『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』

とびぃ

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第一章:追放

1-4:揺れる絶望と赤土

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王宮の裏口に用意されていたのは、貴族の令嬢が乗るような装飾の施された馬車ではなかった。
それは、罪人を護送するためだけに使われる、窓に鉄格子がはめられた、粗末で汚れた荷馬車だった。家畜を運ぶためのものと、さして変わらない。
荷台からは、前の罪人が残していったのか、酸っぱい異臭が漂ってきた。
「乗れ」
衛兵は、私をまるで荷物のように乱暴に荷台へ押し込んだ。尻を強く打ち付け、パーティーのために新調したシルクのドレスが、泥水で汚れる。だが、もう痛みも汚れも感じなかった。心はとっくに、この泥よりも汚された後だったから。
ガチャン、と重い音がして、外から閂(かんぬき)がかけられる。
私は、家畜以下の罪人として、この箱に閉じ込められた。
すぐに馬車は動き出した。
ゴトゴトと、内臓まで揺さぶるような不快な振動が、全身の骨に響く。馬車の床は硬く、クッション一つない。私は、ただ壁に背を預け、揺れに身を任せるしかなかった。
(……これが、私の現実)
鉄格子の嵌まった小さな窓から、急速に遠ざかっていく王都の灯りが見えた。あれほど私を拒絶した、輝かしい光の世界。まるで、夜空に浮かぶ遠い星々のようだ。もう二度と、あの場所に戻ることはないのだ。
あの光の中で、今も祝宴が続いている。私のことなど、もう誰も覚えていないかのように。
馬車は王都の門を抜け、整備されていない街道へと入った。
揺れが、さらに酷くなる。車輪が石を踏むたび、荷台が大きく跳ね、壁に頭を打ち付けた。
ガタン!
一際大きな揺れに、私はなす術もなく床に転がった。
「……っ」
痛みで、かろうじて現実感を保っていた意識が、急速に混濁していく。
寒さが、ドレスの薄い生地を通して、体温を奪っていく。
(……これから、どうなるの)
辺境のバルケン領。
不毛の赤土。
追放された私は、そこでどうやって生きていけばいいというのか。
公爵家から籍を抜かれた私に、何の権力もない。何の財産もない。
この汚れたドレス一枚と、そして【害虫駆除】という、王子に「農奴のスキル」と嘲笑された、地味なスキルだけ。
(……死ぬ、の、か)
不毛の地で、飢えて。
あるいは、夜になれば出没するという、魔獣に襲われて。
誰にも知られず、誰にも看取られず、惨めに。
「……いや」
死にたくない。
こんな理不尽な理由で、私の人生を終わらせたくない。
でも、どうすればいい?
私には、何もない。
十六年間、王妃になるためだけに生きてきた。
それ以外の生き方を、私は知らない。土いじりは好きだったが、それはあくまで「領地経営の学習」の一環で、本物の農作業などしたこともない。
(……助けて)
誰か、助けて。
お父様。
いいや、お父様は私を見捨てた。あの冷たい背中が、すべてを物語っていた。
アルフレッド様。
いいや、あの人が私を追放した。私を「汚物」と呼んだ。
カイ……。
ふと、幼馴染の騎士の顔が脳裏をよぎった。彼は今日のパーティーにいただろうか。実直で、朴訥で、唯一、私の地味な努力を「すごいことだ」と、照れくさそうに褒めてくれた人。
(……彼も、私を軽蔑しているに違いない)
聖女様を害そうとした大罪人。
それが、今の私だ。彼のような実直な騎士が、私のような存在を許容するはずがない。
ゴトゴト、ゴトゴト。
馬車は、夜通し走り続けた。
どれくらい時間が経ったのか、もうわからない。疲労と絶望で、思考は麻痺していた。
王都周辺の豊かな緑はとうに消え失せ、窓から見える景色は、次第に荒涼としたものに変わっていった。
木々は痩せ細り、その枝はまるで助けを求める亡霊の手のように、空を掴もうとしている。地面には岩が転がり、冷たい風が、馬車の隙間から吹き込んできた。
そして、夜が明け始めた頃。
灰色だった空が、薄汚れた紫色に染まり始めた頃。
私は、息を呑むような、絶望的な光景を目にした。
(……赤い)
朝焼けのせいではない。
地面が、土が、まるでこの世の血をすべて吸い込んだかのように、どこまでも赤黒いのだ。
草もまばらにしか生えていない。そのわずかな草も、緑ではなく、病的な黄色に枯れかかっている。
(ここが……バルケン領……)
噂通りの、いや、噂以上に、死んだ土地。
不毛の、赤土。
生命の温もりを一切感じさせない、冷え切った大地。
こんな場所で、どうやって作物を育てろと?
こんな場所で、どうやって生きていけと?
「……う、……ぁ……」
堪えていた涙が、ついに溢れ出した。
もう、矜持も何もない。声にならない嗚咽が、冷たく狭い荷台に漏れる。
もう、駄目だ。
希望なんて、どこにもない。
私は、ここで、終わるんだ。
絶望が、私のすべてを飲み込もうとした、その瞬間だった。
ゴオオオオッ、という地響きとは異なる、山が泣き叫ぶような轟音。
そして、馬の甲高い、恐怖に引きつった嘶き。
「な、何だ!?」
「上だ! 崖が……岩だ!」
御者の兵士たちの、焦ったような、断末魔のような叫び声が聞こえた。
(……え?)
馬車が急停止し、体が前へと強く投げ出される。
そして、直後。
ドッゴオオオオオオン!!!
天が裂けるような、凄まじい衝撃音。
私の乗っていた馬車が、真横から巨大な何かに叩き潰された。
一瞬の浮遊感。
硬い壁に全身を叩きつけられる、強烈な痛み。
(……崖崩れ……? 落石……事故……?)
荷台が、まるで紙細工のように横転し、バラバラに砕け散っていくのが見えた。
私は、抵抗する間もなく、あの赤黒い地面に投げ出される。
「……が、……っ」
息が、できない。
肺が潰れたかのように、空気が入ってこない。
全身が、熱い。痛い。
赤黒い土が、私のドレスを、髪を、まるで本物の血のように、じっとりと染めていく。
(……ああ、結局……こんなところ、で……)
皮肉なものだ。
不毛の地で飢え死にする前に、事故で死ぬなんて。
(……でも、これで……よかった、のかも……)
もう、苦しまなくていい。
もう、恥じなくていい。
もう、絶望しなくていい。
意識が、急速に遠のいていく。
冷たい赤土の上で、私はファティマ・フォン・バルケンとしての、短く惨めな人生を終えようと、ゆっくりと目を閉じた。
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