『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』

とびぃ

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第三章:開拓

3-4:泥まみれの公爵令嬢

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村のはずれ、風下に位置するその場所は、エドガーの言葉通り、村中の「不要物」が打ち捨てられる場所だった。
家畜のフンが、雨風にさらされたまま、小高い丘のようになっている。その周囲には、野菜くずや、何の動物のものかわからない骨、破れた布切れなどが、無秩序に散乱していた。
(……これは……)
鼻を突く、強烈なアンモニア臭。
だが、私(みのり)にとっては、それは「悪臭」ではなく「可能性の匂い」だった。
(……ダメだ、これ。雨ざらしで、有益な窒素分(・・)が全部流れ出ちゃってる。しかも、嫌気性発酵(けんきせいはっこう)を起こしかけてる。これじゃあ、ただの『臭いゴミ』だわ)
(でも、量は、ある……!)
村人たちの食料事情から考えれば、家畜も痩せ細っているはず。フンの量など、たかが知れていると思っていた。だが、この土地に移り住んでから何百年分(・・・・・)とは言わないまでも、何十年分もの「無駄」が、ここに堆積している。
「……ひどいお見苦しいものを」
エドガーが、私から数歩離れた場所で、顔をしかめて言った。貴族の令嬢を、こんな「ゴミ捨て場」に案内することになろうとは、彼も想像していなかっただろう。
「……お見苦しい?」
私は、肩に担いでいた鍬(もどき)を、フンの丘の前に突き立てた。
「エドガー村長。私には、これが『黄金の山』に見えるわ」
「……ご冗談を」
「冗談じゃない」
私は、パーティー用のドレスの裾が、汚物の汁で汚れるのも構わず、思い切りまくり上げた。
(……ああ、もう! このドレス、邪魔!)
破れたシルクの生地を、足の付け根で固く結ぶ。即席の「モンペ」スタイルだ。
「ファ、ファティマ様!? そのような、はしたない格好を!」
エドガーが、貴族令嬢の(あるまじき)姿に、慌てふためいている。
うるさい。
こっちは、これから「仕事(はたけしごと)」なんだ。
私は、鍬(もどき)を両手で握りしめた。
(……重い。バランスが悪い。石の刃じゃ、大して掘れない)
(でも、やるしかない)
「ふんっ!」
私は、農協職員時代に、組合員さんの畑で鍛えた腰の入れ方(・・・・・)で、鍬(もどき)を、固く堆積したフンの山に、力任事に叩きつけた。
ガッ、と鈍い音がして、石の刃が、乾燥した表層をわずかに崩す。
(……浅い! もっと、深く!)
「はあっ!」
二度、三度と、体重を乗せて振り下ろす。
私の(ファティマの)体は、見た目によらず頑丈だが、いかんせん「農作業」に必要な筋肉が、まったく足りていない。
すぐに息が上がり、額に汗が滲む。
「ファティマ様、だから、おやめください! そのようなことは、我々、下賤(げせん)の者が……」
「うるさい!」
私は、エドガーの制止を、怒鳴りつけるように遮った。
「見てわからないの!? これは『下賤の者の仕事』じゃない! この村の『未来』を作る、一番、大事な仕事よ!」
ぜえぜえ、と荒い息をつきながら、私はエドガーを睨みつけた。
「……あなたたちは、『腐ったもの』を恐れている。……でも、土の中で、何が起こっているか、知っている?」
「……?」
「このフンも、枯れ葉も、生ゴミも……土の中に棲む、小さな、小さな『生き物(びせいぶつ)』たちが、食べて、分解して、『作物のごはん』に変えてくれているのよ!」
(……微生物。彼らに、この概念が伝わるか?)
(でも、言うしかない!)
「私たちは、その『生き物』たちが、働きやすい『お家』を作ってあげるだけ! それが、あの『箱(コンポスト・ボックス)』であり、今、私がやっている『これ(切り返し)』よ!」
私は、鍬(もどき)で、掘り起こしたフンと、その下にあった枯れ葉を、無理やり混ぜ合わせた。
(……酸素(くうき)が足りない。もっと、空気を入れて、好気性発酵(こうきせいはっこう)を促さないと……!)
泥と、汗と、汚物の匂い。
それが、私の顔に、髪に、容赦なく飛び散る。
だが、不思議なことに、まったく「不快」ではなかった。
(……ああ、これだ)
(……この匂い。この感触)
王都の、あの息が詰まるような、香水と欺瞞(ぎまん)に満ちたパーティー会場よりも。
今、この、生命の「循環」の現場(・・)にいることの方が、よほど、私の「心」は安らいでいた。
(……落ち着く)
土を触っていると、私は「畑中みのり」に戻れる。いや、ファティマ(わたし)の、本来いるべき場所に還ってきた、という確信が持てる。
「……お、おい……見ろよ……」
「……公爵令嬢様が……フンを、掘ってるぞ……」
いつの間にか、遠巻きに、数人の村人たちが集まってきていた。
彼らは、私を恐れていた、あの「魔女」を見る目とは違う、もっと根源的な、信じられないものを見る目で、私のことを指差していた。
「……気が、触れてやがる……」
「……ああ、王都の貴族様は、ついに……」
彼らの囁き声が、風に乗って聞こえてくる。
だが、私は、もう止まらない。
「エドガー! ぼさっと見てないで、あなたもやりなさい! そこに転がってる、適当な木の枝でもいいわ! これを、混ぜるの! 空気を、入れるのよ!」
「わ、私に、命令を……!?」
「そうよ! あなたはここの村長でしょう!? 村の未来を、私(よそもの)一人に掘らせておいて、恥ずかしくないの!?」
私は、泥まみれの顔で、彼を、そして遠巻きに見ている村人たち全員を、睨みつけた。
「……あなたたちもよ! そこで見てないで、枯れ葉を集めてきなさい! この『黄金』に混ぜる『エネルギー』が、もっと必要なの!」
私の剣幕に、村人たちがビクリと肩を震わせる。
だが、誰も動かない。
恐怖でもなく、不信でもなく、ただ「何を言われているのかわからない」という、純粋な「困惑」が、その場を支配していた。
(……ダメだ、このままじゃ……!)
私の体力も、魔力(?)も、もう限界に近い。
このまま、私一人が空回りして倒れれば、すべてが「狂人の戯言」で終わってしまう。
(……誰か、一人でいい。私の「言葉」じゃなく、この「意味」を、理解してくれる人は……!)
私が、焦燥感(しょうそうかん)で唇を噛み締めた、その時だった。
「……やれやれ。こんな泥まみれの公爵令嬢など、後にも先にも、あんただけだろうよ」
低い、呆れたような、それでいて、どこか楽しむような声が、村の入り口の方から、聞こえた。
「……え?」
私と、エドガーと、村人たちが、一斉に、その声のした方を振り返る。
そこに立っていたのは、男だった。
鉛色の空の下でも、その存在感を隠しきれない、長身の男。
使い古された旅装束に身を包んでいるが、その立ち姿には、そこらの農夫や衛兵とは、明らかにモノが違う、鍛え抜かれた「強さ」が滲み出ている。
背には、身の丈に合わぬ、巨大な剣(・・)を背負っていた。
その男は、私(ファティマ)の、この世で最もみっともない、泥と汚物にまみれた姿を見ても、一切動じることなく、ただ、困ったように、しかし、どこか懐かしそうに、笑っていた。
「……久しぶりだな、ファティマ」
「……その声、……まさか」
「カイ……?」
私の口から、ファティマとしての、私自身も忘れていた、幼馴染の名前が、こぼれ落ちた。
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