死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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遭遇と警告

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「シュメルヒ様……そう落ち込まないで、召し上がってくださいよ」
 困り顔のハビエルに促され、とろとろとスープをひと匙、口に運ぼうとし……ぽちゃんと皿に戻した。
「あ、もう……子供ですか、貴方は!」
「子供です。私なんて、どうせ発情期ヒートになったこともないし、オメガ特有の香気もないし。おまけに<毒持ち>で、口下手で、面白い話の一つも出来ないし、乗馬も下手……」
「いえ、外見と性格の乖離だけ見れば大分、面白味はあると思いますよ、シュメルヒ様は」
 重いため息を吐いた。
「……ヨアン様は、今頃お腹を空かせているでしょうか」
「神官の修行と同じ食料ですからね。これで少しは性格が矯正されてシュメルヒ様への態度が改まればいいんですけどね」
「そんな意地悪を言わないでください、ハビ。あれは本当に大変な儀式で、年若いヨアン様には苦行なんですから」
「年若いって……シュメルヒ様だって四つ上なだけじゃないですか」
 ハビエルは食事が進まないシュメルヒの長い髪を梳き、暑くなってきたからと、紅絹で結いあげてくれた。ただ結うだけでなく、編み込んだり、見苦しくない程度に房を垂らしてみたりと、細かい趣向を凝らしてくれている。
 シュメルヒはいつものままでも構わないが、首筋に風が通ると、確かに心地よかった。夏の時期はずっとこうしていよう、と考えて、また落ち込んだ。
 (夏……イレニアは夏が短いから、オスロにいる間だけだ)
 それにイレニアに戻れば、シュメルヒの身体に触れてくる人間は居ない。当然、髪を結ってくれる人もない。
「ああ、こら頭を下げないでください、まだ途中なんですから」
 のろのろと顔を上げる。
「眠れてないんですか? 殿下がお籠りしてからまだ一晩明けただけですよ。それでこんなに食欲が落ちて不眠になるなんて、お籠りが明ける前にシュメルヒ様が倒れてしまいそうです」
 いつもの小言だが、困惑も伝わって来た。それくらい、ヨアンと離れただけで、心身に不調をきたしている。離れたと言っても、大聖堂は目と鼻の先にあるのに、心が落ち着かず、夜になってもそわそわして目を閉じても眠りがやって来ない。
 「自分でも分からないのです。こんなことは初めてです……」
 「気分転換でもされては?」
 「例えば?」
 「ええと……そうですね。庭を散歩したり。南の庭園には行かれたことないでしょう? 大きな池がありますよ。魚もいます。あとは、……シュメルヒ様が社交場に顔を出していれば、茶会を主催したりするのもいいんですが」
 「……散歩に行きます」
 茶会は飲食を提供する以上、自分だけ食べないわけにはいかない。
 けれどハビエルの言う通り、こうして閉じ籠って憂いていてもしょうがない。本来は皇太子妃としての仕事があるのだが、シュメルヒが仮妃であること、またヨアンが病弱で国王は存命、実権は宰相が握っているという……かなり微妙な立場のため、そうした采配が回ってこない。これもまた、ヨアン不在の時間を持て余してしまう要因だった。

 着いてくる、というハビエルに「一人で歩きたい」と言うと、渋面を作り「なるべく離れているから」と言って譲らなかった。

 城の中を歩いていると、すれ違う貴族や侍女たちが脇によけてお辞儀をする。そういえば、アンヌはどうしているだろう。
「あとでアンヌの様子を見にいきましょうか。ハビ」
「喜ぶと思いますよ。ヨアン様がいなくて暇を持て余してるかもしれませんからね」
 暇を持て余しているのはシュメルヒで、アンヌは主人が不在でも侍女としてやるべき仕事が多いことだろう。

 南に面した庭園は、城の正面に位置する庭よりもこじんまりとして、左右対称の薔薇の生垣とアーチが組まれていた。
そこを抜けると、ハビエルの言っていた池がある。池と言っても人工物で、しかも正面や中庭に比べて人の出入りも少ないせいか、水が濁っている。
「大きな魚がいるそうですよ。泳ぐ影を見た者がいるとか、いないとか。池の主ですかね」
 噴水や水路の澄んだ水を見慣れているせいか、藻が浮いた水面はそこはかとなく打ち捨てられたようにも見える。
「ここに居りますね。何かあればお呼びください」
 ハビエルは回廊の支柱の影に佇んで、約束通りシュメルヒを一人にしてくれた。

 ひとりで庭を一巡りし、もう一度池の前に戻って来た。やはり水は緑色をしていて、目を凝らしてみたが、魚の居る気配はなかった。

 大きいといっても、池は池だ。こんな所に泳いでいては魚も窮屈だろう。
 ——ちゃぷん。

 静寂を破ったのは確かに水音だった。ちょうど魚が尾ひれで水面を叩いたような。
 (どこから……)
 見渡せる池だが、すぐに潜ってしまったのだろう。魚影は見当たらない。
「姿は見せてくれませんね」
 呟いて、引き返そうとした時だった。
 またあの、ちゃぷんという音がした。今度は近く。シュメルヒのすぐ足元で。
 反射的に身を屈めて覗き込んだシュメルヒは、ひゅっと呼吸を止めた。

 頭が、あった。
 濡れた頭。濡れて張り付いた赤い髪、蝋人形のように白い肌。水面の上にあるのは鼻から上。眉があるべき場所には何もなく、のっぺりとした顔面に、ぎょろ、と動いたのは大きなハシバミ色の眼球。
 「ッ、っ……!」
 人間があまりの驚愕により声を失うことは知っていた。しかし、本当に声どころか身動き一つできないとは。
(ハビエル……!)
 従者の名を叫ぼうとした瞬間、<それ>はシュメルヒに向かって両手を突き出してきた。
 一歩下がる余裕すらなかった。
 やけにゆっくりと周りの景色が動いてゆく。肩を掴んだ白い手に水搔きがあることを認識した瞬間、シュメルヒの身体は池の中に引きずり込まれていた。
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