死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

文字の大きさ
13 / 66

侍女アンヌ

しおりを挟む
「わたし、処刑されるんですか……?」

―<初夜の儀式>から数日後。

王宮の家令に呼び出され、シュメルヒの部屋に連れて来られたアンヌは、真っ青になってブルブル震え出した。

「なぜ、そうなるのですか」

少女の口から出た物騒な言葉に驚きながらも、いつものように表情には出さないていると、アンヌはますますこの世の終わりのような顔をした。
シュメルヒの異様に整った顔立ちは平素のままでは冷たく、たとえ本人にそのつもりがなくても、恐ろしく見えてしまう。

堪え切れずにぷっと噴き出したのは、背後に控えていたハビエルだ。
が、アンヌを連れてきた家令に睨まれ、慌てて居住まいを正した。

「なぜ、私より彼を恐れるのです?」
ハビエルの主人はシュメルヒなのだから、普段から自分に対してもそれくらい気を遣って欲しいものだ。

コホン、と目の前の男が咳払いした。
王宮の人事を司る家令は、黒髪に白髪が混じった初老の男で、片眼鏡を掛け、きちっと伸びた背筋、がっしりした体格には威厳がある。
シュメルヒがオスロに来てからも何度か顔を合わせ、以来、何かと気にかけてくれる。
いかめしい顔つきだが、笑うと愛嬌が滲み出た。

ハビエルを専属侍従に付けてくれたのも彼だった。

「妃殿下。ハビエルはよくやっておりますか? 推薦した身としては、それが気がかりです」
背後からハビエルが期待に満ちた視線を送ってくる。
「多少、私に対しての礼儀を欠いている時もありますが」
背後の気配がしょぼしょぼと萎れた。
「……真面目で、気が利きます。たまに煩くはありますが、おかげで気が紛れて助かっています。彼を付けてくれて感謝します。ダリオン」
「左様で。嬉しいお言葉です。……ハビエル」
和やかだった目つきが一転、鋭くなる。
「は、はいっ!ダリオン様」
「後で来るように」
「かしこまりました……」
一度元気になった背後の気配が、再び消沈した。

ダリオンは次にアンヌを見やった。
「アンヌ」
「は、はい!?」
「お前は今日から、ヨアン殿下の部屋つき侍女に昇格となる。妃殿下たっての推薦だから、先にご挨拶に来たのだ。お前からも妃殿下に礼を述べなさい」
アンヌはポカンと呆けた顔をした。寝耳に水、という様子だ。
「私が殿下の? でも私、貴族ではありませんし、奉公もこれが初めてで、普段は厨房の床磨きが仕事で……実はあの時も、熱を出した同室の子とお役目を代っていただけなんです」

――あの時。
初夜の儀式でアンヌが取った行動には、ヨアンに対する献身が見て取れた。
皇太子を弟と引き合いに出すのはどうかと思ったが、アンヌは他人を色眼鏡で見ない質なのだろう。
今のヨアンに必要なのは、側にいてくれる<味方>だ。

(残念ながら、私はヨアン様に嫌われているし……)

ヨアンの<味方>になってあげたくても、不愛想で口下手、ハビエルが言う通り根暗な性格だ。
しかもヨアンはシュメルヒを怖がっている。

(現状、ヨアン様に好いてもらえる要素が皆無だ……)

秘かに落ち込んでいるシュメルヒを尻目に、ダリオンの話は続いていた。

「かつて殿下の乳母を勤めた御夫人がおられるから、まずはその方に付いて色々教えてもらいなさい。他にも部屋つき侍女はいるが、妃殿下たっての希望で、お前には専属として一番近くでお世話をするようにとのことだ」
アンヌは面食らっているが、ハビエルも同様に息を呑んだ気配がした。異例の大抜擢だ。
「ヒルデ女官長には私から伝えておこう」
異例の人事だが、イルミナが口添えしてくれたことで速やかに叶った。
シュメルヒ単独の推薦では、こうも簡単にダリオンが動いてくれたとは思えない。

「確か、母親が病気で出稼ぎのために城に上がったのだったな」
ダリオンは自身の顎に手をやりながら、
「言うまでもなく、給金は今の何倍にもなるだろう。もちろん、その分責任は重くなるから、心してお引き受けしなさい。お前の立場を羨む者も多いだろうから、くれぐれも慢心して敵を作る事のないよう、先輩方に教えを乞うのだぞ」
戸惑いしかなかったアンヌの目の奥に、少しずつ力が漲っていく。
「ご期待に恥じぬよう頑張ります。妃殿下」
「ええ。ヨアン様を頼みます」

ダリオンが二人を見て頷いた。
「よろしい。では、今の大部屋から荷物をまとめて来なさい。服も別に用意した物に着替える必要がある。……急いで。てきぱき動く!」
「は、はいっ」

ダリオンはシュメルヒには好々爺然として優しいが、部下である使用人たちに対してはまるで軍の教官のようだ。

ハビエルが後ろで借りてきた猫のように大人しくなっているのも分かる気がした。
「……アンヌは上手くやれるでしょうか」
あの調子では、そそっかしいアンヌは早々に音を上げて故郷に逃げ帰ってしまうのではないか……。
「アンヌを推薦したのはシュメルヒ様でしょ。ダリオン様はああ見えて、おっかないんですから……まあ、アンヌの場合、他にも厄介な問題が出てくると思いますけど」
「彼女をヨアン様に付けることにしたきっかけは貴方なのですよ、ハビ」
薄く笑うと、ハビエルは意味が分からない様子できょとんとした。

ハビエルのように、ヨアンにも心許せる相手がいてくれたらいいと思ったのだ。
「ですから貴方も同罪です」


―数日後。

シュメルヒは王宮の庭園にある四阿単語あずまやで、ハビエルの給仕する紅茶を飲みながら本を読んでいた。

ひとりの時間を潰すのは得意だ。
それに今世ではオスロの読み書きを習得してきたおかげで、たくさんの本が読める。
初めて目にする物語や詩集、専門書……王宮の図書室で面白そうな蔵書を見つけては、つい色々と手を伸ばしてしまう。
前世ではあんなに本が嫌いだったのに、変われば変わるものだ。
今では、この愉しみは人生に欠かせない。
書架はただでさえ貴重だ。文字の読み書きが出来るのだって恵まれていると、つくづく思う。

真昼の陽気の中、静かに読み耽っていると、ふいに生垣の向こうに気配を感じだ。
「……?」
ウサギか、それとももっと大きな動物か。広大な庭園には野生動物も迷い込むから、キツネやアナグマかもしれない。

しかし、どれも違った。
枝の隙間から見え隠れする、黒い光沢のある衣服。
途切れがちに聞こえてくる小声のやりとり。

「ヨアン様、話しかけに行かないんですか?」
「お前が行って、妃と話してきて」
「私がですか? い、嫌です。妃殿下は凄くお綺麗だけど、いつも無表情でいらっしゃるし、怖いんですもの」
「命令だ。行ってきてよ」
「ヨアン様がご自分で行ってきてください」
「叔母上が、妃に謝罪して来なさいと言うから。ねえ、花を渡したら、すぐ帰っていい?」
「ヨアン様……二度も助けてくださった方に対してそんな態度は……。それにお花だって。そんな萎れたのじゃなくて、もっとちゃんとした綺麗なのがたくさん咲いてるのに」


(ヨアン様とアンヌ? 隠れてるつもり、なんだろうか)
明らかにこちらに気付いていながら、一向に生垣から出てこない。かといって立ち去る気配もない。
途切れ途切れの会話が聞こえてくる。

それにしても。

(<毒持ち>だからと恐れられるのはいつものことだが、『無表情』だから怖いとは。あの娘はやはり変わっている)

ハビエルとふたり、思わず顔を見合わせた。
「何なさってるんでしょうね、あの二人」
「さあ」
シュメルヒの方が聞きたい。
「声をかけて来ましょうか?」
「いえ、やめましょう。殿下は私に近づくのはお嫌でしょうし、声をかけて気まずい思いをさせたら申し訳ないですから」
「でも、あの様子では殿下はシュメルヒ様に用があるみたいですよ」

ハビエルがわざとらしく大きな咳ばらいをした。
静寂の後、やがて気まずそうな顔をした二人がのろのろと生垣から出てきた。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

国民的アイドルの元ライバルが、俺の底辺配信をなぜか認知している

逢 舞夏
BL
「高校に行っても、お前には負けないからな!」 「……もう、俺を追いかけるな」  中三の卒業式。幼馴染であり、唯一無二のライバルだった蓮田深月(はすだ みつき)にそう突き放されたあの日から、俺の時間は止まったままだ。  あれから15年。深月は国民的アイドルグループのセンターとして芸能界の頂点に立ち、俺、梅本陸(うめもと りく)は、アパートでコンビニのサラミを齧る、しがない30歳の社畜になった。  誰にも祝われない30歳の誕生日。孤独と酒に酔った勢いで、俺は『おでん』という名の猫耳アバターを被り、VTuberとして配信を始めた。  どうせ誰も来ない。チラ裏の愚痴配信だ。  そう思っていた俺の画面を、見たことのない金額の赤スパ(投げ銭)が埋め尽くした。 『K:¥50,000 誕生日おめでとう。いい声だ、もっと話して』  『K』と名乗る謎の太客。  【執着強めの国民的アイドル】×【酒飲みツンデレおじさんV】

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

処理中です...