『偽聖女』として追放された薬草師、辺境の森で神薬を作ります ~魔力過多で苦しむ氷の辺境伯様を癒していたら、なぜか溺愛されています~

とびぃ

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第3章:森の工房とスローライフの始まり

3-5:自由の研究とハーブティー

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あれほど過酷に思えた森の生活は、驚くほど安定していた。恐怖は完全に薄れ、毎日の生活は薬草師としての喜びに満ちた日課となっていた。
壁の隙間は塞がれ、水と火は確保され、保存食(燻製)も出来上がった。薬草棚には、乾燥させたAランク、Sランクの薬草が、まるで王宮の秘宝のように整然と並び、いつでも調合に取り掛かれる。
ルシルは、竈で沸かした清流のミネラルウォーターに、森で見つけた『安らぎカモミール』(王宮のものより遥かに香りが強く、甘さがある)と、微量の『月影草』の茎の皮を浮かべた。自作のハーブティーは、心身の疲労を癒し、魔力の流れを鎮静させる効果を持っていた。
(王宮にいた頃は、こんな時間、一秒もなかった)
彼女は粗末な木製の椅子に腰掛け、両手で温かいマグカップを包み込んだ。
『神聖原液』の精製ノルマに追われ、ジェラルドの機嫌に気を使い、アデリーナの嫉妬を浴びる毎日。朝から晩まで、彼女の思考は「国家」という巨大な檻の中に閉じ込められていた。
だが、今は違う。
魔獣の脅威は常にあるが、この小屋の中だけは、彼女の知識が守る「絶対的な安全地帯」だ。
ルシルは、ハーブティーを一口飲むと、口の中に広がる森の滋味に、思わず目を細めた。王宮の紅茶は洗練されていたが、このハーブティーには、自然の持つ素朴で力強い生命力が凝縮されている。それは、彼女の体内に残る**王都の澱(おり)**を洗い流すかのようだった。
炎の光を頼りに、胸元に隠し持っていた『研究ノート』をそっと開いた。
この一週間、食料確保と修繕に追われ、触れる余裕もなかった、彼女の命そのもの。
ページをめくると、そこには『神聖原液』の完璧なレシピと、彼女が密かに研究していた、未完成の調合式が並んでいた。
(そうだ。わたくし、これを研究したかったんだわ)
彼女の指先が、あるページで止まる。それは、王宮では「不要」とされ、ジェラルドに「浮ついた研究」だと一蹴され、研究自体を禁じられていたテーマだった。
『美容ポーション』。
シミやソバカスを消し、肌の潤いを保ち、手の荒れを修復する、女性のための薬。
ルシルは、自分の手のひらをそっと見つめた。清流の冷たさや、粘土と魚の処理で、手の甲はひび割れ、指先は荒れてしまっている。貴族令嬢としてはあるまじき状態だ。
(今こそ、この研究が必要だわ)
誰かに見せるためではない。自分自身の生活の質を上げるため。この厳しい環境で、薬草師としての繊細な感覚を保つため。
彼女はノートの空白のページに、新しいインク(木の炭と清流の水で自作した)をつけたペン(鳥の羽根だ)で、書き込みを始めた。
(『月影草』の強力な神経活性化作用は、肌の細胞の再生に応用できるはず。ただし、純度を極限まで落とし、細胞が過剰に活性化しないよう、極めて微量に留めなければならない)
(『竜鱗シダ』の火傷治癒効果は、森の強い陽射しから肌を守る、日焼け止めの成分に使えるかもしれない)
(あの清流の水は、ミネラルが豊富。通常の精製水よりも遥かに優れた基材になる)
ルシルは、まるで宝の地図を広げたかのように、森の薬草が織りなす無限の可能性を、ノートの上で現実のものとしていく。王宮での研究は、常に「失敗は許されない」という重圧の下にあったが、今は違う。「失敗しても、それは新しい発見につながる」という、純粋な探究心だけがあった。
「ああ、楽しい。こんなに自由で、満たされた研究は、初めてだわ」
彼女は自然と笑みをこぼした。この研究は、彼女の**『女性』としての喜びと、『研究者』としての情熱**を同時に満たす、最高の贅沢だった。
(この自由こそが、何よりも尊い)
ルシルは、王宮のきらびやかな生活と、この静かで満たされた森の生活を比較した。
王宮は金色の檻だった。外から見れば美しいが、内側は窒息しそうなほどの窮屈さだった。
この森は、危険な場所だが、彼女の才能を制限するものは何もない。
(ここは、地獄なんかじゃない。あんな者たちに、わたくしを貶めることなんてできはしなかった)
ルシルは、二日目に『月影草』を見つけた時の確信を、今、心の底から実感していた。
(ここは、わたくしだけのための、無限の研究室だ)
ハーブティーの温かい湯気が、ルシルの頬を撫でた。
追放から五日目、その顔には、『偽聖女』の絶望ではなく、自由を得た『薬草師』としての、満ち足りた笑みが浮かんでいた。彼女は研究ノートをそっと閉じ、明日の研究に必要な薬草をリストアップし始めた。
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