴族達は興奮した様子で二人を……特にシュメルヒに向ける眼差しにはただならぬ熱が籠っていた。
「妃殿下、精霊と言葉を交わされておいででしたね。精霊はどんな神託をお授けくださったのですか⁉ どうか我々にもお教えください」
「精霊のお姿が妃殿下に似ていらしたのは、きっと意味があるのでしょう? 妃殿下、どうか見てに触れてもよろしいかしら。精霊のご加護に与りたいのです」
ヨアンにも同じように興奮した様子で言祝ぎが贈られた。
「殿下。おめでとうございます! これほどの目に明らかな形で精霊の加護を受けた王族が過去いたでしょうか!」
「この目で精霊を目にする日が来ようとは…‥殿下、どうか我らをお導き下さい。これほどの神秘は他にありません。殿下こそ、精霊に選ばれた後継者です」
ヨアンは熱に浮かされた貴族たちにもみくちゃになった。シュメルヒの方は、体質のおかげで最低限の距離は取られている。それでも、興奮した彼らを落ち着いて相手することは到底不可能だった。
ここまでの熱気は、嬉しさよりも却って恐ろしいとすら感じた。
「ま、待ってください。落ち着いてください。あれは決して皆さまが思っているような存在では……」
シュメルヒが言いかけた時、二つの声が響いた。
「皆様、妃殿下はお疲れのご様子! どうか道をお空け願います」
「さあさあ、興奮冷めやらぬは皆同じ! しかしここは、まず両殿下を休めて差し上げねばなりませんよ」
前者はキリアス、後者はグラス卿だった。
キリアスはヨアンとシュメルヒの背中を押し出し、人並みをかき分けて出口へ向かった。グラス卿もにこやかに追ってくる貴族達を足止めし、キリアスに向かって目で合図した。
「さ、今の内です。グラス卿が引き留めている内に外へ出てください」
「キリアス、イルミナさまの容体は? 大丈夫なのですか?」
「確認いたします。とにかく、今は落ち着ける場所に移動しましょう。話は後です」
キリアスは早口に言うと、せかせかと二人を急かして、ヨアンの居室に着くまではそれきり一言も発さなかった。
そして、ヨアンの居室で待機していたハビエルとアンヌと合流したが、見慣れた顔ぶれに心が落ち着いた途端、シュメルヒはさっきの苛立ちがぶり返したのだった。
「だから、本当に何もなかったんだ。角度でそう見えただけで……ちょ、だからもう拭くのはいいよ、皮が剥ける!」
アンヌに用意させた濡れた手巾でヨアンの口を拭うシュメルヒは無表情だった。それよけいにヨアンを怖がらせているのだが、それに加え、シュメルヒは据わった目で呟いた。
「……そうなれば全部なかった事にできるのでは」
ヨアンはぞっとして「君ってそんな人だったか⁉ アンヌ、妃を止めてくれ」
「アンヌ、不貞行為を咎めているのです。邪魔をしないでください」
アンヌは「え、不貞?」とヨアンを助けようとした手を止め、軽蔑するような目を向けた。
ハビエルは、冷静に考えてシュメルヒの勘違いであろうことは見当がついたが、愉快なのでこのまま静観する構えだった。
アンヌに軽蔑を込めて見られたのがよほどショックだったのか、ヨアンはシュメルヒの肩を押さえて怒鳴った。
「だからッ、僕は精霊と口づけなんてしてない! 彼は妃を揶揄ってたんだ。初めから関心があるのは君だけだって誰の目にも明らかだっただろ」
「……ですが、ヨアン様は彼に見惚れていらした」
「だってそれはっ……妃と、同じ顔で、しかも、肌が……」
ヨアンの声が尻すぼみになった。
「とにかくっ、見てたのは妃と重ねてたからで、つまり妃に見惚れてたのと同じ事だよ! 不貞なんかじゃない」
「詭弁です! 言い訳も甚だしいです!」
ああもう、とヨアンが呻いた。
「僕は妃以外と口付けしたことないし、この先もしようと思わないよ!」
ガシャン、と音がした。ハビエルが消毒液の入った小瓶を床に落としたのだ。アンヌは手を口に当て、顔を赤らめている。
グラス卿と部屋の隅で角突き合わせて話し込んでいたキリアスも同様だった。彼は口を半開きにし、「本当なのか?」という目でヨアンを見た。
ヨアンはシュメルヒしか見ておらず、シュメルヒはそれまでの怒りを忘れてカッと赤くなった。
「な、なにを……」
「だから、妃以外と口づけしな」
「『黙って』!」
シュメルヒは濡れた手巾をヨアンの顔に投げつけた。
石のように静かになったシュメルヒを取り残して、キリアスは今後についてヨアンと協議し出した。
「今回の件でシュメルヒ妃殿下の立場は大きく変わりました。立ち会ったのは有力貴族ばかりですから、噂はすぐに王宮、いえ、国中に広まるでしょう。今まであやふやに信仰されてきた精霊の顕現と、直接祝福と受けたヨアン様と妃殿下……とくに精霊のお姿が妃殿下と似ているとなると」
「ああ、遅かれ早かれ、妃殿下を神格化する動きが出てくるんじゃないか」
グラス卿が重々しく請け負った。
キリアスもうなずき、
「妃殿下だけが精霊と言葉を交わせた、というのも大きい。妃殿下、御心当たりはないのですね?」
シュメルヒは「ええ」と首肯したが、内心では「時を戻した」という精霊の言葉が真実か否か引っかかっていた。しかし、ここで彼らにそれを告げるのは時期尚早だという考えは変わらない。ヨアンにさえ秘密にしていることを、多数の人間の前で話したくはなかった。
(それに、前世の私が精霊と会った記憶などない……一体いつ、精霊に時を戻すよう頼めたというのだ?)
「わかりました。今後ですが……ヨアン様、これを利用しない手はありません。ヨアン様の支持者を増やし即位までの地盤を固めましょう。何より、これで神殿の権威を削ぐことも、ゆくゆくは可能になるはずです」
神殿の権威を削ぐ……おなじ言葉を、別の誰かからも聞いた気がする。シュメルヒがグラス卿を見ると、彼はにこっと目じりを下げた。
「グラス卿、貴方も神殿と王家の結びつきが強すぎると言っていましたね……あなた方二人は、同じ目的の元で動いているのですか? 神殿の権威を削ぐために?」
「妃殿下。我々は何も、信仰を蔑ろにする気はありません」
グラス卿は笑みを引っ込め、真面目な顔つきになった。
「国王陛下も、その前の陛下も、聡明な御方でした。でも晩年は、神殿の助言するままに各地に新しい神殿を設け、疫病対策に投じるはずだった国庫をマゼル運河の建設費に当てた。もちろん、それだって国営事業にふさわしい大事な国策です。ですが分配を考えなくてはならなかった。神殿の助言のまま全部を投資するなど……イレニアのように疫病とほぼ無縁の国には想像もつかないでしょうが、十数年置きに疫病が猛威を振るうオスロでは、各地の社会基盤を将来の疫病まん延に備えて整えておく必要があるのです」
シュメルヒはガシム教授の教えを思い出した。彼も全く同じことを、十四歳のシュメルヒに教えてくれた。
「……何かあった時に病人を搬送したり物資を補給するための<道>や<橋>などは、国民の生命線、ということですね」
グラス卿は目を丸くして、うんうんと頷いた。
「その通りです、妃殿下。話が早くて助かります」
ヨアンがキリアスに向かい訊ねた。
「僕に神殿側ではなく、お前たち貴族側につけと持ち掛けていると思っていいのか?」
キリアスは背筋を正した。
「今まではヨアン様にこの話をするのは早いと我々が判断し、直接的な申し出は避けて来ました。ですが、今の殿下は……」
キリアスは言葉を切り、思いのほか穏やかな表情を浮かべた。
「お変わりになられた……妃殿下がオスロに来てから」
シュメルヒは思わずキリアスを見つめた。キリアスがヨアンを見る目は柔らかく、教師が生徒を見るようでもあった。
(彼は裏切り者なのに、なぜそんな風にヨアン様を見るんだ……)
「我々が腹を割って話すに値する御方だと判断し、こうして包み隠さずお話しているというわけです」
ヨアンは鼻を鳴らした。
「要するに、お前たちは揃いも揃って僕を値踏みしてたってわけか」
キリアスは苦笑して頭を下げた。
「お許しを。ですがヨアン様にとっても悪い話ではないはずですよ」
ヨアンが片眉を上げ、続けろ、というように頷いた。
「神殿にとって、シュメルヒ妃殿下は今、黄金の卵であると同時に、厄介な障壁でもあるのです。彼らはヨアン様にとって心の支えとなるものを排除したいのです。これまで、ヨアン様には心から大事に思う存在はなかったでしょう。いくらでも漬け込む隙があった。だから安心していたところに、シュメルヒ妃殿下がやって来た。初めは脅威でも何でもなかったはずです。<毒持ち>の妃殿下を、当のヨアン様が遠ざけていらっしゃいましたから」
ヨアンが許しを請うようにシュメルヒを伺う。シュメルヒは首を横に振った。ヨアンが気に病むことなど何もない。
「ですが傍目にも明らかな程、ヨアン様が妃殿下を寵愛していると知って、どうにかして将来の脅威を排除したいと考えたのでしょうね。今回の件、正直、渡りに船だっただけで、儀式を妨害しなくても別の因縁をつけられてオスロを追放されていたと思いますよ」
「……それで、お前たちはそうじゃないって言いたいのか?」
「私は……いえ、私共は、シュメルヒ妃殿下が正妃として永久にオスロに留まることに賛同します」
「酷い目にあった……」
「こちらの台詞ですっ!」
「……だから誤解だって何度も言ってるだろ。もう許してよ」
ハビエルとアンヌは主人たちの様子に顔を見合わせた。二人してこそこそと囁き合う。
「お二人はどうしたんだ? ヨアン様はともかく、シュメルヒ様があんなに怒ってるのは変だ」
「ヨアン様が普段から怒ってばかりみたく言うのはやめてよ。……なんでも、審理の後、別の儀式をしたらしいのだけど、戻ってからずっとあんな感じよ。妃殿下が怒っていらして、ヨアン様がずっと宥めてご機嫌を取ってる」
「普段と逆じゃないか」
精霊が水の中に姿を消すと、時が動きだしたように、ヨアンとシュメルヒの周りには人だかりができた。
貴族達は興奮した様子で二人を……特にシュメルヒに向ける眼差しにはただならぬ熱が籠っていた。
「妃殿下、精霊と言葉を交わされておいででしたね。精霊はどんな神託をお授けくださったのですか⁉ どうか我々にもお教えください」
「精霊のお姿が妃殿下に似ていらしたのは、きっと意味があるのでしょう? 妃殿下、どうか見てに触れてもよろしいかしら。精霊のご加護に与りたいのです」
ヨアンにも同じように興奮した様子で言祝ぎが贈られた。
「殿下。おめでとうございます! これほどの目に明らかな形で精霊の加護を受けた王族が過去いたでしょうか!」
「この目で精霊を目にする日が来ようとは…‥殿下、どうか我らをお導き下さい。これほどの神秘は他にありません。殿下こそ、精霊に選ばれた後継者です」
ヨアンは熱に浮かされた貴族たちにもみくちゃになった。シュメルヒの方は、体質のおかげで最低限の距離は取られている。それでも、興奮した彼らを落ち着いて相手することは到底不可能だった。
ここまでの熱気は、嬉しさよりも却って恐ろしいとすら感じた。
「ま、待ってください。落ち着いてください。あれは決して皆さまが思っているような存在では……」
シュメルヒが言いかけた時、二つの声が響いた。
「皆様、妃殿下はお疲れのご様子! どうか道をお空け願います」
「さあさあ、興奮冷めやらぬは皆同じ! しかしここは、まず両殿下を休めて差し上げねばなりませんよ」
前者はキリアス、後者はグラス卿だった。
キリアスはヨアンとシュメルヒの背中を押し出し、人並みをかき分けて出口へ向かった。グラス卿もにこやかに追ってくる貴族達を足止めし、キリアスに向かって目で合図した。
「さ、今の内です。グラス卿が引き留めている内に外へ出てください」
「キリアス、イルミナさまの容体は? 大丈夫なのですか?」
「確認いたします。とにかく、今は落ち着ける場所に移動しましょう。話は後です」
キリアスは早口に言うと、せかせかと二人を急かして、ヨアンの居室に着くまではそれきり一言も発さなかった。
そして、ヨアンの居室で待機していたハビエルとアンヌと合流したが、見慣れた顔ぶれに心が落ち着いた途端、シュメルヒはさっきの苛立ちがぶり返したのだった。
「だから、本当に何もなかったんだ。角度でそう見えただけで……ちょ、だからもう拭くのはいいよ、皮が剥ける!」
アンヌに用意させた濡れた手巾でヨアンの口を拭うシュメルヒは無表情だった。それよけいにヨアンを怖がらせているのだが、それに加え、シュメルヒは据わった目で呟いた。
「……そうなれば全部なかった事にできるのでは」
ヨアンはぞっとして「君ってそんな人だったか⁉ アンヌ、妃を止めてくれ」
「アンヌ、不貞行為を咎めているのです。邪魔をしないでください」
アンヌは「え、不貞?」とヨアンを助けようとした手を止め、軽蔑するような目を向けた。
ハビエルは、冷静に考えてシュメルヒの勘違いであろうことは見当がついたが、愉快なのでこのまま静観する構えだった。
アンヌに軽蔑を込めて見られたのがよほどショックだったのか、ヨアンはシュメルヒの肩を押さえて怒鳴った。
「だからッ、僕は精霊と口づけなんてしてない! 彼は妃を揶揄ってたんだ。初めから関心があるのは君だけだって誰の目にも明らかだっただろ」
「……ですが、ヨアン様は彼に見惚れていらした」
「だってそれはっ……妃と、同じ顔で、しかも、肌が……」
ヨアンの声が尻すぼみになった。
「とにかくっ、見てたのは妃と重ねてたからで、つまり妃に見惚れてたのと同じ事だよ! 不貞なんかじゃない」
「詭弁です! 言い訳も甚だしいです!」
ああもう、とヨアンが呻いた。
「僕は妃以外と口付けしたことないし、この先もしようと思わないよ!」
ガシャン、と音がした。ハビエルが消毒液の入った小瓶を床に落としたのだ。アンヌは手を口に当て、顔を赤らめている。
グラス卿と部屋の隅で角突き合わせて話し込んでいたキリアスも同様だった。彼は口を半開きにし、「本当なのか?」という目でヨアンを見た。
ヨアンはシュメルヒしか見ておらず、シュメルヒはそれまでの怒りを忘れてカッと赤くなった。
「な、なにを……」
「だから、妃以外と口づけしな」
「『黙って』!」
シュメルヒは濡れた手巾をヨアンの顔に投げつけた。
石のように静かになったシュメルヒを取り残して、キリアスは今後についてヨアンと協議し出した。
「今回の件でシュメルヒ妃殿下の立場は大きく変わりました。立ち会ったのは有力貴族ばかりですから、噂はすぐに王宮、いえ、国中に広まるでしょう。今まであやふやに信仰されてきた精霊の顕現と、直接祝福と受けたヨアン様と妃殿下……とくに精霊のお姿が妃殿下と似ているとなると」
「ああ、遅かれ早かれ、妃殿下を神格化する動きが出てくるんじゃないか」
グラス卿が重々しく請け負った。
キリアスもうなずき、
「妃殿下だけが精霊と言葉を交わせた、というのも大きい。妃殿下、御心当たりはないのですね?」
シュメルヒは「ええ」と首肯したが、内心では「時を戻した」という精霊の言葉が真実か否か引っかかっていた。しかし、ここで彼らにそれを告げるのは時期尚早だという考えは変わらない。ヨアンにさえ秘密にしていることを、多数の人間の前で話したくはなかった。
(それに、前世の私が精霊と会った記憶などない……一体いつ、精霊に時を戻すよう頼めたというのだ?)
「わかりました。今後ですが……ヨアン様、これを利用しない手はありません。ヨアン様の支持者を増やし即位までの地盤を固めましょう。何より、これで神殿の権威を削ぐことも、ゆくゆくは可能になるはずです」
神殿の権威を削ぐ……おなじ言葉を、別の誰かからも聞いた気がする。シュメルヒがグラス卿を見ると、彼はにこっと目じりを下げた。
「グラス卿、貴方も神殿と王家の結びつきが強すぎると言っていましたね……あなた方二人は、同じ目的の元で動いているのですか? 神殿の権威を削ぐために?」
「妃殿下。我々は何も、信仰を蔑ろにする気はありません」
グラス卿は笑みを引っ込め、真面目な顔つきになった。
「国王陛下も、その前の陛下も、聡明な御方でした。でも晩年は、神殿の助言するままに各地に新しい神殿を設け、疫病対策に投じるはずだった国庫をマゼル運河の建設費に当てた。もちろん、それだって国営事業にふさわしい大事な国策です。ですが分配を考えなくてはならなかった。神殿の助言のまま全部を投資するなど……イレニアのように疫病とほぼ無縁の国には想像もつかないでしょうが、十数年置きに疫病が猛威を振るうオスロでは、各地の社会基盤を将来の疫病まん延に備えて整えておく必要があるのです」
シュメルヒはガシム教授の教えを思い出した。彼も全く同じことを、十四歳のシュメルヒに教えてくれた。
「……何かあった時に病人を搬送したり物資を補給するための<道>や<橋>などは、国民の生命線、ということですね」
グラス卿は目を丸くして、うんうんと頷いた。
「その通りです、妃殿下。話が早くて助かります」
ヨアンがキリアスに向かい訊ねた。
「僕に神殿側ではなく、お前たち貴族側につけと持ち掛けていると思っていいのか?」
キリアスは背筋を正した。
「今まではヨアン様にこの話をするのは早いと我々が判断し、直接的な申し出は避けて来ました。ですが、今の殿下は……」
キリアスは言葉を切り、思いのほか穏やかな表情を浮かべた。
「お変わりになられた……妃殿下がオスロに来てから」
シュメルヒは思わずキリアスを見つめた。キリアスがヨアンを見る目は柔らかく、教師が生徒を見るようでもあった。
(彼は裏切り者なのに、なぜそんな風にヨアン様を見るんだ……)
「我々が腹を割って話すに値する御方だと判断し、こうして包み隠さずお話しているというわけです」
ヨアンは鼻を鳴らした。
「要するに、お前たちは揃いも揃って僕を値踏みしてたってわけか」
キリアスは苦笑して頭を下げた。
「お許しを。ですがヨアン様にとっても悪い話ではないはずですよ」
ヨアンが片眉を上げ、続けろ、というように頷いた。
「神殿にとって、シュメルヒ妃殿下は今、黄金の卵であると同時に、厄介な障壁でもあるのです。彼らはヨアン様にとって心の支えとなるものを排除したいのです。これまで、ヨアン様には心から大事に思う存在はなかったでしょう。いくらでも漬け込む隙があった。だから安心していたところに、シュメルヒ妃殿下がやって来た。初めは脅威でも何でもなかったはずです。<毒持ち>の妃殿下を、当のヨアン様が遠ざけていらっしゃいましたから」
ヨアンが許しを請うようにシュメルヒを伺う。シュメルヒは首を横に振った。ヨアンが気に病むことなど何もない。
「ですが傍目にも明らかな程、ヨアン様が妃殿下を寵愛していると知って、どうにかして将来の脅威を排除したいと考えたのでしょうね。今回の件、正直、渡りに船だっただけで、儀式を妨害しなくても別の因縁をつけられてオスロを追放されていたと思いますよ」
「……それで、お前たちはそうじゃないって言いたいのか?」
「私は……いえ、私共は、シュメルヒ妃殿下が正妃として永久にオスロに留まることに賛同します」
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