『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』

とびぃ

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第四章:交流

4-5:辺境の守り神

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村の広場は、月明かりすらない、完全な闇に包まれていた。
いや、鉛色の雲が薄くかかっているせいで、世界全体が、まるで濃淡の違う「灰色」だけで構成されているかのようだった。
風の音に混じって、ギャア、ギャア、という、不快な、湿った鳴き声と、ガシャ、ガシャ、と、粗末な金属がぶつかり合う音が、村の入り口、あの折れかかった木の柵の向こうから、急速に近づいてくる。
(……ゴブリン)
(……害獣)
(……私の『畑(テリトリー)』を荒らしに来た、新たな『害』)
私の背後、集会所の扉が、ギィ、と、音を立てて、わずかに開いた。
カイと、エドガーが、信じられないものを見る目で、私の背中を見つめている。
「……ファティマ様! お戻りください! 貴女様お一人では!」
エドガーの、悲鳴のような声。
「……ファティマ! 馬鹿な真似はやめろ! 奴らは、イナゴやネズミとは、訳が違う!」
カイの、切迫した声。
(……うるさい)
(……わかってる)
私は、この状況で、不思議なほど、冷静だった。
ファティマ(公爵令嬢)としては、今すぐにでも逃げ出したいほど、怖い。
だが、畑中みのり(農協職員)としての私は、この、明確な「敵意」と「害意」に、怒り(・・)で、身が震えていた。
(……畑(テリトリー)だけじゃない)
(……この村(・・)も、私の『指導』する、大切な『現場(テリトリー)』だ)
(……そこに、土足で踏み込んで、食料(・・)と、子供(・・)を、奪う?)
(……冗談じゃない)
(……私の『組合員(むらびと)』に、手を出させるもんですか!)
私は、目を閉じた。
意識を、集中させる。
イナゴとネズミを相手にした時よりも、もっと深く、もっと広く、私の「認識」を、広げていく。
(……私の『畑(テリトリー)』は、あの『堆肥場』から、村の入り口の、あの折れた柵まで)
(……そして、この、村の、広場)
(……家々(・・)も、そこに怯えて暮らす、村人たち(・・・)も、すべて)
(……すべて、私の『管理領域(テリトリー)』だ!)
魔力が、湧き上がってくる。
昨日の、あの「枯渇」した感覚が嘘のように、私の中の「農協魂(いかり)」に呼応して、ファティマの体の奥底から、膨大な、冷たい「力」が、溢れ出してくる。
それは、昨日、イナゴたちに向けた「威圧」とは、明らかに「質」が違っていた。
(……あれは、『害虫』。……追い払う(・・・・・)、対象)
(……でも、こいつら(ゴブリン)は?)
(……『知性』を持って、『害』を為す)
(……『強盗』だ)
(……私の『組合員(むらびと)』の、『命』と『財産』を奪いに来た、『敵』!)
ガシャ! ギャアアア!
ついに、奴らが、来た。
折れた柵を、いとも簡単に蹴破り、十数匹の、醜悪な群れが、広場になだれ込んできた。
月明かりがなくとも、そのシルエットは、はっきりとわかった。
背は、人間の子供ほどしかない。だが、その手には、錆びた剣(・・)や、棍棒(・・)が握られている。
爛々(らんらん)と光る、貪欲(どんよく)な目。
彼らは、広場の真ん中に、たった一人で立つ、私(ファティマ)の姿を、見つけた。
ギャ、と、一匹が、喜びの声を上げる。
(……獲物(・・)だ、と?)
(……この、私を?)
(……舐めるなよ)
私は、カッと、目を見開いた。
そして、私の、ありったけの「怒り」と「殺意(・・)」――いや、「害虫(・・)を、駆除(・・)する」という、明確な「意志」を込めて、スキルを発動した。
「――この村(テリトリー)から、害を為すモノ(おまえたち)よ」
「――去れ(・・・・)!!!」
「――【生活魔法:害虫駆除】!!!!」
瞬間。
昨日、イナゴたちを襲った、「威圧」とは、比べ物にならない、純粋な「恐怖」の『波動』が、私を中心に、村全体へと、爆発的に、拡散した。
それは、もはや「威圧」などという、生易しいものではない。
「死」。
本能が、直接、叫び出す。
『天敵』『捕食者』『神』『死』
『ここにいてはならない』
『理解してはならない』
『見てはならない』
『逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ!!』
『死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ!!!!』
「……ギ!?」
「ギ、ギ、ギ、ギャアアアアアアアアアアアアア!?」
なだれ込んできたゴブリンたちが、一斉に、足を、もつれさせた。
彼らの、あの貪欲に光っていた瞳が、一瞬にして、恐怖(・・)で、白目を剥(む)いた。
あるものは、持っていた剣を取り落とし、泡を吹いて、その場に、失禁(しっきん)しながら、崩れ落ちた。
あるものは、仲間を踏みつけ、訳も分からないまま、絶叫し、今、来た道を、這(は)うようにして、逃げ戻っていく。
あるものは、私の「力」に、真正面から「認識」が耐えきれず、そのまま、脳(・・)が、焼き切れたかのように、白目を剥いて、動かなくなった。
それは、戦いですらなかった。
ただの、「駆除」だった。
数秒後。
あれほど響き渡っていた、不快な叫び声と、金属音は、完全に、消え失せた。
後に残ったのは、村の入り口に、折り重なるようにして倒れ、ピクピクと痙攣(けいれん)している、数匹のゴブリンの残骸と。
そして、
「…………」
「…………あ」
集会所の扉の隙間から、その光景(・・・)の、すべてを見ていた、カイと、エドガーの、息を、呑む音だけだった。
(……うそ)
(……また、やっちゃった)
私は、自分の、まだ「力」の余韻(よいん)で、ビリビリと震えている、手のひらを、見つめた。
(……【害虫駆除】、だよね?)
(……これの、どこが、『生活魔法』よ……)
(……イナゴやネズミは、『追い払う』だけだったのに)
(……『知性』と『害意』を持った、ゴブリン(・・)には、ここまで、効いちゃう(・・・・・)の?)
(……これじゃ、まるで、私……)
「……ま、……もり……」
「……守り神、様……」
背後で、エドガーの、震える声が、聞こえた。
彼が、集会所から、よろよろと、這い出てくる。
「……おお……! おお……!」
エドガーは、広場の入り口で、失禁し、動けなくなっているゴブリンの姿と、たった一人で、闇の中に、凛と、立ち尽くす、私(ファティマ)の姿を、交互に見比べ、
そして、
その場に、膝から、崩れ落ちた。
「……なんということだ……! 奇跡だ……! 我らの村に、本物の『守り神』様が、おいでなすった……!」
「……え?」
(……守り神?)
(……『魔女』、じゃなくて?)
「ファティマ!」
カイが、剣を握りしめたまま、エドガーの横を、駆け抜けて、私の元に、飛んできた。
彼の顔は、血の気が引いて、真っ青だった。
「……無事か!? ……いや、それより、今のは、一体……!」
彼は、私の「力」の、本質的な「ヤバさ」に、気づいている。
だが、
「……守り神様!」
「……助かった!」
「……魔物(ゴブリン)を、追い払ってくださったぞ!」
家々から、恐る恐る、顔を出した村人たちが、エドガーの「守り神」という言葉(キーワード)に、反応し、次々と、外に、出てきた。
彼らは、もう、私を、恐れてはいなかった。
彼らの瞳に宿っていたのは、恐怖ではなく、狂信(・・)にも似た、熱に浮かされたような「感謝」と「崇拝」の光だった。
(……ああ)
(……まずい)
(……私、『魔女』から、『守り神』に、ジョブチェンジしちゃった……)
私は、この、村人たちの、熱狂的な「崇拝」の視線を浴びながら、
(……どっちも、イヤよ!!!)
(……私は、ただの、農業指導員だって、言ってるでしょ!!)
心の中で、そう、絶叫するしかなかった。
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