死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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夫婦

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入って来たのはエセル王妃一人だけだった。
「エレオノーラ様は……」
「あたくしと入れ違いに行ってしまったわ。中に入りたくなかったみたい」
(もしや、ヨアン様に用があったのに、私が起きていて顔を合わせるのが嫌だった、とか)
 以前にも、『ナーシャ様と私とどちらが魅力的かしら』と問うてきた。シュメルヒが嫁す前は、彼女が婚約者だったとも。
「ああ、違うから気にしないで。彼女は多分、わたくしと同じ時に同じ場所にいるのを避けたかったのよ。彼女のお母様とあたくしは色々言われているから、気を遣ったんでしょう」
 ……心を読まれたのかと思った。こういう所は親子だ。ヨアンと似ている。
(ヨアン様)
 微妙な均衡の上に立つ親子だったはずだが、ヨアンの態度は、親しさこそないものの落ち着いていた。
「母上、妃のお見舞いに来てくださりありがとうございます」
「いいのよ。あたくしも『ふたり』の様子が気になっていたから」
 シュメルヒはぱちりと瞬きした。会話が成立している。いや、当たり前といえばそうなのだが……前世と、今世の二人の印象が強すぎて、よそよそしくはあるものの、こうして表面上和やかに言葉を交わしているのは驚きだ。
 エセル王妃が、ちら、とシュメルヒを見やった。
 そうだった。取引を忘れてしまうところだった。二人が一緒にいる場面では、シュメルヒは親子の橋渡し役であったのだ。
「私のせいで王妃様にもご迷惑を掛けておりませんか? ヨアン様に偽の神官を使って通じていたことも、もとはといえば王妃様が私の頼みを聞き入れてくださったおかげですが」
「貴方、そんな気は更々ないんでしょうけど、それじゃあたくしが共犯だと脅してるみたいに聞こえるわよ」
 ヨアンがくっ、と笑った。
「母上、妃はそんなつもり微塵もないんです。許してやってください」
「……ええ、分かっていてよ」
 エセル王妃は落ち着いて見えるが、どことなく緊張感が漂っている。対するヨアンはといえば、意識をシュメルヒに向けているせいか、自然な様子で、無理に取り繕った様子もなかった。
「ヨアン様。王妃様が私とナギを引き合わせてくださったのです」
「うん」
「ヨアン様を心配して、私に手を貸してくださいました」
「うん、そう聞いてる」
「ですので、その……」
「うん?」
「王妃様がヨアン様と仲良くなりたいそうなので、私がお手伝いをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「……う、ん?」
 ヨアンは目を見開き、エセル王妃はハビエルから渡された紅茶を飲もうとして、思い切り咽た。
「それ、本人の前で言うんだ……」
「貴方ねっ、それはおかしいでしょう、内緒にしてさり気なく手伝ってほしくて頼んだのよ!」
 シュメルヒは首を竦めた。どうやら何か間違えたらしい。おろおろとヨアンを見ると、目が合った途端、我慢できなくなったように俯かれてしまった。
 すぐに、押し殺した笑い声が室内に響く。
「ふ、く、くく、あはは……やっぱり妃は、面白いな」
「面白いかしら…‥危ういの間違いではなくて?」
「皆さま、もうその辺で……シュメルヒ様は大真面目なので」
 エセル王妃とハビエルがそれぞれの立場から意見を呈した。
 ひとしきりヨアンの笑いがおさまるのを待って、エセル王妃が口を開いた。
「儀式のことを伝えに来たのに、出鼻を挫かれてしまったわ。……貴方たち、審理のことはどこまで知っていて?」
 王妃はヨアンの顔を見て話すのはまだ難しいようで、シュメルヒの顔を見ながら問うた。
「おそらく失敗だと結論付けられるだろうということは知っています。母上は……たしかギヨム副司祭と懇意でしたね。彼から何か聞いていますか? というか、彼も責任を問われているのでしょうか」
 ヨアンはエセル王妃の視線が向かなくとも、気にする素振りはなく、少し俯き加減に喋った。お互いに視線を避けた会話だった。
「それは大丈夫。彼はこの件と関わりないことになっているから。審理の結果は明日中には下るでしょう。貴方の言う通り、結果は失敗だと『触れ』が出ると思うわ」
 シュメルヒは悄然とした。ヨアンは気にしないと言ってくれたが、やはり王妃の口から聞くと胸に重石が乗ったようだった。
「私のせいです。私がヨアン様に無断で、勝手なことをしたから」
「妃のせいじゃない。言っただろ」
 ヨアンの手がシュメルヒの手に重なった。手袋をしていない。少し迷ってから、シュメルヒは自分の手を裏返して、ヨアンの手を握り返した。驚いたヨアンの顔に、徐々に笑みが広がる。シュメルヒも小さく笑みを返した。
「母上、もうこの話はいいんです。僕は結果がどうであれ、異論はありません。証明できるものはないけど、妃の助けがあったから儀式を最期まで遂げることができたのは事実です。母上の期待には沿えませんでしたが……僕はそれでいいんです」
「……ヨアン、貴方」
 エセル王妃は何かを言おうとして、結局口を閉ざした。代わりに小さな溜息を吐く。
「……あたくしから神殿に圧力をかけて、儀式は成功したと言わせることも出来なくはないのよ?」
「やめましょう。あとで痛い腹を探られるくらいなら、ここで白黒はっきりつけておいた方がい。妃がそれでいいならだけど」
 シュメルヒは頷いた。儀式の決まりを破ったという点では、シュメルヒも責任を負う覚悟だ。ヨアンが今後のことを見据えて審理の結果を受け入れることにしたように、シュメルヒも、自分の意志でそれに倣うことにした。結果どう転んでも、今はそれが最善だと、そう思う。
「そう……それなら、あたくしもその判断に従いましょう」
「いいんですか?」
 ヨアンが意外だと言いたげな顔で王妃を見ると、そこではじめて、親子の視線が交わった。今度は、エセル王妃も目を逸らさなかった。
「あたくしは元々、信仰心なんて持ち合わせていないのよ。陛下も、あたくしはそれでいいと言ってくれたし」
(嫁ぎ先の王妃という立場で、それはどうかと思うのだが……)
「だから、……だから貴方が儀式を失敗しようが成功しようが、あたくしはどうだっていいの。それを伝えたくて、来ただけですから」
 エセル王妃は視線を逸らすと、落ち着かな気に席を立った。ハビエルの見送られ、部屋の扉へと向かう。そのまま、振り向かずに出て行ってしまった。
「……あまり長く僕といるのは、まだお辛いみたいだ」
「でも、嬉しそうでしたよ。ヨアン様と話せて」
「そうか? 妃の願望じゃないのか? ずっとピリピリしてたぞ」
「それでも、嬉しそうでした。賭けてもいいです」
「へえ、何を賭けるんだ?」
「……え?」
 シュメルヒはきょとんとした。何、とは。
「意味も分からないで俗語を使うなよ。どこで覚えてきたんだ、そんな言い方」
「ええと、リーデラ夫人から借りた小説で」
「またリーデラか」
 ヨアンは辟易したような顔をしたが、シュメルヒはやっと新しくできた知人のことを話せて嬉しくなった。
「面白いのですよ。ヨアン様にも貸して差し上げますから、寝る前にでもお読みになってください」
「本は嫌いだっていったじゃないか」
「少しずつで構いませんから。ヨアン様と感想を語り合いたくて」
「……じゃあ、妃が読んでくれるならいいよ」
 ヨアンは目に力を込めて、シュメルヒを見つめた。深い森が、シュメルヒの薄青の湖面に映り込む。
「それは構いません。いつになさいますか? 午後の授業が終わったら、息抜きにお茶をして、その時にでも」
「そうじゃなくて、『寝る前』に妃が読んでくれって言ってるんだ」
「……ヨアン様?」
「夫婦だし、こうやって触れられえるようになったんだから、一緒の寝室で眠ろう……駄目か?」
 シュメルヒは大きく目を満ちらいたまま、良いとも駄目とも返事ができぬまま、ただ石のように固まってしまった。ヨアンの手が答えを急かすように、ぎゅっと力を込めた。
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