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第八章:災厄
8-3:鍬と鎌の壁
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「―――邪魔だ、裏切り者!」
騎士団長が、その、鍛え上げられた、鋼鉄の、鎧(ガントレット)で、カイを、突き飛ばそうと、した。彼は、この集会所という狭い空間で、カイの巨大な剣(クレイモア)は、不利だと踏んだのだ。
だが、
「……っ!」
カイは、その、巨大な剣(クレイモア)を、床に、突き立て、まるで、大樹の、根のように、その場から、一歩も、動かなかった。突き飛ばそうとした騎士団長の方が、むしろ、バランスを崩しかける。
「……通す、わけには、いかないな。ここは、俺たちの『職場(テリトリー)』だ」
「……ほざけ!」
騎士団長が、剣を、振りかぶる。その剣筋は、王都随一の、洗練された「殺意」だった。
「……こいつは、俺が、やる! お前たちは、さっさと、あの、女(ファティマ)と、爺(エドガー)を、捕らえろ! 穀物(むぎ)を、確保しろ!」
「「「はっ!!」」」
カイと、騎士団長が、一対一で、睨み合う、その、脇を、残りの、十九名の、騎士たちが、まるで、鋼鉄の、濁流のように、私と、エドガー、そして、その、背後の、麦の山へと、殺到した。彼らの鎧がぶつかり合う、ガシャ、ガシャ、という無機質な音が、集会所を満たす。彼らにとって、これはもはや「交渉」ではなく、ただの「制圧」であり「強奪」だった。
(……カイ!)
(……十九人、相手に、私(みのり)が、守れる!?)
私の(ファティマの)、戦闘経験など、ゼロ。
スキル(・・)のことは、頭にあった。だが、あのゴブリンの時とは違う。相手は、武装した、王国最強の「人間」だ。
私が、覚悟を、決める、前に。
「―――おやめください!!」
集会所の、入り口から、枯れ木が、叫ぶような、甲高い、しかし、決して、折れない、声が、響き渡った。
エドガー組合長。
彼は、腰を、抜かした、宰相とは、対照的に、その、痩せこけた、胸を、張り、騎士たちの、前に、両手を、広げて、立ちはだかった。その姿は、あまりにも、無力で、小さかったが、その背中には、この村の、数百年の「絶望」と、この一年で手に入れた「誇り」の、すべてが、宿っていた。
「……どけ、爺」
「……ここを、通す、わけには、まいりません」
「……死にたいか?」
騎士の、一人が、無感情に、剣の、切っ先を、エドガーの、喉元に、突きつける。磨き上げられた鋼鉄が、エドガーの、皺(しわ)だらけの、首筋を、わずかに、切り裂き、血が、一筋、流れた。
だが、エドガーは、その、氷の、瞳で、騎士を、睨みつけたまま、一歩も、引かなかった。
「……これは」
「……これは、我ら、『棄民(きみん)』が、……ファティマ先生と、共に、……あの、死んだ、土地から、……一年、かけて、……生み出した、……我らの、『命』だ!」
「……それを」
「……聖女の、祈り(まやかし)に、あぐらを、かいていた、貴様ら(おうと)に、……一粒たりとも、くれてやる、ものか!!」
エドガーの、魂からの、叫び。それは、飢えに、苦しんだ、すべての、祖先たちの、声でも、あった。
「……何を、言っている、この、爺は……!」
騎士が、その、言葉の、意味(かくご)を、理解できず、戸惑う。
その、瞬間。
「「「そうだ!!」」」
「「「村長の、言う通りだ!!」」」
ド、ド、ド、ド、と、地響きが、した。
集会所の、入り口から、そして、塞がれていなかった、窓から、なだれ込んでくる、人、人、人。
村人たちだ。
宰相が、到着した時、遠巻きに、眺めていただけの、あの、痩せこけた、亡霊のような、民。
だが、今の、彼らの、顔は、違った。
その、目には、「活気」と、そして、何よりも、自分たちの「財産」を、奪おうとする、強盗(きし)への、明確な「怒り」が、燃え盛っていた。
「……俺たちの、畑を、荒らすな!」
「……この、麦は、俺たちの、子供の、命だ!」
「……守り神(ファティマ)様に、手を、出すな!」
彼らの、手には、剣も、鎧も、ない。
あるのは、
昨日まで、あの、黒土を、耕していた、泥の、ついた、「鍬(くわ)」。
黄金の、麦を、刈り取った、「鎌(かま)」。
堆肥を、切り返した、「ピッチフォーク(もどき)」。
彼らは、その、生活(いのち)の、ための、道具を、武器として、握りしめ、次々と、エドガーの、隣に、並んでいく。
痩せた、母親。
腰の、曲がった、老人。
まだ、幼さの、残る、少年。
その、全員が、十九名の、完全武装の、近衛騎士団の、前に、……血と、汗と、泥で、汚れた、「鍬と鎌の壁」を、築いたのだ。
それは、あまりにも、みすぼらしく、あまりにも、頼りない、しかし、この、王国で、今、最も、強固な、「壁」だった。
騎士団長が、その、鍛え上げられた、鋼鉄の、鎧(ガントレット)で、カイを、突き飛ばそうと、した。彼は、この集会所という狭い空間で、カイの巨大な剣(クレイモア)は、不利だと踏んだのだ。
だが、
「……っ!」
カイは、その、巨大な剣(クレイモア)を、床に、突き立て、まるで、大樹の、根のように、その場から、一歩も、動かなかった。突き飛ばそうとした騎士団長の方が、むしろ、バランスを崩しかける。
「……通す、わけには、いかないな。ここは、俺たちの『職場(テリトリー)』だ」
「……ほざけ!」
騎士団長が、剣を、振りかぶる。その剣筋は、王都随一の、洗練された「殺意」だった。
「……こいつは、俺が、やる! お前たちは、さっさと、あの、女(ファティマ)と、爺(エドガー)を、捕らえろ! 穀物(むぎ)を、確保しろ!」
「「「はっ!!」」」
カイと、騎士団長が、一対一で、睨み合う、その、脇を、残りの、十九名の、騎士たちが、まるで、鋼鉄の、濁流のように、私と、エドガー、そして、その、背後の、麦の山へと、殺到した。彼らの鎧がぶつかり合う、ガシャ、ガシャ、という無機質な音が、集会所を満たす。彼らにとって、これはもはや「交渉」ではなく、ただの「制圧」であり「強奪」だった。
(……カイ!)
(……十九人、相手に、私(みのり)が、守れる!?)
私の(ファティマの)、戦闘経験など、ゼロ。
スキル(・・)のことは、頭にあった。だが、あのゴブリンの時とは違う。相手は、武装した、王国最強の「人間」だ。
私が、覚悟を、決める、前に。
「―――おやめください!!」
集会所の、入り口から、枯れ木が、叫ぶような、甲高い、しかし、決して、折れない、声が、響き渡った。
エドガー組合長。
彼は、腰を、抜かした、宰相とは、対照的に、その、痩せこけた、胸を、張り、騎士たちの、前に、両手を、広げて、立ちはだかった。その姿は、あまりにも、無力で、小さかったが、その背中には、この村の、数百年の「絶望」と、この一年で手に入れた「誇り」の、すべてが、宿っていた。
「……どけ、爺」
「……ここを、通す、わけには、まいりません」
「……死にたいか?」
騎士の、一人が、無感情に、剣の、切っ先を、エドガーの、喉元に、突きつける。磨き上げられた鋼鉄が、エドガーの、皺(しわ)だらけの、首筋を、わずかに、切り裂き、血が、一筋、流れた。
だが、エドガーは、その、氷の、瞳で、騎士を、睨みつけたまま、一歩も、引かなかった。
「……これは」
「……これは、我ら、『棄民(きみん)』が、……ファティマ先生と、共に、……あの、死んだ、土地から、……一年、かけて、……生み出した、……我らの、『命』だ!」
「……それを」
「……聖女の、祈り(まやかし)に、あぐらを、かいていた、貴様ら(おうと)に、……一粒たりとも、くれてやる、ものか!!」
エドガーの、魂からの、叫び。それは、飢えに、苦しんだ、すべての、祖先たちの、声でも、あった。
「……何を、言っている、この、爺は……!」
騎士が、その、言葉の、意味(かくご)を、理解できず、戸惑う。
その、瞬間。
「「「そうだ!!」」」
「「「村長の、言う通りだ!!」」」
ド、ド、ド、ド、と、地響きが、した。
集会所の、入り口から、そして、塞がれていなかった、窓から、なだれ込んでくる、人、人、人。
村人たちだ。
宰相が、到着した時、遠巻きに、眺めていただけの、あの、痩せこけた、亡霊のような、民。
だが、今の、彼らの、顔は、違った。
その、目には、「活気」と、そして、何よりも、自分たちの「財産」を、奪おうとする、強盗(きし)への、明確な「怒り」が、燃え盛っていた。
「……俺たちの、畑を、荒らすな!」
「……この、麦は、俺たちの、子供の、命だ!」
「……守り神(ファティマ)様に、手を、出すな!」
彼らの、手には、剣も、鎧も、ない。
あるのは、
昨日まで、あの、黒土を、耕していた、泥の、ついた、「鍬(くわ)」。
黄金の、麦を、刈り取った、「鎌(かま)」。
堆肥を、切り返した、「ピッチフォーク(もどき)」。
彼らは、その、生活(いのち)の、ための、道具を、武器として、握りしめ、次々と、エドガーの、隣に、並んでいく。
痩せた、母親。
腰の、曲がった、老人。
まだ、幼さの、残る、少年。
その、全員が、十九名の、完全武装の、近衛騎士団の、前に、……血と、汗と、泥で、汚れた、「鍬と鎌の壁」を、築いたのだ。
それは、あまりにも、みすぼらしく、あまりにも、頼りない、しかし、この、王国で、今、最も、強固な、「壁」だった。
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