死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

文字の大きさ
20 / 66

だれの嫉妬

しおりを挟む
 二の句が継げなかった。それは、どういう意味なのか。
 しかしそれも、エレオノーラが腕を絡めて歩き出したことで別の動揺へと変わった。
「エレオノーラ様、いけません! わたしには」
「<毒の血>が流れているのでしょ? 知ってますわ」
 あっさり言って、そのまま大聖堂の外へ向かう。なんとか引き離そうとしたが、華奢に見えて案外力が強い。シュメルヒの方が引き摺られる形で、花々が咲き乱れる中庭に連れ出されてしまった。
「皆、大げさね。直に血に触れなければいいだけの話。それに妃殿下もびくつき過ぎよ」
 大聖堂を出た途端、それまでの遠慮がなくなったようにそう指摘された。
「もっと我儘に、自分の意見を言った方がいいわ。これはしたくないとか、あれをしたいとかね。でないと周囲の人間の言いなりになって、いずれは自分の本当の願いも分からない木偶人形になってしまうわよ」
エレオノーラは噴水の前で立ち止まると、縁に腰を下ろして、水面に手を浸した。
「冷たくて気持ち良い。ヨアンの居るところはきっと涼しいでしょうね。地下だし、地下水路がめぐっているから」
 快適な場所みたいに言うのはどうかと思うが。シュメルヒの内心に気付いて、エレオノーラはくすくす笑った。
「妃殿下って、案外思ってること顔に出るのね」
「そんな風に言われたのは初めてです」
「あら、そう? 見る目のない人間ばかりいたのね、かわいそう」
「……」
 ころころと印象が変わる少女だ。
「ヨアンの相手は疲れるでしょう。いつも苛々してるし、我が儘だし、すぐ癇癪を起こしたかと思えば、仮病で周りを振り回すから」
「ヨアン様のあれは、仮病ではなく、本当にご病気なのだと思います」
 あえて、断定を避けた言い方をした。するとエレオノーラは苦笑した。
「わたくしに気を遣わなくてもいいのよ? ヨアンのことは小さい頃から知ってるもの。妃殿下も災難な方ね。ヨアンの仮妃になるために、婚約者と別れさせられてしまうなんて……恨んで当然だわ」
 どこで、それを。もしかして周知の事実なのだろうか。
(ヨアン様はそのことを知っているのだろうか……いや、知っていても、きっとお気にはされないだろうけれど)
 どうしてか、知られたくないと思った。ジュールのこと。婚約破棄のこと。
 今のシュメルヒに答えられるのはこれだけだ。
「ヨアン様を恨んだことなどありません。それにヨアン様は」
 確かに神経質で、冷たいことを言う時もあるけれど。
 憎まれ口を聞くときのヨアンは、いつも悪い笑みを浮かべてシュメルヒの反応を見ているのだ。面白いものを見るかのように、自分の言動でシュメルヒが困ったり、悲しんだり、慌てたりするのを見て喜んでいる……シュメルヒはそれが、不思議と、嫌ではないのだ。
「……ヨアン様は」
 優しい? 違う気がする。たまに優しいかもと思わなくもないが、次の瞬間にはまた意地悪だったりする。
 生意気? 合っているけれど、それだけではない気がする。
「……かわいい、所がおありです」
 自分で言った癖に混乱してきた。可愛い、とは? ナーシャにしか抱いたことがない感情だが、ナーシャとヨアンは全く違う。ヨアンにはナーシャのような可愛さは微塵もない。全然ない。断言できる。
(なのにどうして、そんなことを思うのだ?) 
「可愛い? 可愛いってあのヨアンが? 本気?」
少しの沈黙のあと、エレオノーラは吹き出し、あろうことか口を開けて笑い出した。
 仮にも王家の子女が、そんな風に人前で笑い転げるなんて。慌てて誰にも見えないように傍に寄って壁の役割をした。
「エレオノーラ様、人目に付きますよ」
「え? ああ、そうね。お母さまに怒られてしまうわ。あはは、はあ、可笑しかった。妃殿下ってほんと、変な方!」
「変……」
(このふたり、似てるかもしれない)
 主に、シュメルヒに対して遠慮がないところが。
「はあ、笑ったらお腹痛くなっちゃった。もう行くわね」
「はい、あの、大丈夫ですか」
「平気平気。ねえ、これからもわたくしと仲良くしてくださらない? あのお母様の娘だから、ちゃんとしたお友達がいないのよ、わたくし」
 引っかかる言い方だった。ただ、イルミナは宮廷でも発言力を持った女性だ。そのせいで対等な友人がいなかったということは十分にあり得る話だった。
「私などでよろしければ」
「貴方がいいのよ。ああ、そうだ」
 立ち上がったエレオノーラが、にやりとした。その顔が、シュメルヒを虐めてやろうとするときのヨアンの顔と似ていて、思わず警戒してしまう。
 「本当はわたくしがヨアンと結婚して正妃になる予定だったの。だから貴方とわたくしは恋敵の立場だけど、それでも仲良くしてちょうだいね、妃殿下」
 呆然と立ち尽くすシュメルヒを見て、もう一度楽し気に笑い声を弾けさせると、蝶々のような少女は城の中に去ってしまった。
 あとに残されたシュメルヒは、噴水の縁にすとんと腰を下ろした。
 エレオノーラの言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
(エレオノーラ様が婚約者だった? でも、イルミナ様はそんなこと、一言も……私やナーシャに気を遣って?)

——『わたくしとナーシャ様、どちらが魅力的かしら?』

 エレオノーラは、魅力的だ。それはなにも外見の美しさだけではない。一歩間違えば無礼とも取れる言動なのに、どうしてか憎めない。表裏ある振舞に振り回されてしまう一方で、惹き付けられてしまう……。
 ……なにより。
(彼女は……「完璧」なオメガだ)
 同じオメガだから分かる。彼女が傍に寄った時に漂ってきた甘い香り。最初は庭の花々かとも思ったが、こうして外に出てみて違うと気付いた。
 あれは、オメガ特有の香気だ。アルファを惹き付けるためのものとされるが、オメガ同士であれば感じ取ることができる。
 (彼女は、気付いただろうか……)
 シュメルヒからは、香気の欠片も漂っていなかったはずだ。オメガとしての香気は疎か、発情期さえ、前世で処刑される二十一歳まで発露しなかった。
 原因ははっきりとしない。おそらく<毒持ち>であることが関係しているのだろうが。
 (ただでさえ欠陥品だというのに……オメガとしても「足りていない」……)
 対してエレオノーラはどうだ。美しく可憐で、物怖じせず社交的で、その上あれほど甘やかな香気を身に纏って。これでは到底——。
 
 シュメルヒは息を呑んだ。気付いてしまったのだ。

(私は今、誰と誰を比べた……?)

手の平に汗が滲んだ気がして、慌てて手袋の存在を確かめた。

 ナーシャとエレオノーラを比べるなら、まだ分かる。むしろ、本来そうすべきだ。しかし今、シュメルヒは自分とエレオノーラを比較して「劣った」と思い、そのことを恥じた。
 ヨアンの隣に立つのは自分よりエレオノーラがふさわしいと……「身の程知らず」な想像をした。
 
 シュメルヒはぼうっと噴水の水面を見下ろした。こんな時でも無表情な、何を考えているか分からない愛想のない顔が見つめ返してくる。
 エレオノーラは「案外顔に出る」と言っていたが、嘘だ。自分にはこの顔を見ても、何も分からない。
(私のこの感情は、なんだ)

 あまりに戻りが遅いので、心配したハビエルが探しにくるまで、シュメルヒはしばらくの間揺れる水面を見下ろしていた。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

国民的アイドルの元ライバルが、俺の底辺配信をなぜか認知している

逢 舞夏
BL
「高校に行っても、お前には負けないからな!」 「……もう、俺を追いかけるな」  中三の卒業式。幼馴染であり、唯一無二のライバルだった蓮田深月(はすだ みつき)にそう突き放されたあの日から、俺の時間は止まったままだ。  あれから15年。深月は国民的アイドルグループのセンターとして芸能界の頂点に立ち、俺、梅本陸(うめもと りく)は、アパートでコンビニのサラミを齧る、しがない30歳の社畜になった。  誰にも祝われない30歳の誕生日。孤独と酒に酔った勢いで、俺は『おでん』という名の猫耳アバターを被り、VTuberとして配信を始めた。  どうせ誰も来ない。チラ裏の愚痴配信だ。  そう思っていた俺の画面を、見たことのない金額の赤スパ(投げ銭)が埋め尽くした。 『K:¥50,000 誕生日おめでとう。いい声だ、もっと話して』  『K』と名乗る謎の太客。  【執着強めの国民的アイドル】×【酒飲みツンデレおじさんV】

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

処理中です...