『偽聖女』として追放された薬草師、辺境の森で神薬を作ります ~魔力過多で苦しむ氷の辺境伯様を癒していたら、なぜか溺愛されています~

とびぃ

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第3章:森の工房とスローライフの始まり

3-3:薬草師の狩猟

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追放、三日目の朝。
ルシルは、昨日よりも深刻な空腹と共に目覚めた。胃の奥から湧き上がる虚脱感は、体に蓄積されていた魔力が、生命維持のために使われ始めている証拠だった。
(食べなければ、動けない。このままでは、小屋を修復した意味がない)
水は清流で確保できる。だが、食料は、この森から調達するしかない。
彼女の武器は、ナイフ一本と「薬草学」の知識。この二つをどう組み合わせるか。
ルシルは小屋から一歩踏み出し、朝靄の森を注意深く観察した。
(まずは、植物性の食料。確実で、毒のないものを)
彼女は、地面の苔の生え方や、特定の薬草の群生する場所に目をつけた。薬草師の知識によれば、良質な薬草の周りには、土壌の栄養分が高いため、食用となる植物も豊富に育つ傾向がある。
(あれは、『王様の笠』。毒々しい赤色だけど、猛毒の『道化師の涙』とはカサの裏のヒダが違う。これは、上質な食用キノコよ)
王宮の書庫で学んだ知識が、今、彼女の命を支える実践的な力として機能していた。キノコを慎重にナイフで切り取り、昨日見つけた大きめの葉(『大地の絆創膏』)に包む。さらに、甘酸っぱい香りを放つ木の実も見つけた。
(これで、最低限の糖分は摂れる。命を繋ぐには十分)
だが、体力を維持するには、タンパク質が不可欠だ。
(狩り、なんてしたことがない)
ナイフ一本でウサギを仕留める技術も、魔獣に立ち向かう勇気もない。ルシルは、森の暴力を前に、自身の非力さを再び痛感する。
(でも、薬草師には、薬草師のやり方がある)
彼女の思考は、すぐに「毒」と「麻痺」という選択肢へと切り替わった。
ルシルは、清流に向かった。
水面を覗き込むと、手のひらサイズの川魚が、水の底の石の間を優雅に、しかし素早く泳いでいるのが見える。
(あの魚を、どうやって)
網はない。釣り竿もない。
彼女は、水辺に生えている植物に目をやった。
(あった。『痺れ蔓(しびれかずら)』)
そのツタは、Bランクの薬草で、根をすり潰した汁は、局所的な麻痺薬として使われる。王宮では、施術の際、患者の患部を一時的に麻痺させるために使っていた、医療用の薬草だ。
(魔獣には効かない程度の、弱い毒。でも、小動物や魚なら、一時的に動きを止められるはず)
ルシルはナイフを使い、清流のそばの岩場から『痺れ蔓』の根を掘り出した。その根を、昨夜岩塩を砕いた石で念入りにすり潰した。青臭い、不快な汁が滲み出てくる。この汁に、ルシルは自分の微かな魔力を通した。魔力の微細な制御で、毒性を高めることなく、麻痺作用だけを活性化させる。
(完璧な精製ではないけれど、効能は最大限に引き出せた)
彼女は、清流の上流に行き、その汁を水に流し込んだ。
「ごめんなさいね。でも、生きていくためなの」
静かに呟くと、汁はすぐに拡散し、清流の色をわずかに変えながら下流へと流れていく。
ルシルは息を殺して、下流の、水流が緩やかな岩陰で待った。
水面を覗き込むルシルの眼差しは、獲物を狙うハンターのそれではなく、調合の失敗を許さない研究者のそれだった。魔力の拡散速度、水の流れ、麻痺作用の濃度。全てが、彼女の頭の中で緻密に計算されていた。
数分後。
水中で素早く動いていた川魚たちが、突如、ふらふらと水面に浮かび上がってきた。麻痺して、鰭(ひれ)を動かすことができなくなっているのだ。
「やったわ!」
ルシルは歓声を上げ、ワンピースの裾を膝まで捲り上げると、急いで水に入った。冷たい水が、ふくらはぎを容赦なく冷やす。
浮かんだ魚を手づかみで捕まえる。手のひらに伝わる魚の感触は、王宮の絹やレースのそれとは全く違う、生き物の感触だった。五匹も捕れれば、数日分の貴重なタンパク源になる。
ルシルは捕れた魚を抱きしめるようにして、清流に感謝を捧げた。
(命を、いただきます)
王宮では、食材も薬草も「与えられるもの」だった。しかし、ここでは、すべてが彼女の知識と努力によって、森の恵みとして「獲得」したものだ。この、生命の循環に直接触れているという実感が、ルシルの心を強く満たした。
(薬草師の知識が、わたくしを生かした)
それは、王太子に「地味で陰気」だと断罪された、彼女の知識そのものが、この森の暴力を前に、最強の武器となった瞬間だった。
小屋に戻ると、早速、昨日確保した火で魚を焼く。
ナイフで腹を裂き、内臓を取り出す。貴族令嬢だった頃には想像もできなかった、血と内臓の匂いが立ち込める作業だが、ルシルは躊躇しなかった。薬草の解体も、魚の解体も、構造を理解し、命をいただくという点では同じだ。
焼ける魚の香ばしい匂いが、小屋に充満する。それは、生と死が混ざり合った、この森で最も人間的で、生命力に満ちた匂いだった。
焼き上がった魚を、恐る恐る口に運ぶ。
塩も何もない、ただ焼いただけの魚。口の中で、身がホロホロと崩れる。
しかし、その一口は、ルシルが王宮で食べたどの豪華な料理よりも、美味しく感じられた。
(温かい。美味しい。こんなに美味しいものを、私は今まで知らなかった)
空腹の体に、熱とタンパク質が染み渡っていく。
(生きている)
涙が、また溢れそうになった。だが、今度の涙は、生きる喜びそのものだった。
王宮では、食事は「公務」か「体裁」だった。ジェラルドの機嫌を伺い、アデリーナの嫌味に耐える、味のしない時間。
(今は、違う。自分の力で手に入れた、生きるための味だ)
ルシルは、残りの魚とキノコをどう保存するか、思考を巡らせた。生存のための次のステップへ、彼女の意識はもう切り替わっていた。
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