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寵愛されているなど話が違う
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「話が違うじゃないか、ジュール殿!」
広間の喧騒から抜け出した廊下の片隅で、人目をはばかり、しかし焦った声で使節団のひとりがジュールに詰め寄った。小太りの彼は周囲を気にしながら、この場に自分を含め三人しかいないことを確認してさらに声を大きくした。身体が横に大きいため声も比例してよく通る。
「ヨアン殿下は<毒持ち>のシュメルヒ様を倦厭しておられるのではなかったのか? なんだあれは! あ、あんな……公衆の面前で触れておられたぞ、それも直接、殿下自ら! しかも明らかに我らを牽制していたではないか。何が『唯一の妃』だっ、あそこまで寵愛されているなんて聞いてないぞ!」
「落ち着け」と言ったのはもうひとりの痩せた白髪頭の使節だ。神経質で、今も曇りひとつない眼鏡をはずして拭いていた。
「落ち着いていられるか。イレニアに帰ってどう説明する! オスロの次期国王はシュメルヒ様を返す気はないようだと報告するのか? 密命を帯びているというのに、そんなみっともない真似できるか」
男はせかせかと足踏みして続けた。
「ハァ……シュメルヒ様が精霊の祝福を受けてさえいなければ、別にイレニアにくれてやっても良かったのだがなぁ。<毒持ち>をあえて手元に置きたがる酔狂な次期国王など理解できん」
痩せた男は拭き終わった眼鏡を掛け、小太りの男を睨んだ。
「言葉を慎みたまえ。……だがまあ、『彼女』から聞いた話が真実なら、多少強引な手段を取ってもシュメルヒ様をイレニアに連れ帰る必要が出てくる……面倒だが」
「いくらヨアン殿下がシュメルヒ様にご執心だろうと宮廷人たちはどうなんだ? オスロの貴族たちは、さすがに次期王が<毒持ち>ばかり寵愛しておったら苦言を呈すだろう」
「そのことだが……さっき、晩餐会で見たかね」
「何をだ」
痩せた男は察しの悪い相手にイライラした。
「食事だ。シュメルヒ様も晩餐に同席されていた。それも当然のように、だ。オスロではそれが当然の習慣だということだ。オスロの貴族達も入れ代わり立ち代わりにシュメルヒ様に話しかけに席を立っていた。会話を聞いていたが、あれは世辞ではなく日頃から親交がある者同士のやりとりだった」
「……イレニアにいた頃、シュメルヒ様は他人と会話するのさえ覚束ないほど内向的だと言っていたじゃないか! いつも無表情で心を開いているのはジュール殿くらいだと。そんな風に見えなかったぞ、むしろ、社交的に振舞われていたじゃないか」
「だから、状況が変わったということだ。イレニアにいた時とは別人のようだ……一体何が原因であのようになられたのか知らんが」
その時、静かな声が二人の会話に割り入った。
「ヨアン殿下でしょう、原因があるとすれば」
ふたりは声の主を振り返った。
ジュールは柱に凭れて遠くを見ていた。煙る紫の瞳がスッと細められる。
「僕の知る彼は……あのように大勢の前で己の意見を口にするような性格ではありませんでした。内に閉じ籠り、自我が希薄だった……ある意味、純粋無垢な木偶人形のようでしたよ。それがオスロに来て変わったというなら、原因は一番近くにいたヨアン殿下以外に考えられない」
「……つまり、何が言いたいのだね?」
「親が子供を育てるように、ヨアン殿下がシュメルヒ様の自我を育んだのかもしれません。『例の』棘のついた花を育てるように、水をやり、日に当て、肥料を混ぜ、話しかけ……木偶人形が人間になるまで四年間ずっと、根気よく育てたのだとしたら——」
ジュールの言葉に、小太りの男が引きつった笑いを浮かべた。
「いや、そんな…‥はは、だってヨアン殿下はシュメルヒ様より四つも年下でしょうに。シュメルヒ様が嫁いだ時はまだ十四で、噂では虚弱体質で癇癪持ちだと……ああっ、もうなんなのだ、聞いていた話と違い過ぎてわけが分からんぞ!」
痩せて神経質な男は小刻みに顎をさすった。
「この際シュメルヒ様が変わられたきっかけどうでもいいだろう。だが問題は、なぜ殿下がそこまで寵愛なさるのか、という点だ。ヨアン殿下は<毒持ち>が恐ろしくないのか? いくらシュメルヒ様の外見に魅入られたとしても、流れる血が猛毒なのだ。鑑賞だけして遠ざけるものだろう、普通の人間ならば」
少なくとも、イレニアではそうだった。ジュールの他に、シュメルヒと深く関わろうとする者はいなかった。実の両親でさえ、彼を遠ざけ公の場以外では顔を合わせることも稀であったのだ。
ジュールは無表情に「さあ、どうでしょうね」と首を振った。
「理由は分かりません。相当な物好きか、怖いもの知らずの愚か者か、アルファの本能に操られているだけなのか……いずれにしろ、あの殿下が今回の目的の障害になるのは間違いないでしょう」
小太りな男が舌打ちした。
「そうでしょうな。何しろあの高慢な態度ときたら、まだ即位もしていない若造の分際でっ」
「いえ。さっきのはおそらく演技だと思いますよ」
ジュールのあっさりした返答に、男は怪訝な顔をした。
「演技、だと?」
「ええ。ヨアン殿下がシュメルヒ様に機嫌を直すように言った時、お二人は見つめ合っていました」
「ああ、見ていてひやひやしたが、それがどうしたと……」
「シュメルヒ様の目が、一瞬右下を見てすぐに戻りました。昔から、予想外なことが起きて困ったときの彼の咄嗟の『癖』なんですよ。たぶん、それまでのやり取りは演技で、おそらくヨアン殿下は若さを理由に侮られないよう高慢な暴君を演じ、そこへ仲裁をする心優しき妃という役割分担なのでしょう。……そういう方法があると聞いたことがあります。若い王が宮廷の基盤を固めるまではそうやって飴と鞭を国王と妃が演じ、人心を掌握しやすくする。きっと殿下にそう勧めた参謀がいるのでしょう。だが、最後のは違った。シュメルヒ様が予期しない形で、ヨアン殿下は僕らを牽制した」
小太りの男が目を白黒させる隣で、考え込んでいた痩せた男がジュールを見た。
「……つまりどういうことだと、ジュール殿はお思いだ? はっきりと教えてほしい」
「想像に過ぎませんが、シュメルヒ様のオスロ残留を望んでいるのはヨアン殿下。シュメルヒ様本人は、まだ心を決めかねている、もしくはヨアン殿下と反対に帰国を望んでいるが強く言い出せない……あくまで可能性ですが」
「なるほど」
小太りの男がひざを叩いた。
「そうならば、それを利用して我らの目的を果たせるやもしれんな! ジュール殿、そのためにお主を同行させたのだ。幼少からシュメルヒ様と仲睦まじかったお主なら、シュメルヒ様を誘惑して連れ帰るくらい容易かろう!」
ジュールは少し間を置いて、仄かな微笑をうかべた。
「ええ、シュメルヒ様とヨアン殿下が共に過ごしたのはたった四年。僕と彼は物心がついた頃からともに婚約者として育ちましたから。必ずご命令通り、彼を連れてイレニアに帰るつもりですよ」
男はそれを聞いてよしよしと腹をさすった。広間で思いがけずヨアンに恥をかかされ計画が頓挫することに焦ったが、ジュールという誰が見ても完璧なアルファがこう言うのだ。
「安心したら腹が減ったな。晩餐に戻ろう。あのヨアンとかいう若造は気に食わんが、この国の料理はまあまあだ。……そうだ、いざとなれば、酒に酔わすなりしてシュメルヒ様の首を噛んでお主の番にしたって良いではないか!そうすれば言うことをきかせられるし、シュメルヒ様だって番を得られて文句はないだろう」
名案だ名案だ、と料理で膨らんだ腹を揺すって上機嫌に広間に戻って行く。
太った男が去ってから、ジュールともう一人の痩せた使節は顔を見合わせた。
「どう思いますか?」とジュールが訊ねる。
「家柄は良いが短絡的で浅慮ですな、計画に支障が出ないよう動向に目を光らせておいた方が良いやもしれん」
「いえ、彼のことではなくて、シュメルヒ様のことです」
痩せた男が眉を顰めた。
「不安なのかね? さっきはあんなに自信ありげだったろうに……なに、心配するな。ヨアン殿下の寵愛が仮に本当だとしても、シュメルヒ様が選ぶのは君だろう」
「……シュメルヒ様は首輪をしていました」
「ああ……緑の宝石のついた、あれか。あれも殿下からの贈り物だそうだ。さぞかし値が張るのだろうな」
緑柱石はオスロでは比較的産出量が多く飛び上がるほど高価なわけではない。だが首輪に加工できるような大粒となると一気に希少になる。綺麗で手に入りやすい宝石などほかにいくらもあったはずだ。だが、ヨアン殿下はそうしなかった。希少で加工に手間のかかる緑の石を選んだのだ。
「ヨアン殿下の目の色を写し取ったような石だったな。実にアルファらしい行動だ」
ジュールは無言で頷いた。緑柱石にこだわった理由は間違いなくそこにあるだろう。
「そうでしょうね。まさかあのシュメルヒ様が自分から相手の目の色と同じ宝石を強請るとも思えませんし」
気になるのはそれだけではなかった。
「シュメルヒ様はイレニアにいた頃、首輪をしていなかった。オメガ特有の香気もなかったし、ヒートもなかったはず……なのに広間では首輪をされていた……なぜ今になって」
ジュールは男に向かって喋っていたはずが、徐々に自分に言い聞かすように言った。思索に沈むジュールを見て、痩せた男は励ますように肩を叩いた。
「つまらないことを気にするな。シュメルヒ様にオメガとしての特性が現れたなら、むしろ君にとっては好機だろう。……いざとなれば、項を噛んで番にしてしまえ。シュメルヒ様は君を好いていた。便宜上、婚約解消したとはいえ誰が見ても二人は相思相愛だったじゃないか。毒の効果も、君には出ないだろう」
<毒持ち>のオメガの血は、愛する人間には無効だと言われている。毒を前にして、噛むのを怖気づいてしまえばオメガの心を疑うことになる。
「ジュール、君ならシュメルヒ様を殿下から引き離すことができるだろう。シュメルヒ様も本心では君を忘れていないはずだ」
「……そうですね」
ジュールはうっそりと唇の端を上げた。纏う雰囲気が一層柔らかくなる。端正な顔立ちは万人を虜にする華やかさをたたえていた。
「いくら丹精込めて水をやり世話したところで、土の下に隠れた根が四年程度で変わるとは思えませんから」
広間の喧騒から抜け出した廊下の片隅で、人目をはばかり、しかし焦った声で使節団のひとりがジュールに詰め寄った。小太りの彼は周囲を気にしながら、この場に自分を含め三人しかいないことを確認してさらに声を大きくした。身体が横に大きいため声も比例してよく通る。
「ヨアン殿下は<毒持ち>のシュメルヒ様を倦厭しておられるのではなかったのか? なんだあれは! あ、あんな……公衆の面前で触れておられたぞ、それも直接、殿下自ら! しかも明らかに我らを牽制していたではないか。何が『唯一の妃』だっ、あそこまで寵愛されているなんて聞いてないぞ!」
「落ち着け」と言ったのはもうひとりの痩せた白髪頭の使節だ。神経質で、今も曇りひとつない眼鏡をはずして拭いていた。
「落ち着いていられるか。イレニアに帰ってどう説明する! オスロの次期国王はシュメルヒ様を返す気はないようだと報告するのか? 密命を帯びているというのに、そんなみっともない真似できるか」
男はせかせかと足踏みして続けた。
「ハァ……シュメルヒ様が精霊の祝福を受けてさえいなければ、別にイレニアにくれてやっても良かったのだがなぁ。<毒持ち>をあえて手元に置きたがる酔狂な次期国王など理解できん」
痩せた男は拭き終わった眼鏡を掛け、小太りの男を睨んだ。
「言葉を慎みたまえ。……だがまあ、『彼女』から聞いた話が真実なら、多少強引な手段を取ってもシュメルヒ様をイレニアに連れ帰る必要が出てくる……面倒だが」
「いくらヨアン殿下がシュメルヒ様にご執心だろうと宮廷人たちはどうなんだ? オスロの貴族たちは、さすがに次期王が<毒持ち>ばかり寵愛しておったら苦言を呈すだろう」
「そのことだが……さっき、晩餐会で見たかね」
「何をだ」
痩せた男は察しの悪い相手にイライラした。
「食事だ。シュメルヒ様も晩餐に同席されていた。それも当然のように、だ。オスロではそれが当然の習慣だということだ。オスロの貴族達も入れ代わり立ち代わりにシュメルヒ様に話しかけに席を立っていた。会話を聞いていたが、あれは世辞ではなく日頃から親交がある者同士のやりとりだった」
「……イレニアにいた頃、シュメルヒ様は他人と会話するのさえ覚束ないほど内向的だと言っていたじゃないか! いつも無表情で心を開いているのはジュール殿くらいだと。そんな風に見えなかったぞ、むしろ、社交的に振舞われていたじゃないか」
「だから、状況が変わったということだ。イレニアにいた時とは別人のようだ……一体何が原因であのようになられたのか知らんが」
その時、静かな声が二人の会話に割り入った。
「ヨアン殿下でしょう、原因があるとすれば」
ふたりは声の主を振り返った。
ジュールは柱に凭れて遠くを見ていた。煙る紫の瞳がスッと細められる。
「僕の知る彼は……あのように大勢の前で己の意見を口にするような性格ではありませんでした。内に閉じ籠り、自我が希薄だった……ある意味、純粋無垢な木偶人形のようでしたよ。それがオスロに来て変わったというなら、原因は一番近くにいたヨアン殿下以外に考えられない」
「……つまり、何が言いたいのだね?」
「親が子供を育てるように、ヨアン殿下がシュメルヒ様の自我を育んだのかもしれません。『例の』棘のついた花を育てるように、水をやり、日に当て、肥料を混ぜ、話しかけ……木偶人形が人間になるまで四年間ずっと、根気よく育てたのだとしたら——」
ジュールの言葉に、小太りの男が引きつった笑いを浮かべた。
「いや、そんな…‥はは、だってヨアン殿下はシュメルヒ様より四つも年下でしょうに。シュメルヒ様が嫁いだ時はまだ十四で、噂では虚弱体質で癇癪持ちだと……ああっ、もうなんなのだ、聞いていた話と違い過ぎてわけが分からんぞ!」
痩せて神経質な男は小刻みに顎をさすった。
「この際シュメルヒ様が変わられたきっかけどうでもいいだろう。だが問題は、なぜ殿下がそこまで寵愛なさるのか、という点だ。ヨアン殿下は<毒持ち>が恐ろしくないのか? いくらシュメルヒ様の外見に魅入られたとしても、流れる血が猛毒なのだ。鑑賞だけして遠ざけるものだろう、普通の人間ならば」
少なくとも、イレニアではそうだった。ジュールの他に、シュメルヒと深く関わろうとする者はいなかった。実の両親でさえ、彼を遠ざけ公の場以外では顔を合わせることも稀であったのだ。
ジュールは無表情に「さあ、どうでしょうね」と首を振った。
「理由は分かりません。相当な物好きか、怖いもの知らずの愚か者か、アルファの本能に操られているだけなのか……いずれにしろ、あの殿下が今回の目的の障害になるのは間違いないでしょう」
小太りな男が舌打ちした。
「そうでしょうな。何しろあの高慢な態度ときたら、まだ即位もしていない若造の分際でっ」
「いえ。さっきのはおそらく演技だと思いますよ」
ジュールのあっさりした返答に、男は怪訝な顔をした。
「演技、だと?」
「ええ。ヨアン殿下がシュメルヒ様に機嫌を直すように言った時、お二人は見つめ合っていました」
「ああ、見ていてひやひやしたが、それがどうしたと……」
「シュメルヒ様の目が、一瞬右下を見てすぐに戻りました。昔から、予想外なことが起きて困ったときの彼の咄嗟の『癖』なんですよ。たぶん、それまでのやり取りは演技で、おそらくヨアン殿下は若さを理由に侮られないよう高慢な暴君を演じ、そこへ仲裁をする心優しき妃という役割分担なのでしょう。……そういう方法があると聞いたことがあります。若い王が宮廷の基盤を固めるまではそうやって飴と鞭を国王と妃が演じ、人心を掌握しやすくする。きっと殿下にそう勧めた参謀がいるのでしょう。だが、最後のは違った。シュメルヒ様が予期しない形で、ヨアン殿下は僕らを牽制した」
小太りの男が目を白黒させる隣で、考え込んでいた痩せた男がジュールを見た。
「……つまりどういうことだと、ジュール殿はお思いだ? はっきりと教えてほしい」
「想像に過ぎませんが、シュメルヒ様のオスロ残留を望んでいるのはヨアン殿下。シュメルヒ様本人は、まだ心を決めかねている、もしくはヨアン殿下と反対に帰国を望んでいるが強く言い出せない……あくまで可能性ですが」
「なるほど」
小太りの男がひざを叩いた。
「そうならば、それを利用して我らの目的を果たせるやもしれんな! ジュール殿、そのためにお主を同行させたのだ。幼少からシュメルヒ様と仲睦まじかったお主なら、シュメルヒ様を誘惑して連れ帰るくらい容易かろう!」
ジュールは少し間を置いて、仄かな微笑をうかべた。
「ええ、シュメルヒ様とヨアン殿下が共に過ごしたのはたった四年。僕と彼は物心がついた頃からともに婚約者として育ちましたから。必ずご命令通り、彼を連れてイレニアに帰るつもりですよ」
男はそれを聞いてよしよしと腹をさすった。広間で思いがけずヨアンに恥をかかされ計画が頓挫することに焦ったが、ジュールという誰が見ても完璧なアルファがこう言うのだ。
「安心したら腹が減ったな。晩餐に戻ろう。あのヨアンとかいう若造は気に食わんが、この国の料理はまあまあだ。……そうだ、いざとなれば、酒に酔わすなりしてシュメルヒ様の首を噛んでお主の番にしたって良いではないか!そうすれば言うことをきかせられるし、シュメルヒ様だって番を得られて文句はないだろう」
名案だ名案だ、と料理で膨らんだ腹を揺すって上機嫌に広間に戻って行く。
太った男が去ってから、ジュールともう一人の痩せた使節は顔を見合わせた。
「どう思いますか?」とジュールが訊ねる。
「家柄は良いが短絡的で浅慮ですな、計画に支障が出ないよう動向に目を光らせておいた方が良いやもしれん」
「いえ、彼のことではなくて、シュメルヒ様のことです」
痩せた男が眉を顰めた。
「不安なのかね? さっきはあんなに自信ありげだったろうに……なに、心配するな。ヨアン殿下の寵愛が仮に本当だとしても、シュメルヒ様が選ぶのは君だろう」
「……シュメルヒ様は首輪をしていました」
「ああ……緑の宝石のついた、あれか。あれも殿下からの贈り物だそうだ。さぞかし値が張るのだろうな」
緑柱石はオスロでは比較的産出量が多く飛び上がるほど高価なわけではない。だが首輪に加工できるような大粒となると一気に希少になる。綺麗で手に入りやすい宝石などほかにいくらもあったはずだ。だが、ヨアン殿下はそうしなかった。希少で加工に手間のかかる緑の石を選んだのだ。
「ヨアン殿下の目の色を写し取ったような石だったな。実にアルファらしい行動だ」
ジュールは無言で頷いた。緑柱石にこだわった理由は間違いなくそこにあるだろう。
「そうでしょうね。まさかあのシュメルヒ様が自分から相手の目の色と同じ宝石を強請るとも思えませんし」
気になるのはそれだけではなかった。
「シュメルヒ様はイレニアにいた頃、首輪をしていなかった。オメガ特有の香気もなかったし、ヒートもなかったはず……なのに広間では首輪をされていた……なぜ今になって」
ジュールは男に向かって喋っていたはずが、徐々に自分に言い聞かすように言った。思索に沈むジュールを見て、痩せた男は励ますように肩を叩いた。
「つまらないことを気にするな。シュメルヒ様にオメガとしての特性が現れたなら、むしろ君にとっては好機だろう。……いざとなれば、項を噛んで番にしてしまえ。シュメルヒ様は君を好いていた。便宜上、婚約解消したとはいえ誰が見ても二人は相思相愛だったじゃないか。毒の効果も、君には出ないだろう」
<毒持ち>のオメガの血は、愛する人間には無効だと言われている。毒を前にして、噛むのを怖気づいてしまえばオメガの心を疑うことになる。
「ジュール、君ならシュメルヒ様を殿下から引き離すことができるだろう。シュメルヒ様も本心では君を忘れていないはずだ」
「……そうですね」
ジュールはうっそりと唇の端を上げた。纏う雰囲気が一層柔らかくなる。端正な顔立ちは万人を虜にする華やかさをたたえていた。
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