『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』

とびぃ

文字の大きさ
12 / 50
第三章:開拓

3-3:堆肥(ほうじょう)への第一歩

しおりを挟む
「土を、作る……?」
エドガーが、私の言葉を、まるで理解できない外国語でも聞くかのように繰り返した。その氷の瞳は、理性を超えた現象(昨日のスキル)を目の当たりにした後だというのに、今度の私の「非現実的な言葉」には、より深い懐疑の色を浮かべていた。
「そうだ。土は、作れる」
私の(みのりの)言葉に、迷いはない。
「土は、石ころが砕けた『砂』と、水と、空気と、そして『有機物』……つまり、かつて生きていたモノが腐ったもの(・・・・・)でできている」
(……専門用語はダメ。もっと、彼らにわかる言葉で)
「いいこと? この赤土は、ただの『砂』よ。だから、水も『ごはん』も蓄えられない。だから、ここに、無理やり『ごはん』をぶち込むの」
「……ごはん、とは、一体……」
「『腐ったもの』よ」
私は、きっぱりと言い放った。
「……腐った、もの……?」
集まった村人たちの顔が、一斉に恐怖と嫌悪で引きつった。さっきまで私を「魔女」として恐れていた視線が、今度は「気が触れた女」を見る視線に変わる。
「何を言っているんだ、あのお嬢様は」
「腐ったものを畑に? 気が触れたのか?」
「だから、魔女だと……」
ああ、やっぱり、この反応。
前世(にっぽん)で、化学肥料(聖女の祈り)に慣れきった農家さんに、初めて「堆肥(ゆうきひりょう)を使ってみませんか」と提案した時の、あの冷ややかな反応とそっくりだ。
(……懐かしいわ、このアゲインストな感じ)
私は、思わず笑みがこぼれそうになるのを、必死で堪えた。
「エドガー村長」
「……はい」
「この村に、家畜は? 牛でも、馬でも、ニワトリでも」
「……おりますが。……痩せこけて、乳も卵もろくに産みませんがね。もはや、家族同然……いえ、無駄飯食らいの厄介者です」
「その『厄介者』の『フン』は、どうしている?」
「……フン、でございますか」
エドガーは、いよいよ私が、高貴な生まれ故に「そういうこと(・・・・・)」に疎い、世間知らずのお嬢様だと確信したようだった。その目に、わずかな侮蔑すら浮かんでいる。
「……村のはずれに、まとめて捨てておりますが。……何か?」
「……馬鹿!」
私は、思わず叫んでいた。
農協職員(みのり)として、看過できない「資源の無駄遣い」に、理性が飛んだ。
「ば……!?」
「あなたたち、黄金(きん)をドブに捨てているのと同じよ! なぜ、それを使わない!」
「黄金!? あれ(フン)が!?」
「そうよ! それこそが、作物の『ごはん』になる、第一の材料じゃないの!」
私は、集会所の壁に、昨日見つけた「炭」の欠片で、地面に簡単な図を描き始めた。
(……コンポスト・ボックスの設計図、というには、あまりにもお粗末だけど)
「いい? まず、村のはずれの、日当たりが良くて、水はけのいい場所を選ぶの。そこに、大きな『箱』を作る」
「……箱?」
「木で、枠組みを作るのよ。通気性が大事だから、壁は隙間だらけでいい。大きさは……そうね、この集会所の半分くらい」
「そ、そんな大きな箱を……何のために」
「そこに、あなたたちが『ゴミ』だと思っているものを、全部、層(レイヤー)にして重ねていくの」
私は、地面に線を引いていく。
「一番下に、枯れ枝。空気の通り道よ」
「次に、枯れ葉。茶色いもの(炭素源)。これは『エネルギー』」
「その上に、家畜のフン。緑色のもの(窒素源)。これが『ごはん』の素」
「そして、生ゴミ。野菜くず、食べ残し。これも『ごはん』」
「最後に、この『死んだ赤土』を、薄く被せる。……こうして、何層にも、何層にも、サンドイッチみたいに重ねていくの!」
私は、興奮して、一気にまくし立てた。
前世(にっぽん)の農業高校で、初めて「堆肥(コンポスト)」の作り方を学んだ時の、あのワクワク感が蘇る。
だが、
「…………」
「…………」
村人たちも、エドガーも、誰一人として、私の言葉を理解していなかった。
彼らは、私が地面に描いた図形と、興奮して頬を紅潮させている私(ファティマ)の顔を、ただただ、呆然と、あるいは「やっぱりこのお嬢様は気が触れている」とでも言いたげな目で、見ているだけだった。
(……だめだ、伝わらない)
この絶望的なまでの「知識の断絶」。
彼らにとって、「フン」は「汚物」であり、「枯れ葉」は「ゴミ」でしかない。
それを集めて、混ぜて、「ごはん」にする、という発想が、そもそも存在しないのだ。
「……ファティマ様」
エドガーが、重い口を開いた。
「……お戯(たわむ)れは、それくらいにしていただきたい。我々は、貴族様の『お遊び』に付き合っているほど、暇では……」
「お遊びじゃない!」
私は、彼の言葉を遮った。
「……もういいわ」
私は、炭を投げ捨て、手に持った鍬(もどき)を、肩に担いだ。
「……どこへ?」
「『黄金』を、拾いに行くのよ」
「……は?」
「言葉でわからないなら、見せるしかないわ。……ついてきなさい、エドガー村長。あなたたちが、どれほどの『宝』を無駄にしてきたか、その目で確認させてあげる」
私は、そう言い放つと、エドガーの返事も待たずに、村のはずれへと歩き出した。
彼が言っていた「フンを捨てている場所」へと。
(……ああ、もう! じれったい!)
ファティマ(公爵令嬢)としての、か細い理性は、もうどこかへ消え失せていた。
今の私は、現場(はたけ)の非効率なやり方(・・・・・)に業(ごう)を煮やし、自ら軽トラ(くわ)に乗り込む、農協職員・畑中みのり、そのものだった。
「……やれやれ」
背後で、エドガーの、深いため息が聞こえた。
「……どうやら、とんでもない『嵐』が、この村にやってきたらしいわい」
彼は、そう呟くと、観念したように、私の後を追って歩き始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

精霊士養成学園の四義姉妹

霧島まるは
ファンタジー
精霊士養成学園への入園条件は三つ。  1.学業が優秀な平民であること  2.精霊教神官の推薦を得られること  3.中級以上の精霊の友人であること ※なお、特待生に関してはこの限りではない 全寮制のこの学園には、部屋姉妹(スミウ)という強制的な一蓮托生制度があった。 四人部屋の中の一人でも、素行不良や成績不振で進級が認められない場合、部屋の全員が退園になるというものである。 十歳の少女キロヒはそんな情報を知るはずもなく、右往左往しながらも、どうにか学園にたどり着き、のこのこと「屋根裏部屋」の扉を開けてしまった。 そこには、既に三人の少女がいて── この物語は、波風の立たない穏やかな人生を送りたいと思っていた少女キロヒと、個性的な部屋姉妹(スミウ)たちの成長の物語である。 ※読んでくださる方へ  基本、寮と学園生活。たまに戦闘があるかも、な物語です。  人を理不尽に罵倒する言葉が出ます。  あなたの苦手な生き物の姿に似た精霊が出る場合があります。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

処理中です...