死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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私の唯一の妃

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広間に集まったオスロの貴族達は興味津々といった様子でジュールたち一行をもてなしていた。中には遠巻きに見守る貴族達もいる。ほとんどがシュメルヒと親交のある取り巻きの貴族達だ。彼らの中心にいるグラス卿は愛妻のリーデラと寄り添って、秀麗なアルファの青年が控えめな微笑をうかべて歓待に応じているのを眺めていた。

「彼がシュメルヒ様の婚約者?……お優しそうな殿方ね」

「リーデラ、言葉は正確に使わなくては。『元』婚約者さ。ヨアン殿下の耳に入ったら大変だよ。ご気分を害される」

 グラス卿が妻に告げると、周りにいた貴族達も青年を見て不安そうな会話を始めた。



「この時期に来たということは、やはり仮の婚姻期間の終了を促すのが目的なのか?」

「もちろん、そのはずでしょう。ああ、嫌だわ。この四年間でシュメルヒ妃殿下とお近づきになれたのに、今さら別の方をオスロに迎え入れるなんて寂しいわ」

「だが、……最初からそういう約束ではあっただろう」

「そうだが、国王陛下の容体が多少なりとも回復したのは妃殿下の精製した薬のおかげだ。去年の冬を超えるのは難しいだろうと言われていたのに、だ。それに……噂では精霊の祝福を受けておられるとか」

「そう、そうよ。ヨアン殿下と妃殿下のお二人に精霊の祝福が授けられたのよ! もし二人の引き裂けば、それこそ精霊はお怒りになるのではないの?」



 グラス卿は周りを宥めながら、使節たちを見やった。さあ、どう出るか。

 そう思った時、広間の扉が音を立てて開いた。皆の目がそちらに集まる。人々が中央に向けて身を引き、深く腰を折ってお辞儀した。波のように退いた人の間を悠々と歩いてきたのは、渦中の人物たちだ。

 これまで多くの来賓を迎えてきた大広間に、正装した殿下と妃殿下がゆったりと歩いていく。

 ほう、とため息が聞こえた。

 シュメルヒの姿に寄せられた感嘆の溜息だ。ここ数年の間に社交界に参入した若い貴族達はすぐさまシュメルヒの麗姿のとりこになっており、憧れと羨望を向けている。



 やがてシュメルヒの背に手を置いたヨアンが使節たちの前で足を止めた。彼らはまだ頭を下げている。

「面を上げなさい。遠路はるばる、ようこそ来られた。我が妃ともども、貴殿らを歓迎しよう」

 我が妃。

 ヨアンの声は穏やかだが、そこだけ語気が強くなった気がした。グラス卿が使節の反応を見ようと、お辞儀した体制のまま目だけちらりと向けると、ちょうど例の『元』婚約者がすらりと顔を上げたところだった。

 金髪の彼は菫色の瞳で、まずヨアンを見て、そして視線を横に滑らせ、シュメルヒを見た。

 驚きが端正な顔に浮かんだのをグラス卿は見逃さなかった。青年の目は、ヨアンがシュメルヒの背中に当てた手をじっと見ていた。

 その視線が、やがて白い首を覆う白金の首輪に行き当たると、彼は一瞬、目元をぴくっと引き攣らせ、訝るようにシュメルヒを凝視した。

「使節殿? どうされたのだ。……ああ」

 ヨアンが小さく苦笑して、傍らのシュメルヒを引き寄せた。やや強引に。

「妃に目を奪われる貴賓が多くて困ったものだ。気持ちはわかるが、そうも強く見つめられては、妃を王宮のいちばん奥に閉じ込めて誰の目にも触れさせたくなってしまうからな」

 金髪の青年がハッとして恥じ入るように頭を下げた。

「申し訳ございません。ご無礼をお許しくださいませ」

 かわいそうなほど恐縮している。その時、シュメルヒが強張った声でそっとヨアンの腕に手を置いた。

「ヨアン様、大げさです。ジュール……お気になさらないでください。ヨアン様のご冗談ですから」

 ジュールは小さく肩を揺らした。弾かれたように顔を上げ、

「私を覚えていてくださったのですね」

「ええ。お会いするのは四年ぶりですね。お元気そうで何よりです」

「君も、……いえ、妃殿下も、とても」

 はあ、と大きなため息がジュールの言葉を遮った。溜息というのがこれほど威圧的に響くのは、発した人物がアルファとして意図的にそうしたからだろう。

 広間にわずかな緊張が走った。が、シュメルヒ<信者>の貴族達は、むしろこの時を待っていたかのような顔をした。

「挨拶はそれくらいでいいだろう。使節一団に妃の元婚約者殿が紛れ込んでいるのは知っていたが……」

 ヨアンは笑顔を浮かべている。だが、内心がそうでないことを示すかのように、目は笑っていない。

 突然態度を硬化させたヨアンを前に、ジュールだけでなく他の使節たちもおろおろしていた。

「過去の話だ。他国の一貴族が、我が妃に対して馴れ馴れしくするのを許しては、私の沽券に関わる」

 一語一語区切った高圧的な口調。ジュールは何も言わない。いや、言えないのだ。彼はそこまでの無礼を働いたわけではない。

 いわば、ヨアンの『八つ当たり』であることは明白だ。が、ここはオスロ王宮。誰も彼ら使節を助けない。

「ヨアン様、いい加減になさいませ」

 静かに、しかし強い口調でシュメルヒがヨアンを睨んだ。ジュールと使節たちがぎょっとした顔でシュメルヒを見る。いくら妃といえ、仮妃の身分でヨアンを諫めるなど思いも寄らなかったのだろう。

 彼らはヨアンの高慢な態度よりも、意外過ぎる助け舟に面食らっているのが明らかだった。



「彼らは使節として仕事をしているだけでございますのに。ヨアン様にそんな風に言われては困るだけでしょう」

「妃は私より彼らの肩をもつのか?」

 ヨアンが妃を睨む。目の前ではじまった王と仮妃の応酬に、使節たちはたじたじと嵐が過ぎるのを待つしかなかった。

 シュメルヒがふっと表情を和らげると、そっとヨアンの腕に触れた。その瞬間、またしてもジュールの目が大きく見開かれる。青年の唇が何かを言いかけるように震えた。

「拗ねないでください。彼らにヨアン様のことを誤解してほしくないだけです」

 唖然とする使節たちの前で、ヨアンは考え込むように眉を顰めた後、はっと息を吐き出した。

「わかった。だが使節の中にわざわざ元婚約者を加えて寄越すのはどう考えても私の機嫌を損ねると承知の上の行為だ。……妃に免じてそれについてはとやかく追求しないが、あまり近づいてくれるな」

 最後の言葉はジュールに向けれれていた。ヨアンはかすかだが、身体の内側からアルファの威圧を発している。同じアルファであるジュールにははっきりと伝わっているはずだ。

「……もちろんにございます、殿下」

 額に汗をにじませたジュールが答えた。

 ヨアンはシュメルヒの手を握り流れるような動作で、手の甲に口付けた。

「君も、使節らがここにいる間、『彼』と二人きりにはなるな。約束してくれ。そうすれば私も『誤解』を招くような言動は金輪際しないと約束する」

 シュメルヒがじっとヨアンを見つめると、ヨアンも見つめ返した。しばしの沈黙のあと、シュメルヒが口を開く。

「……お言いつけのままに。ヨアン様」

 ヨアンが満足げに目を細め、からりと笑った。

「そんな顔をして睨まないでくれ、君に嫌われたくない。ただ、君が別の人間と親しくすると、かすめ盗られてしまうのではないかと不安になるだけだ。さあ、私のために機嫌を直してくれないか」

「ヨア、」

 ヨアンの腕がシュメルヒを引き寄せ、こめかみに口づける。今度こそ、使節たちは顔面蒼白になった。ジュールは表情そのものを無くしている。

「おいで。いつものように私の隣にいてくれ。片時も離れるな。君だけが私の唯一の妃なのだから」

 表情が強張るシュメルヒの肩を強引に抱き寄せ、ヨアンは何事もなかったようにその場を離れて人の輪に溶け込んでいく。

 ふと、思い出したように肩越しに振り返り、使節たちに笑みを投げた。

「滞在中は気兼ねなく我が国オスロを見聞してくれ。不自由ないように努めよう。では、また後ほど」
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