『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』

とびぃ

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第六章:大蝗害(王都の混乱)

6-4:祈りの無力

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「セシリア! 聞こえているな!」
アルフレッド王子がもはや王族としての体面すらかなぐり捨て、セシリアの両肩を掴み激しく揺さぶった。その顔は恐怖で引きつり、瞳は狂的な光を宿している。彼は理解を超えた厄災を前にし、唯一すがるものを見つけた者の盲目的な圧力を放っていた。
「お前の祈りだ! お前の【豊穣の祈り】で、あの忌々しい虫けらどもを追い払うのだ!」
「あ、……アルフレッド様……! で、でも……!」
セシリアの頭の中はパニックで真っ白になっていた。
(……イナゴ? あんな、おびただしい数の?)
(……私の力は【豊穣の祈り】。作物を育てるための力……)
(……虫を追い払うなんて、そんなこと……!)
「何をぐずぐずしている! 早くしろ!」
アルフレッドの期待の眼差しは、もはや懇願(こんがん)を通り越し、狂気(きょうき)を帯び始めていた。「お前は『真の聖女』なのだろう!? あのファティマのような『害虫駆除』の外れスキルとは違うのだろう!?」
「は、……はい!」
(……そうだ。私は聖女。ファティマ様とは違う)
セシリアはアルフレッドの言葉だけにすがるように自分を奮い立たせた。今、この国を守れるのは自分しかいないのだ、と。
「やります! 私、祈ります!」
彼女はアルフレッドの手を振り払い、王宮の一番高いバルコニーへと駆け出した。
眼下には王都の美しい街並みが広がっている。だが、その東の空。地平線の彼方がすでに黒く淀(よど)み始めていた。あの不吉な羽音が風に乗ってここまで届き始めている。それは遠雷のようでもあり、無数の怨嗟の声のようでもあった。地上の影が急速に色濃くなっていく。まるで世界が黒インクに浸されていくかのように、東から闇が這い寄ってくる。
「神よ……! どうか、この聖女セシリアの祈りを、聞き届け……!」
セシリアは両手を天に突き上げ、ありったけの魔力を練り上げた。彼女の桜色の髪が逆立ち、その華奢な体から淡い光の柱が立ち上る。
「王国(わたし)の民を、作物(いのち)を、お守りください!」
「【豊穣の祈り】!!!!」
魔力が爆発した。聖女の全力の祈りが、王都全域と、その周辺の穀倉地帯に光の雨となって降り注いだ。
だが、
「…………」
「…………え?」
セシリアは目を見開いた。
何も起こらない。いや、
ブウウウウウウウウウン!!
東の空の「黒い闇」は、彼女の聖なる光の雨などまるで意にも介さないとでもいうように、その速度を一切緩めず、むしろ勢力を拡大させながら王都へと迫ってくる。
「そ、そんな……!?」
「なぜ……!? なぜ効かないの……!?」
アルフレッドがセシリアの背後で絶望に染まった声を上げた。
理由は単純だった。聖女の【豊穣の祈り】は、あくまで大地と作物に作用するスキル。それは土地の生命力を「前借り」して作物の成長を促す力だ。
だが、蝗(イナゴ)は大地でも作物でもない。彼らはただ空を飛び、食料を求める「獣」だ。聖女の祈りがどれほど神聖な光を放とうとも、彼らには何の影響もない。
それどころか。
「……ああ……!」
セシリアは見てしまった。
彼女の全力の祈り(魔力)を浴びた、王都周辺の畑。ただでさえ連作障害で痩せ細り、疲れ切っていたその畑の作物たちが、聖女の最後の一押し(ドーピング)でなけなしの生命力を振り絞り、最後の輝きを放った、その瞬間を。
蝗(イナゴ)の大群が、まるで「ご馳走(・・)が用意された!」と言わんばかりに、その「光る畑」へと狂喜乱舞しながら殺到したのを。
「いやああああああああああああああああ!!!!」
聖女セシリアの絶叫が王宮に響き渡った。
彼女の祈りは、厄災を払うどころか、厄災に最高の「餌」を提供してしまったのだった。
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