死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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誰かと一緒に寝るのって

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豪奢な天蓋は、大きく枝を広げた樹木のようだ。夜の闇は天蓋から垂らされた天鵞絨の布によって、さらに深くなる。深い闇の中で、ヨアンの隣に横たわった。
 初夜の儀ではお互いが端っこに陣取っていた。今は吐息が聞こえるほど近くにいるなんて嘘のようだ。
「あの時は寝台から落としてごめん」
「あれは私が運動音痴で、自分で床に落ちたようなものですから」
「運動音痴は僕も否定しないけど」
「……訂正します。ヨアン様が枕を投げたからです。なのでヨアン様のせいです」
「だから最初からそう言ってるのに」
 くすくすと、ヨアンの笑い声がくすぐったい。
「……恐くありませんか?」
 何が、とは言わずに訊いた。ヨアンの答えも前回と同じだった。
「怖いよ。怖くないって言ったら噓になるし、妃にはそういう嘘をつきたくない。でも恐いから気を付けなきゃって思う。妃は僕に何かあれば自分を責めるだろ? それは嫌だから、そうならないように気を付けるために、怖いのも認めることにしたんだ」
 臭いものには蓋を……暗黙の了解の中で育ったシュメルヒにとって、ヨアンの言葉は突き放すようでいて、これ以上ないほどシュメルヒに寄り添ってくれる気がした。
「怖いのは毒で、妃じゃない。それは全然違うことなんだって、妃も知っておいて」
 シュメルヒの頭の中を、ヨアンの言葉がぐるぐると旋回する。今夜聞いたヨアンの言葉は、どれもが質量と手触りをまとって、シュメルヒの心の奥底に沈殿していく。何もない空間が、宝物で埋まっていくように。
「それに、お互いに気を付けてさえいれば妃が危険じゃないってこと、僕が皆に示せばいいんだろ? こうやって」
 ヨアンの温かい手がシュメルヒの冷たい手を握った。びくりと震えた手を宥めるように、軽く揺すられる。
「妃と……こうしてさ」
 ヨアンが手を持ち上げて、シュメルヒの長い髪をかき上げ、こめかみに触れた。指の背で軽く撫ぜる。心地よくて、思わず吐息が漏れた。大げさでも何でもなく、そうされただけで、恍惚と頭の芯が痺れていく。
「一緒にいるようになって、不思議と体調が落ち着いてる」
「本当ですか?」
 民間療法の氷漬けを止めさせた効果だろうか。病人の思い込みで快方に向かうこともあると聞いたことがある。ヨアンにとって、良い意味での心境の変化があったのかもしれない。
「前は身体中痛いし頭痛がしてた。音や光がうるさくて……今も完全になくなったわけじゃないけど、我慢すれば妃にも会えるし、乗り越えられるって気がしてる」
「痛い時は我慢なさらず呼んでください。傍にいても何かできるわけではありませんが」
「いてくれるだけでいいよ。こうして手を握っててくれたら、平気になるから」
「はい……」
「そういえば、本を読むとか何とか言ってなかった?」
「あ、……持ってくるのを忘れました」
「じゃあ、また次だな」
 ふふ、とヨアンが含み笑う。
「誰かと一緒に寝るのってこんな感じなんだ……いつ寝たらいいんだ? 妃はもう寝る? もう目を閉じた?」
「はい。目を閉じました。ヨアン様も閉じてください」
「うん……おやすみ」
「おやすみなさいませ。ヨアン様」

 ヨアンには嘘を吐いた。ヨアンの健やかな寝息が聞こえてきても、まだ目を閉じていなかった。眠ったら朝になる。
 もったいなくて、眠りたくなかった。

 身体を横向きにして、つないだ手は右手だ。左手をなんとはなしに枕の下に潜り込ませると、何か固い物に触れた。取り出してみると、それはいつか見たヨアンの雑記帳だ。そういえば、あの時もシュメルヒから隠すように枕の下に押し込んでいた。
 (勝手に見たらだめだ。戻そう)
 そう思い、片手で戻そうとしたのがいけなかった。ヨアンとつないだ手を離したくなかったので、雑記帳を持った手の肘をついて身を起こす。そのまま枕の下に押し込もうとして、するりと手から雑記帳が落ちた。
 落ちた拍子に、ぱら、と紙がめくれてしまう。
 あ、と思った時には、それが目に飛び込んできた。

 とても繊細に描かれた、人物画だった。人物は四阿の椅子に腰かけ、本を読んでいた。俯いた横顔に、長い髪がひと房かかっている。下絵のようで、たくさんの線が緻密に絡んでいた。描き手の真剣さが紙の上から伝わってくるようだった。
(……これは、私だ)
 思わず手で線をなぞると、黒い粉が指先に付着した。
 それを見た時、記憶の底に眠っていた光景が鮮明に押し寄せてきた。
(これと似た絵を、私は見たことがある……もっと荒い筆跡で、書き殴ったような)

 白い帆布に、木炭で描かれた人物画。
 四阿に腰かけ、ひとり本を読んでいる若い男。イレニアから持ち込んだ華美な衣装を着た、宝石で飾り立てた姿——。
 前世で処刑される直前、キリアスが差し出してきた絵。

『無名の画家になぞ頼まず、宮廷画家に生前の毒妃の贅に溺れた姿を描いてもらうことですね。私の死んだ後に!』
『あれは画家が描いたものではありません』

(ああ、そんな……)
 あれは、あの絵を描いたのは……だがどうして、ヨアンはシュメルヒの絵を……。

 胸が苦しくなって、枕に顔を押し付けた。ヨアンが隣で寝息を立てている。起こさぬよう、嗚咽をかみ殺した。
 あの時、牢獄の床に叩きつけた絵……精神を病んだとされるヨアンが、乱れた筆跡で殴り描いた絵を、シュメルヒは罵倒し、破壊してしまった。
「ヨアン様……ゆるしてください」
 つないだ手の甲に額を押し付け、声に出さずに何度も謝った。やがて眠りに落ちるまで、何度も、何度も。


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