死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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名前で呼んでくれ

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「話が違うではありませんか、ヨアン様!」

 同じ頃、自室に戻ったシュメルヒもまた、使節と同じ言葉でヨアンをなじっていた。困り果て、額に手を置きながら。

「話? 何のことだ? 『いつものように』しただけじゃないか。出来ていただろう。いつもどおりに」

 着飾った装身具をアンヌに手伝わせて外しながら、ヨアンが凝った肩をほぐすようにコキコキと首を鳴らした。

「ああ、やっと解放された。妃もこっちへおいで。宝石を外そう。髪も解いてあげる」

 ヨアンの口調は柔らかい。些細な変化だが、大広間で見せた雰囲気と明らかに異なっている。

 何事もなかったようにシュメルヒの着替えを手伝い、飾った髪を梳いていく。きつく結った髪がほどけると、ほっと息をついた。顔に出ないようにしても、緊張していた。四年ぶりに会うイレニアの貴族、そしてジュール。

 ヨアンは鏡台の前に腰かけたシュメルヒの髪をゆっくり銀製の櫛で梳かす。地肌を滑るヨアンの指がくすぐったい。

(大人になったジュールと会うのは初めてだが……変わっていなかったな。同じ笑顔だった。ヨアン様は成長されて外見は変わったけれど中身はどうだろう……相変わらずお優しかったり意地悪だったりするし、案外そのままなのかも)

 ジュールのことを考えていたのに、いつのまにかヨアンのことばかり考えていることに気付き、恥ずかしくなった。

 もっと感傷的になるかと思っていた。前世でも今生でも婚約者で子供の頃からずっと一緒に育ったのに……。

(私は薄情なのだろうか……四年ぶりに再会した婚約者を見ても懐かしさ以外の感情が湧かないなんて)

「それで……どうだった?」

「え? なにが」

 物思いにふけっていたせいでヨアンの質問が何を指すのか分からなかった。二人の後ろではハビエルとアンヌが疲れが取れるようにとお茶と菓子を用意してくれている。甘い砂糖の香りとカチャカチャという食器を置く音に紛れるくらい、ヨアンの声は小さかった。

「だから、……さっきの広間でイレニアの使節と話した時」

 そうだ。話が途中になってしまっていたが、ヨアンに苦言を呈さなくては。

「イレニアの使節にあそこまで居丈高に演技する必要はなかったのに、どうしてあんなことを言ったのですか? あれでは、ヨアン様が誤解されてしまいます……彼らは国に帰ったらヨアン様のことを鼻持ちならない性格だと伝えるかも……」

「誰に」

「それは、」

 鏡越しのヨアンと目が合った。緑の目、深い森の色。シュメルヒの首を覆う首輪に嵌った緑柱石と同じ色の目が、じっと何かを訴えかけるように見つめてくる。

「……イレニアの父母や、妹に、です」

 言いながら俯いてしまった。ヨアンの目を見ていられない。

(分かっているくせに……どうして私に言わせようとするのですか)

「俺の悪評が広まったら、大事な姫君を嫁に出そうなんて考えはなくなるんじゃないか」

 ヨアンの爪がシュメルヒの首輪と肌の境目に捻じ込まれた。カリ、カリ、と何度も引っ掻かれてもどかしい感覚に身体が硬直する。

(ああ、ご機嫌がお悪い。今顔を上げたら、ヨアン様はきっと意地悪な顔をされているだろうな)

 猫がいらいらと爪を立てるように、首輪の表面を引っ掻く。邪魔だ、と言わんばかりに。

「妃はどう思う? そうなったら嬉しいか? それとも、そうなって欲しくない?」

 ヨアンの声は優しいが、きっと目は笑っていない。背後でハビエルが心配そうな気配を漂わせているのが分かる。

「元婚約者に会ってどう思った? 彼は君と並ぶとまるで精巧に作られた陶器の人形みたいに綺麗だった」

 その言葉に、固まっていたシュメルヒはハッと後ろを振り返った。反応に驚いたヨアンが吃驚した顔をしている。

「ヨアン様は、ジュールのような外見がお好きなのですか?」

「……、……は?」

「ですからその、彼のように華やかで愛嬌のある顔が、お好きなのかと……」

(私と正反対の……)

「……たまに君の思考についていけなくなる。四年間でそれなりに君のことを知ったつもりなのに……なんでそうなるんだよ。発想が奇天烈すぎるぞ……俺が、なんでよりにもよって君の元婚約者を……ああもう!」

 ヨアンは自身の頭をワシャワシャと掻いた。

「君こそどうなんだ。少なくとも華やかで愛嬌があるとは思ってるんだろう? ……ああいう外見の奴が好みなのか? どうなんだ?」

 取り繕った口調がどんどん剥がれていつものヨアンに戻っていく。  

 キリアスの助言で、ヨアンの地盤が固まるまで若さを理由に侮られぬよう、あえて高慢で気性が激しく見えるよう、表舞台では振舞っているのだ。そのために被った仮面を脱ぎ捨てると、そこにいるのはシュメルヒが良く知るヨアンだ。

「……どうと言われましても、ジュールは昔からああいった感じでしたし、何とも……」

「何かあるだろ、仮にも婚約者だったんだ。子供の時からずっと一緒だったって聞いたし」

 ヨアンの表情は苦手な食べ物を間違って口に入れた時と似ていた。口調もどこか拗ねた子供のようだった。

「強いて言えば、ヨアン様と違うな、と思いますけれど」

「そんなの、別人なんだから当たり前だ」

「そうですね……変なことを申し上げてしまいすみません」

 ヨアンが腑に落ちない顔をしているので、シュメルヒは頭の中をこねくり回した。ヨアンは何が知りたいのだろう。シュメルヒがジュールに対して思っている事……ヨアンが満足しそうな答えが見つからない。

 こんな時、イレニアにいた頃は黙っていればそれで済んだ。皆が良いように解釈してくれたから、「はい、そうです」と頷いていればよかった。

 少し考えてから、シュメルヒは口を開いた。自分で考えて、自分の言葉で述べる……いつのまにか、そうすることが当たり前になっていた。ヨアンはいつも、シュメルヒが納得いく答えを出すまで待ってくれるからだ。

「つまり、私が言いたかったのは……どういう訳かジュールのことを考えようとしても、いつの間にかヨアン様のことばかり考えてしまって、そのせいで彼に対してどう思うのか考えがまとまらないのです」

 ヨアンが目を丸くした。ぱちりと瞬きする。後ろでアンヌがなぜか口元に手を当て笑いをかみ殺していた。

「どうしてなのでしょう……さっきから何度試そうとしてもそうなってしまうのです、私は薄情者なのでしょうか」

「ん、……別にそんなことないと思う。そういうのは今回だけか? ほかの誰かのことを考えていたのに、知らないうちに俺のことを考えてしまう、というのは」

 ヨアンの視線がうろつく。

「……言われてみれば今回だけではありません。どうしてでしょう」

 首をかしげて考え込む。

 奇怪な現象だ。自分では別のことを考えているのに、勝手に思考が道を逸れてヨアンの元に向かっているとでもいうのか。そんなのは「変」だ。

 無性に言い訳がしたくなった。そうしなければ、自分がいつでもヨアンのことばかり考えているようではないか。

そんなのは、なんだか恥ずかしい……ような気がする。

「いつもではありませんよ。ヨアン様と一緒にいる時はヨアン様のことを元から考えておりますし。なので、離れている時だけです。いたって普通のことでしょう……? 離れていたら会いたいと思うし、今何をしておいでかなとか、いつお戻りになるかな、とか……ごく自然に考えてしまいます」

 ヨアンは無言だ。

「……普通、でしょう?」

 不安になってハビエルを見ると、「ええ、まあ、シュメルヒ様に関してはそれが普通ですねぇ」と苦笑された。

 ヨアンは曖昧な表情をしていた。困っているような、嬉しくて堪らないような、不思議な顔つきだ。

「そこまで明け透けに言葉にできるくせに、『その先』はまだ言えないんだな」

 そう言って嘆息した。

 シュメルヒは面白くない気分になった。ヨアンに「それが普通だ」と太鼓判を押して欲しかったのに。ついでに言えば、「自分のそうだ」と言って欲しかった。シュメルヒだけがヨアンを求めているのが浮き彫りになるのは寂しい。仕方ないとは割り切れても、寂しいのだ。

(イレニアに帰されるまでに、何か一つでも、ヨアン様に恩返しができないだろうか……)

 ヨアンのため……言い換えれば、オスロのために何かできれば、きっとヨアンにも喜んで貰える。

(私がいて良かったと、役に立ったと、少しでも思ってもらいたい……そうすれば、きっと記憶の隅にでも残してもらえるかもしれない)

 ジュール達がやって来た以上、もう時間がないだろう。ナーシャも年頃になった。正式に嫁いで来るまで、どれくらいヨアンの傍にいられる時間が残されているだろうか。

(時間がない……役に立ちたい。役に立ってヨアン様に喜んでいただきたい)

 ヨアンはシュメルヒの内心には気付かず、揶揄うように顔を覗き込んできた。

「そうか、そうか。君はそんなに俺のことばかり考えてるんだな。ふうん?」

「お顔が近いです、ヨアン様。普通のことなんですから、揶揄おうとしたって無駄ですよ」

「へえ、普通か。なるほどなあ」

 もう駄目だ、完全に面白がっている反応だった。シュメルヒはムッとして顔を背けた。ヨアンの手から櫛を奪い取ると、自分でざくざくと雑に梳いていく。

「怒ったのか? それとも拗ねた? そんな風に乱暴にしたら髪が傷むぞ」

 はは、とヨアンが笑う。その声を聞きながら、ふと胸の奥に沸いた願望が形を成していくのを感じた。本当はずっと前から芽を出していた願望がジュールに会ったことで花咲いた。

 (ヨアン様の記憶に残りたい……そのためなら何だってする。たとえこの身がどうなってもいい。どうせヨアン様がいない世界で生きるくらいなら、いっそなくなってしまえばいいのに)

「なあ、さっきからあいつのことを名前で呼んでるのが気になるんだけど」

 あいつ……ヨアンの呼び方も相当失礼ではあるが、今回は胸にしまった。

「ヨアン様の仮妃である私が彼を敬称で呼ぶのは、ヨアン様に失礼ですから」

「なるほど……それじゃあ、いっそ俺のことも呼び捨てにしてみないか。妃なら許すから」

「駄目です、ヨアン様はヨアン様ですから」

「いいだろう別に。時々呼んでみて。ほら、ヨアンって呼んでみてくれ」

「嫌です」

「頑固者!ケチ!」

 ヨアンは後ろからシュメルヒの首に抱き着いて揺すった。

「ほら、言え。夫である俺の命令が聞けないのか? ずっとこのままでもいいんだな?」

「ちょっと、ヨアン様っ、重いです……! 子供のような真似をなさらないでください!」

「ヨアンって呼んでくれたら許してやる。なあ、早く」

「嫌です、呼んであげません」

 くっつき合ったまま二人で笑い合っていると、扉がノックされた。



 アンヌが素早く応対に出る。扉の外で二言三言話した後、アンヌはヨアンに向かって「国王陛下がお呼びでございます」と告げた。
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