死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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開かずの扉

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 着水の衝撃で、喉からごぼっと空気が抜けていく。
 本能的な恐怖で手足をばたつかせるが、肩を掴んだ<それ>は尋常でない怪力でシュメルヒを離さない。
 今目を開けたら、あれが見えてしまう……!
 そう思ったが、もがき暴れる内に自然と瞼が上がってしまった。
 こんな池の淀んだ水の中、なにも見えないのではないかと思った。だが違った。
 上から見た時は想像もつかなかったが、水面に浮かんだ藻が陽の光を透過して、水中は限りなく澄み渡っていた。差し込んでくる光の帯。花が舞うように漂う藻の切れ端。そして目の前に浮かぶように泳ぐ、<それ>の姿もはっきりと捉えた。
 魚? いや、人——?
 不気味に思えた顔面は、水の中で見ると不思議と恐ろしくはなかった。それよりも奇異なのは、<それ>の下半身だ。上半身は人間の女とも男ともつかない身体。臍があるべき位置から下に行くにつれ、鱗のようなものがびっしりと覆っている。足があるべき場所にはうねる尾ひれがあるばかり。鱗は魚というよりは蛇に近いようにも見えた。
 思考できたのはそこまでだった。
(いき、息がっ!)
 溺れ死ぬ。ぞっとした。斬首を経験した身でも、こんなバケモノと遭遇して溺死なんて、いっそやり直さない方がマシだった。
 と、目の前のバケモノ……(彼なのか彼女なのか分からない)が、シュメルヒの頬に手を当てた。ひたり、と吸いつくような感触がした途端、脳裏に<声>と<情景>が雪崩れ込んできた。

——サガシテ。ヤクソク。モドッタラ、サガス、ヤクソク。ミツケタラ、コウカン。ハヤク。シズ、ム。

 情景の真ん中に、ヨアンがいた。
 暗い地下の礼拝堂。その石壁の隙間から、水が細い線となって流れ出してくる。ヨアンは気付いていない。やがて石壁の一部が崩れ落ち、勢いよく水が噴き出す。礼拝堂は扉によって閉ざされている。ヨアンは新巣に気付き急いで扉をこじ開けようとするが、開かない。水位が上がっていく。祭壇に駆け上がるが、すぐに膝まで水に浸かる。
 シュメルヒは水の中だということも忘れて叫んだ。
  ——ヨアン様っ!
 ヨアンが水に飲み込まれた瞬間、シュメルヒは悲鳴を上げた。
「ヨアン様っ!!」
「シュメルヒ様! 落ち着いてください!」

 心臓がバクバクと煩い。荒い呼吸を繰り返していると、ハビエルがシュメルヒの身体を優しく倒し、枕に頭をのせた。
「ここは? 私は、池に……」
「ええ、そうですよ。憶えてませんか? シュメルヒ様、池に落ちたんですよ。足元を覗き込んだと思ったら、いきなり転落したんです。慌てて潜って、引っ張り上げて……ああもう、心臓が止まるかと思ったあ」
「ハビが、助けに……?」
「……かえって水中で良かったですよ。俺の力だけでも何とかなったんですから」
「どれくらい、眠って」
「一刻程です。やっぱり何が何でも傍にいるべきでした。俺の責任です」
 頭を垂れるハビエルの肩を掴んだ。
「ハビ、あの時、何か見ましたか?」
「え、何かって? 藻がいっぱい浮かんでて、それ以外は特になにも」
「……大きな、生き物とか」
「魚ですか?」
ハビエルは笑って、シュメルヒを寝台に押し戻した。
「いませんよ。いたかもしれないけど、必死だったから気にもしませんでした。さあ、とにかく安静にしてください。気持ち悪くありませんか? 薬湯を飲めそうなら」
「礼拝堂に行かないと」
「は? 礼拝堂?」
「ヨアン様が溺れてしまう、助けないとっ!」
「……え、ちょ、シュメルヒ様!?」


「待ってください、シュメルヒ様! 不味いですって、こんな真似。儀式の妨害だと思われますよ!」
「妨害……そうです、中断させないと。ヨアン様をすぐに連れ戻さなくては」
「……勘弁してください、シュメルヒ様ぁ」
 必死に止めるハビエルを振り切り、大聖堂へと向かう。無人の中を突き進み、青い色調の扉を前に立ち尽くした。
「ほら、ふたりでも無理ですよ。あの時は四人がかりでやっと開けたんですから。諦めて部屋に戻りま、っ、シュメルヒ様!?」
 扉に飛びつき、中央の溝に指を掛けた。そのまま渾身の力で引くが、びくともしない。
「急がないと、でないと、ヨアン様が」
 こうしている間にも、浸水しているかもしれない。
 水に落下した衝撃で見た幻。そうかもしれない。シュメルヒが見たものを証明する手立てはない。それでも、胸騒ぎがする。後でいくらでも罰を受けるから、今、ヨアンの無事をこの目で見なければ、気が狂ってしまう。
「ぐ、っ、……ッい」
 爪が割れたらしい音がした。それでも動かない扉に業を煮やして、焦りのまま石をか搔きむしる。
「開け、開け! なんで開かない!」
「シュメルヒ様!」
 ハビエルが抱きすくめられ、膝から崩れ落ちた。
「やめてください、血が出ています!」
 血。その言葉に唖然とする。
「‥…あ、ハビ、ごめんなさい、私、」
「大丈夫、ほら、布を当ててください。触ってませんから大丈夫ですよ」
 手袋が外されていた。溺れていたのだからそうだ。水浸しの服を着替えさせてくれたハビエルが、手袋をそのままにするはずがなかった。
 そんなことにも気が回らなくなっていたなんて。鮮血に触れたら、ハビエルがただでは済まない。それでも彼は、シュメルヒを止めてくれたのだ。
 身体からゆっくりと力が抜けていく。冷静になると、割れた爪の痛みがじわじわと広がってきた。
「はあ……一体何があったんですか、シュメルヒ様」
「それは……」
 言えない。あんな怪奇を話しても、頭がおかしいと思われてしまうだろう。

「あなた達、そこで何をしているの?」
 背後から掛けられた声に、ふたりはびくりと震えた。
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