『偽聖女』として追放された薬草師、辺境の森で神薬を作ります ~魔力過多で苦しむ氷の辺境伯様を癒していたら、なぜか溺愛されています~

とびぃ

文字の大きさ
3 / 46
第1章:偽聖女の烙印

1-3:偽りの光と断罪

しおりを挟む
「アデリーナ!」
王太子ジェラルドは、今にも泣き崩れそうな妹を、力強く、そして優しく抱き寄せた。その瞳は、ルシルには一度も見せたことのない、甘く、とろけるような光を宿している。
「そうか、苦しかったな。お前こそが、真の聖女であったか」
ジェラルドの声音は、ルシルの心臓をさらに冷たく打ち据えた。彼の庇護欲と、アデリーナへの盲目的な信頼が、その場にいる全ての真実を歪めていく。
「違います、殿下! お願いです、聞いてください! わたくしの力は、『神聖原液』の精製こそが、この国の命脈を繋ぐ、真の聖女の証です! アデリーナの光の癒しなど、重傷や呪いには全く効果がありません!」
ルシルは一歩前に踏み出したが、その言葉は完全に空を切った。
「黙れ!」
ジェラルドの怒声が、謁見の間を震わせた。その眼光は鋭く、長年連れ添った婚約者に向けられるものではなく、まるで石ころか虫けらに向けるかのようだった。
「お前の地味で陰気な薬草いじりが聖女の証だと? 笑わせるな! 聖女とは、光り輝き、民の心を安堵させる存在だ! この、真実の光を見ても、同じことが言えるか!」
ジェラルドが威圧的に言い放つと、アデリーナは、抱き寄せられた腕から身を離し、再び舞台の中央へと進み出た。
彼女は息を吸い込み、細く優雅な両手を天に向かって掲げた。
次の瞬間、謁見の間に満ちていたシャンデリアの光や、窓から差し込むはずのない微かな光が、まるで意思を持ったかのようにアデリーナの掌へと収束していく。
光の粒子が螺旋を描き、彼女の周りを巡る。その光はあまりにも眩く、鮮烈で、まるで太陽そのものが降りてきたかのようだ。
「おお!」
「なんと神々しい! これこそ、真の聖女の力だ!」
集まっていた貴族たちから、驚きと感嘆、そして盲信に満ちた声が漏れ出す。彼らの瞳は、ルシルを完全に無視し、ただアデリーナの作り出した光に釘付けになっていた。
(あれは、初級の『集光』の魔術と、魔力による光の屈折を組み合わせた、治癒能力のない、ただの演出よ!)
ルシルは、薬草師として、そして魔力の本質を知る者として、その魔術の「種」を即座に見抜いた。彼女の知る限り、あれは見た目の派手さとは裏腹に、軽い擦り傷さえ治せない、全く無力な魔術だった。
ルシルは唇を強く噛み、必死で抵抗を試みた。
「殿下! あれは幻です! 治癒力はゼロです! 騎士団長様の呪いは、あの光では決して解けません!」
「黙れ、嫉妬に狂った毒婦め!」
ジェラルドはルシルの必死な弁解を、単なる負け惜しみと断じた。
「これこそが聖女の力だ! お前の陰湿な薬草など、光の前では無力に等しい! 衛兵! ルシルが持っている『毒』を検めよ! 二度と、この聖なる光に近づけさせるな!」
衛兵の一人が、ルシルから乱暴に鉛のケースを奪い取り、鑑定官に渡す。
鑑定官は、権威を示すためにあえて大袈裟な動作で原液の匂いを嗅ぎ、銀の匙で少量を取り出した。その液体は、純粋な琥珀色ではなく、微かに黒い粒子が混ざった、不吉な色合いを帯びていた。
鑑定官は、顔面蒼白になり、震える声で絶叫した。
「こ、これは! 魔獣の神経を麻痺させ、昏睡状態を長引かせる『黒祈草の毒』! しかも、純度が非常に高い! 間違いありません!」
(すり替えられた!)
ルシルの瞳から光が消えた。全身の力が抜け落ち、その場に崩れ落ちそうになるのを、辛うじて堪える。
徹夜で精製したはずの『神聖原液』は、いつの間に、誰によって『黒祈草の毒』にすり替えられたのか。
ルシルは虚ろな目でアデリーナを見た。アデリーナは、光の魔術を解いた後、そっとジェラルドの背後に隠れ、ルシルに向かって口元だけで、無言の笑みを浮かべた。その目は、冷たく、勝利に満ちていた。
「ルシル! 貴様、ついに正体を現したな!」
ジェラルドの顔が、怒りと、裏切られたという思い込みで、醜く歪む。
「弁解の余地もあるまい! 貴様は聖女の名を騙り、アデリーナの才能に嫉妬し、あろうことか国家の柱たる騎士団長を毒殺しようとした! もはや『偽聖女』どころか、国家反逆者だ!」
彼の言葉の一つ一つが、ルシルの胸に突き刺さり、内側から血を流させているようだった。
「違います! 殿下、どうか、どうかもう一度、わたくしに原液を精製させてください! 本物の薬ならば、必ず真実を証明できます!」
ルシルは、最後の力を振り絞って訴えたが、ジェラルドの耳には届かない。
「見苦しい! その腐りきった魂ごと、消え失せろ!」
ジェラルドは、ルシルの言葉を最後まで聞こうともしなかった。彼の脳裏には、アデリーナの悲劇的な涙と、彼女の神々しい光の幻影しか残っていなかったのだ。
「ルシル・フォン・クライネル! 本日この時をもって、貴様との婚約を破棄する! そして『偽聖女』として、最も危険な魔獣の跋扈する『嘆きの森』へ、永久追放と処す!」
それは、死刑宣告と何ら変わらない、冷酷非情な断罪だった。
ルシルは、玉座の下に倒れ込んだ。目の前で、アデリーナのドレスの裾が、静かに揺れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】そうは聖女が許さない〜魔女だと追放された伝説の聖女、神獣フェンリルとスローライフを送りたい……けど【聖水チート】で世界を浄化する〜

阿納あざみ
ファンタジー
光輝くの玉座に座るのは、嘘で塗り固められた偽りの救世主。 辺境の地に追いやられたのは、『国崩しの魔女』の烙印を押された、本物の奇跡。 滅びゆく王国に召喚されたのは、二人の女子高生。 一人は、そのカリスマ性で人々を魅了するクラスの女王。 もう一人は、その影で虐げられてきた私。 偽りの救世主は、巧みな嘘で王国の実権を掌握すると、私に宿る“本当の力”を恐れるがゆえに大罪を着せ、瘴気の魔獣が跋扈する禁忌の地――辺境へと追放した。 だが、全てを失った絶望の地でこそ、物語は真の幕を開けるのだった。 △▼△▼△▼△▼△ 女性HOTランキング5位ありがとうございます!

処理中です...