『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』

とびぃ

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第三章:開拓

3-2:土(つち)の説明

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エドガーの問いは、刃物のように鋭く、私の核心を突いていた。
「何者か、ですって?」
私は、平静を装って聞き返したが、心臓は嫌な音を立てていた。
周囲の物陰に潜む村人たちが、息を殺して私たちのやり取りに耳を傾けている気配が、肌に突き刺さる。彼らにとっても、これは「自分たちの村に現れた、得体の知れない力を持つ女」の正体を見極める、最初の査問なのだ。
エドガーは、私の動揺を見透かすように、その氷の瞳を細めた。
「昨夜、眠れぬまま、古老たちと話をいたしました。……我々の一族が、この赤土の地に移り住んで、数百年。これほどのイナゴとネズミの大群は、幾度となく経験してまいりました」
彼の声は、淡々とした事実を述べているだけなのに、その裏には、何世代にもわたる苦闘の歴史が滲み出ていた。まるで、この土地の赤土そのものが、彼を通して語りかけてくるかのような、重い響きだった。
「我々も、無力だったわけではございません。火を放ち、煙で燻(いぶ)し、あるいは、なけなしの金をはたいて、王都から『魔術師崩れ』を雇ったこともございます」
「……」
「だが、どれも、無駄だった。あるいは、一時しのぎにしかならなかった。あの『災厄』は、この土地に根付いた呪いそのもの。……昨日、貴方様がなさった『あれ』までは」
彼の視線が、私の両手(・・)に注がれる。まるで、この手に、何か恐ろしい武器でも隠し持っているかのように。
「あの力は、ただ追い払うだけのものではなかった。あの『恐怖』。あの『支配』。獣畜(けもの)どもが、本能の根幹から震え上がり、逃げ惑う様は……あれは、人間が、いえ、聖女様ですら、持ち得ぬ力」
彼の言葉は、村人たちの恐怖を代弁していた。
「……ファティマ様。貴方様は、王都を追放されたと伺っております。……もしや、その『力』故に、追われたのでは?」
(……鋭い)
半分当たり、半分外れている。
「地味なスキル」故に追われたのだが、その「地味なスキル」が、彼らにとっては「恐ろしい力」に見えている。この捻(ねじ)れ。
私は、ここで選択を迫られていた。
「魔女」として、この恐怖を利用し、彼らを力で支配するか?
(……ダメだ、それは)
私(みのり)の農協職員としてのプライドが、それを拒否した。農業は、信頼関係(コミュニケーション)だ。組合員(なかま)を恐怖で縛るようなやり方は、絶対に長続きしないし、何より、私自身が許せない。
「私は、ただの公爵令嬢(ファティマ)であり、ただの農協職員(みのり)よ」
私は、ゆっくりと息を吸った。冷たい空気が、肺を満たす。
「……エドガー村長。あなたのおっしゃる通り、私は『ファティマ・フォン・バルケン』です」
「……」
「そして、王都を追放されたのも、事実。ですが、理由は、あなたが想像するようなものではありません」
私は、あえて自嘲(じちょう)気味に、少しだけ笑ってみせた。
「私のスキルは【生活魔法:害虫駆除】。……王都では『農奴のスキル』『外れスキル』と、そう呼ばれていましたわ。王子の婚約者としてふさわしくない、と。……それが、追放の理由のすべてです」
「……害虫、駆除?」
エドガーが、その言葉を繰り返す。その氷の瞳に、明確な「不信」が浮かんだ。
「昨日の『あれ』が、ただの『害虫駆除』だと、そうおっしゃるのか?」
「ええ、そうですわ」
私は、毅然と言い切った。ここで、私(みのり)の「専門分野」に、彼らを引きずり込む。
「……信じられんな」
「信じなくても結構。ですが、事実は事実。私は、魔女でもなければ、厄災でもありません。……ただの、王都を追い出された、役立たずの令嬢。……そして」
私は、一呼吸置いた。
「……この土地で、生き延びなければならない、ただの『村人』です」
「……村人、だと?」
エドガーの氷の瞳が、わずかに揺らいだ。
「貴族様が、我々と『同じ』だと?」
「ええ」
私は、集会所の壁に立てかけてあった、一本の「鍬(くわ)」(と呼ぶにはあまりにも原始的な、木の棒の先に、平たい石を括り付けただけの代物)を、手に取った。冷たく、ざらついた木の感触が、私の手のひらに、前世の記憶を呼び覚ます。
「私は、この土地で、あなたたちと『農業』をします。食べ物を作ります。……そのために、ここに来た」
私の言葉に、エドガーは、嘲笑(ちょうしょう)とも、呆れともつかない、乾いた息を漏らした。
「……農業、でございますか。この、赤土で」
「ええ、この赤土で」
「聖女様の【豊穣の祈り】も、ここには届きません。この土地は、呪われている。……昨日、害虫を追い払ったところで、この『死んだ土』では、何も育ちはしない!」
彼の声に、今まで抑えていた激情が、初めて強く滲み出た。それは、何百年もこの土地で繰り返されてきた、絶望の叫びだった。
物陰で聞いていた村人たちからも、同意するかのような、重苦しい溜息が漏れる。
(……来た!)
私は、彼のその「絶望」の言葉を、待っていた。
「その通りよ、エドガー村長!」
私は、手に持った鍬(もどき)の柄(え)を、ドン、と赤土の地面に突き立てた。
「……何?」
「この土は、死んでいる! あなたたちの言う通り、呪われているのかもしれない!」
私は、あえて彼らの言葉を肯定し、集まったすべての村人たちに聞こえるよう、声を張り上げた。
「聖女の祈り? ああ、王都では、みんなあれに頼りきりだったわね! でも、あれは、一体、何をしてくれるの?」
私は、前世(みのり)の知識を、この世界(ここ)の言葉に変換して、彼らに叩きつける。
「祈れば、土が、作物の『ごはん』を用意してくれるの!? 祈れば、カチカチに固まった土が、柔らかくなってくれるの!?」
「……作物の、ごはん?」
村人たちが、初めて聞く言葉に、戸惑っている。
「そう! 作物だって、生きている! 私たちと同じ! ごはん(栄養)を食べ、水(水分)を飲み、息(空気)をするのよ!」
私は、地面の赤土を、もう一方の手で掴み、彼らに見せつけた。
「この赤土に、その『ごはん』がある!? 水を蓄える力がある!? 息をするための『隙間』がある!? ……ないわ! 何もない! だから、あなたたちは飢える!」
「……」
「聖女の祈りなんて、まやかしよ! あれは、土に残った、なけなしの『ごはん』を、無理やり作物に食べさせているだけ! だから、王都の畑は、今、急速に『死んで』いっている!」
(……アウトライン通りなら、王都は「連作障害」で苦しんでいるはず。私のこの「ハッタリ」は、いつか「真実」になる)
村人たちが、ゴクリと息を飲む音がした。
聖女の祈りを「まやかし」と断言した私の言葉は、彼らにとって、神を冒涜(ぼうとく)するにも等しい衝撃だっただろう。
「じゃあ、どうしろって言うんだ!」
物陰から、一人の痩せた男が、耐え切れずに声を上げた。
「俺たちには、祈る以外、何もなかったんだ!」
「そうよ! だから!」
私は、その男の目を、まっすぐに見つめ返した。
「『祈る』のをやめるの! そして、私と、この『死んだ土』に、『ごはん』をあげるのよ!」
「……ごはん、を……?」
「そう。神頼み(まやかし)じゃない。私たちが、この手で、『本物の土』を作るの!」
私は、鍬(もどき)を赤土に突き立てたまま、高らかに宣言した。
「私のスキルは【害虫駆除】。畑を荒らす『敵』は、私がすべて排除する」
「……」
「だから、あなたたちは、私の『指導』に従って、『土』を作ってちょうだい!」
それが、ファティマ(みのり)の、この不毛の地における、最初の「農業指導」だった。
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