死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

文字の大きさ
56 / 66

おまけ①「シュメルヒの香り」 ②「ヨアンの贈り物」

しおりを挟む
【シュメルヒの香り】
「どんな香りですか?」
「自分じゃ分からないのか?」
 すぅ、と大きく吸い込む気配がした。ビクッとしたシュメルヒの反応にくすくすとヨアンが笑った。ヨアンの寝台に二人で横たわり、眠りが訪れるまでの時間を寄り添って過ごしている。
「っ、……実在の花や、果実の香りだと聞きます」
 ナーシャの香気は、ヒヤシンス。母のティラは百合の香りだ。
 エレオノーラは……わからないが、とても芳しかったのは確かだ。かつて無香だった自分は、今どんな香りをまとっているのだろう。
 それはヨアンにとって、好ましい香りだろうか……。
「実在する花なら、ああ……薔薇、だと思う。妃の香気は薔薇の香りに似てる」
「……薔薇、ですか」
「意外だって反応だな。自分ではどんなのだと思ってたんだ?」
「ドクダミ、曼殊沙華、アコ二ツム……」
 指を折って名を数えると、ヨアンが背後でぷっと噴き出し、抱きしめる力に力が篭った。
「毒から連想したのか?」
 くつくつと笑う振動が背中から伝わり、心臓がドクンと跳ねる。誤魔化すために、シュメルヒは話題を探した。
「薔薇……ヨアン様が下さった、あの薔薇とも似ていますか? だとしたら嬉しい……一番好きな花なのです」
 ヨアンが押し黙る。
「ごめん」
「……? 何がでしょう、ヨアン様」
「あれは薔薇だけど……名前が無い薔薇だ。『偽花』と呼ばれてる。品種改良じゃなくて、苗床が病気になって普通と違う花が咲かせることがあるんだ……あの時」
 ヨアンは沈んだ声で続けた。
「妃のために花を摘めって言われて、面白くなくて、適当に見もしないで花壇から摘んだんだ。偽花だって知ったのは後になってからだけど、それを抜きにしても、色も褪せてたしみすぼらしい花を君にあげたこと、何度も戻ってやり直したかったよ。よりによって君にあげた最初の花があれだったなんて……最低だ」
 ハビエルが怒っていたのを思い出した。あの時はなぜ彼がヨアンに失礼な態度を取ったのか分からなくて叱ってしまった。薔薇の名前を言い淀んだのは…そういう理由だったのだ。
 黙ってしまったシュメルヒに、ヨアンが居たたまれなくなったように肩口に額を押し付けてくる。
「ごめん。叩いてもいいから、何か言って」
「ヨアン様にそんなことできるわけありません」
 お腹に回された手にそっと触れる。
「嬉しかったのです。偽物という名前がついていても、ヨアン様から頂いたあの花が私の一番好きな花です。だからあの香りだったら嬉しい」
 ヨアンはぎゅっと腕に力を込めた。
「偽物じゃなくする。庭園で大事に育てて、花壇いっぱいに植えて世話するよ。オスロの国花にしよう。オスロを訪れた人皆にこの国で一番綺麗な花だと紹介するんだ。……どう?」
「ヨアン様が……」
「うん」
「手を黒くして土いじりをなさる?」
「うん」
「私のために?」
「妃のために」
「ヨアン様」
「なに?」
「十分です」
 シュメルヒは小さく微笑んだ。
「十分、幸せです。身に余るほどに。これ以上望んだら罰が当たってしまいそうです」
 シュメルヒの口元に仄かな笑みが浮かんだ。
「ヨアン様、ありがとうございます。ヨアン様も、それにハビエルも、アンヌや王妃様も、イルミナさまも……『私自身』を見てくださる」
「妃が皆から大事にされるのは、僕の望みだ……だけど、他の皆と同じは嫌だ」
 同じではない、と思ったが声に出せずにいた。ヨアンは特別だ。どうして特別なのかは……まだ言葉にすることはできないけれど。
「妃だけの『特別』がいい。周りと同じは嫌だ」
 ヨアンがシュメルヒのこめかみに口づけた。
「この先、僕が大人になったら……もっと君を好きになって、もっとアルファの欲が強くなると思う」
 ヨアンがシュメルヒの首筋にも口づけを落とした。ヨアンでなければ信頼して晒せないことをお互いが知っている、特別な場所への接吻。
「妃が僕を欲しがってくれるまでずっと待ってる。だから、はやく僕を好きだって認めてくれ」


【ヨアンの贈り物】
 前触れなく、ヨアンが首の後ろに唇を押し当てた。ヨアンはシュメルヒの長い髪を丁寧に櫛で梳いている。その最中のことだった。不意打ちのようにされてシュメルヒは一瞬だけ身体を強張らせたものの、特に抵抗せずヨアンの好きにさせた。ここで下手に抵抗したり困ったりすると、ヨアンは気を良くしてさらに何か仕掛けてくるからだ。
 夜、大抵どちらかの寝室で眠ることが多いが、今宵はヨアンの部屋にシュメルヒが訪れ、寝支度を終えたところだった。
 ヨアンはよくシュメルヒの世話をしたがる。
 ハビエルは仕事を奪われて嫌そうな顔をするが、ヨアンは見向きもしない。
 本来、皇子がすることではないとシュメルヒが何度言っても、シュメルヒの長い髪を時間をかけて櫛で梳かし、緩く三つ編みにしたりした。そんな時、鏡台の前に座らせたシュメルヒの首は背後に立ったままのヨアンより低い位置にある。
 ヨアンが悪戯を仕掛けてくるまでに、そう時間はかからなかった。
「僕から贈ってもいいか?」
「何をですか」
「首輪」
 思いがけない単語に、シュメルヒは一瞬どう反応してよいものか迷った。
「今まで首輪をしてなかったのは<毒>のこともあるけど、ヒートや香気が発露しなかったのも理由だろ? だけど今は僕が妃の項を虎視眈々と狙っているわけだし、あった方が妃も安心できるんじゃないかと思って」
「その言い方はおやめください。ヨアン様がまるで獣か何かのようですよ」
 ヨアンは思わせぶりな笑みを浮かべたので、シュメルヒは背筋に悪寒が走り、それ以上は言わなかった。
「その方が僕も安心なんだ。妃を噛むのは僕だけだ。万が一、他のアルファが君を襲ったりしたら、僕はそいつを生きて城から出すわけにいかなくなる」
 ヨアンが優しく髪を手すきした。鏡越しにヨアンを見ると、優しい表情の中で、目だけが笑っていない。シュメルヒは執着を隠そうとしなくなったヨアンにひやりとした。
「ヨアン様以外にそんな真似をしようとする者がいるとは思えません。私にここまで触れるのはヨアン様だけです」
 ヨアンはそれを聞くと嬉しそうな顔をした。
『ヨアン様だけ』、シュメルヒの口から出るこの言葉が、ヨアンはお気に入りだった。
「妃にうんと似合うのをあげるよ。どんな色が良い? 宝石もあしらおう。石はどれにしようか」
 贅沢の戒めを思い出しながら、シュメルヒは考え込んだ。
「……緑。深い森の緑がいいです」
 ヨアンが髪を弄っていた手を止め、鏡越しにシュメルヒを睨んだ。
「それ、わざとなのか? それとも本当に何も考えてないのか、どっちなんだ」
「……はい?」
「……もういい、分かった。緑の宝石を誂えるよ。きっと妃によく似合う」
「あまりお金はかけすぎないでくださいね。ヨアン様の下さるものなら、その辺のくず石だって私は十分に嬉しいのですから」
「……だから、そういうところだって」
 首を傾げるシュメルヒに溜息を吐くと、ヨアンは両肩に手を置き、梳かし終えた旋毛のてっぺんに軽く口づけを落とした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

国民的アイドルの元ライバルが、俺の底辺配信をなぜか認知している

逢 舞夏
BL
「高校に行っても、お前には負けないからな!」 「……もう、俺を追いかけるな」  中三の卒業式。幼馴染であり、唯一無二のライバルだった蓮田深月(はすだ みつき)にそう突き放されたあの日から、俺の時間は止まったままだ。  あれから15年。深月は国民的アイドルグループのセンターとして芸能界の頂点に立ち、俺、梅本陸(うめもと りく)は、アパートでコンビニのサラミを齧る、しがない30歳の社畜になった。  誰にも祝われない30歳の誕生日。孤独と酒に酔った勢いで、俺は『おでん』という名の猫耳アバターを被り、VTuberとして配信を始めた。  どうせ誰も来ない。チラ裏の愚痴配信だ。  そう思っていた俺の画面を、見たことのない金額の赤スパ(投げ銭)が埋め尽くした。 『K:¥50,000 誕生日おめでとう。いい声だ、もっと話して』  『K』と名乗る謎の太客。  【執着強めの国民的アイドル】×【酒飲みツンデレおじさんV】

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

処理中です...