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第6章:不器用な庇護と芽生える想い
6-4:戸惑いの贈り物
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追放十一日目。
ルシルは、カイラスが設置してくれた結界魔道具のおかげで、追放されて以来、初めて「熟睡」と呼べるほどの深い眠りを得た。
朝の目覚めは、驚くほど爽快だった。疲労が完全に抜け、魔力の流れも安定している。
(これが、安全な場所で眠るということなのね)
彼女は、カイラスの不器用な庇護が、確実に自分のスローライフの質(QOL)を向上させていることを、認めざるを得なかった。
「おはようございます、カイラス様」
今日もまた、定刻通りに現れたカイラスを、ルシルは昨日よりも穏やかな気持ちで出迎えた。
「ああ」
カイラスの返事は、相変わらず短い。
彼は、いつものように食料の袋を置いた。だが、今日はそれだけではなかった。
もう一つ、明らかに「食料」ではない、布で包まれた大きな荷物を、そっと床に置いた。
(あれが、追加の対価)
ルシルは、ゴクリと息を呑んだ。
「昨日の対価だ」
カイラスは、食料の袋ではなく、その布包みを指差した。
「開けて、確認しろ」
「は、はい」
ルシルは、恐る恐るその包みを開いた。
中から出てきたのは、柔らかな、しかし非常に丈夫そうな生地で作られた、何着もの衣服だった。
「これは」
一番上にあったのは、森での活動を想定した、濃い緑色の、実用的なワンピースだった。王宮で着ていたものよりも、遥かに生地が厚く、機能的だ。
その色合いは、ルシルが好む薬草院の深い緑色に近く、袖口には、彼女の魔力制御を邪魔しないよう、細心の注意を払われた刺繍が施されている。その下には、夜の冷え込みに耐えるための、暖かい寝間着。そして、マント。ブーツ。
ルシルは、一つ一つの衣服を手に取り、その生地の細かさ、そして機能性の高さに、思わず息を呑んだ。
(この縫製は、王都でも最高級の仕立て屋のものだわ。しかも、これ、わたくしの体型に、完璧に合っている!)
追放されて以来、ルシルが着ていたのは、王宮時代のものを無理やり洗い直した、泥と煤と破れにまみれた一着だけだった。それが、今、目の前には、最高の素材と技術で作られた、新しい生活のための「装備」が並んでいる。
そして、その全ての下に、そっと隠されるように置かれていたものがあった。
清潔な、柔らかな綿でできた下着まで、数日分、完璧に揃えられていた。
ルシルは、下着の包みを掴んだまま、顔から火が出るかと思うほど赤面した。全身の血液が、一気に顔に集中していくのを感じる。
(下着! 下着まで! どうして、そこまで知っているの!?)
彼女は、貴族令嬢としての羞恥心と、薬草師としての合理性の狭間で、激しく動揺した。
「か、か、カイラス様!」
「どうした。不備でもあったか」
カイラスは、ルシルの動揺を「対価への不満」と解釈したのか、怪訝そうに眉をひそめた。彼の蒼い瞳は、ルシルの赤面を、単なる体温上昇の現象としてしか捉えていないようだった。
「ふ、不備とか、そういう問題では!」
ルシルは、思わず叫び、下着の包みを背後に隠した。
「貴女は、追放されてからずっと、その一枚の布を洗い直して着ている」
カイラスは、ルシルの泥まみれのワンピースを、感情の介入なく、事実として指差した。
「非衛生的である上に、耐久性も限界だろう。いつ破れてもおかしくない。風邪や怪我、肌荒れの原因となり、わたくしへの薬の供給が滞る。わたくしの薬師が、そのような劣悪な環境にいることは、論理的ではない」
(論理的、ではない)
ルシルは、目の前の男の、あまりのズレた感覚に、眩暈がしそうだった。
彼は、ルシルを「女性」として意識しているのではなく、純粋に「貴重な薬師(という資産)」が、劣悪な装備でいることを「非効率」だと判断しただけなのだ。
「ですから、城の侍女長に『森での生活に耐えうる、女性用の衣類一式』を、完璧に揃えさせた。サイズは、わたくしが貴女を運んだ際の、目視と身体の比率から推測させた。合わなければ、すぐに作り直させる」
「あ、合っています! 合っていると思います! ですが、このようなものまでいただくわけには!」
ルシルが、下着の包みを隠すように背後に回すと、カイラスは、心底不思議そうな顔をした。
「なぜだ。下着は、最も肌に近く、体温調整と衛生を保つための必需品だろう。それが欠けていては、完璧な対価とは言えない。それとも、デザインが気に入らないか。わたくしには、女の服の良し悪しは分からん」
「そうではなく! その、これは、その!」
ルシルは、言葉に詰まった。王宮の流儀では、男性から女性に下着を送るなど、婚約者同士でも許されないほど親密な行為だ。ましてや、まだ「取引相手」に過ぎない彼から。
だが、ルシルの動揺と赤面とは裏腹に、カイラスの瞳は、一点の曇りもない真剣さでルシルを見つめている。彼の中には、そこに「女性への配慮」も「親愛の情」も一切なく、ただただ「論理」と「効率」だけが存在していた。
ルシルは、深呼吸をした。
(この人に、王都の常識は通じない。この人は、わたくしを「物」として扱っているのではない。「必要不可欠な存在」として、最大限の尊敬と対価を払っているだけだ)
その事実が、ルシルの心を打った。
ジェラルドに「地味で陰気な薬草いじり」と断じられた彼女の技術を、この男は、彼の命と領地の権威をかけて「完璧な対価」を払っている。
ルシルは、顔を真っ赤にしたまま、深く、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。その、お洋服、とても、嬉しいです。大切に着させていただきます」
その声には、羞恥心よりも、長年の努力が初めて正当に評価されたことへの、深い感動が込められていた。
「そうか」
カイラスは、ルシルの心からの感謝の言葉に、わずかに満足そうに頷いた。彼の氷のような口元が、ほんの微かに緩んだような気がして、ルシルは二度見した。
ルシルは、この日、追放されて以来、初めて「新しい服」に着替えることができた。
その温かさと清潔さに、彼女は涙が出そうになるのを必死で堪えた。泥まみれのワンピースを脱ぎ捨てたことで、まるで、王宮から引きずってきた最後の「屈辱」を、ようやく脱ぎ捨てられたような、晴れやかな気分だった。
ルシルは、カイラスが設置してくれた結界魔道具のおかげで、追放されて以来、初めて「熟睡」と呼べるほどの深い眠りを得た。
朝の目覚めは、驚くほど爽快だった。疲労が完全に抜け、魔力の流れも安定している。
(これが、安全な場所で眠るということなのね)
彼女は、カイラスの不器用な庇護が、確実に自分のスローライフの質(QOL)を向上させていることを、認めざるを得なかった。
「おはようございます、カイラス様」
今日もまた、定刻通りに現れたカイラスを、ルシルは昨日よりも穏やかな気持ちで出迎えた。
「ああ」
カイラスの返事は、相変わらず短い。
彼は、いつものように食料の袋を置いた。だが、今日はそれだけではなかった。
もう一つ、明らかに「食料」ではない、布で包まれた大きな荷物を、そっと床に置いた。
(あれが、追加の対価)
ルシルは、ゴクリと息を呑んだ。
「昨日の対価だ」
カイラスは、食料の袋ではなく、その布包みを指差した。
「開けて、確認しろ」
「は、はい」
ルシルは、恐る恐るその包みを開いた。
中から出てきたのは、柔らかな、しかし非常に丈夫そうな生地で作られた、何着もの衣服だった。
「これは」
一番上にあったのは、森での活動を想定した、濃い緑色の、実用的なワンピースだった。王宮で着ていたものよりも、遥かに生地が厚く、機能的だ。
その色合いは、ルシルが好む薬草院の深い緑色に近く、袖口には、彼女の魔力制御を邪魔しないよう、細心の注意を払われた刺繍が施されている。その下には、夜の冷え込みに耐えるための、暖かい寝間着。そして、マント。ブーツ。
ルシルは、一つ一つの衣服を手に取り、その生地の細かさ、そして機能性の高さに、思わず息を呑んだ。
(この縫製は、王都でも最高級の仕立て屋のものだわ。しかも、これ、わたくしの体型に、完璧に合っている!)
追放されて以来、ルシルが着ていたのは、王宮時代のものを無理やり洗い直した、泥と煤と破れにまみれた一着だけだった。それが、今、目の前には、最高の素材と技術で作られた、新しい生活のための「装備」が並んでいる。
そして、その全ての下に、そっと隠されるように置かれていたものがあった。
清潔な、柔らかな綿でできた下着まで、数日分、完璧に揃えられていた。
ルシルは、下着の包みを掴んだまま、顔から火が出るかと思うほど赤面した。全身の血液が、一気に顔に集中していくのを感じる。
(下着! 下着まで! どうして、そこまで知っているの!?)
彼女は、貴族令嬢としての羞恥心と、薬草師としての合理性の狭間で、激しく動揺した。
「か、か、カイラス様!」
「どうした。不備でもあったか」
カイラスは、ルシルの動揺を「対価への不満」と解釈したのか、怪訝そうに眉をひそめた。彼の蒼い瞳は、ルシルの赤面を、単なる体温上昇の現象としてしか捉えていないようだった。
「ふ、不備とか、そういう問題では!」
ルシルは、思わず叫び、下着の包みを背後に隠した。
「貴女は、追放されてからずっと、その一枚の布を洗い直して着ている」
カイラスは、ルシルの泥まみれのワンピースを、感情の介入なく、事実として指差した。
「非衛生的である上に、耐久性も限界だろう。いつ破れてもおかしくない。風邪や怪我、肌荒れの原因となり、わたくしへの薬の供給が滞る。わたくしの薬師が、そのような劣悪な環境にいることは、論理的ではない」
(論理的、ではない)
ルシルは、目の前の男の、あまりのズレた感覚に、眩暈がしそうだった。
彼は、ルシルを「女性」として意識しているのではなく、純粋に「貴重な薬師(という資産)」が、劣悪な装備でいることを「非効率」だと判断しただけなのだ。
「ですから、城の侍女長に『森での生活に耐えうる、女性用の衣類一式』を、完璧に揃えさせた。サイズは、わたくしが貴女を運んだ際の、目視と身体の比率から推測させた。合わなければ、すぐに作り直させる」
「あ、合っています! 合っていると思います! ですが、このようなものまでいただくわけには!」
ルシルが、下着の包みを隠すように背後に回すと、カイラスは、心底不思議そうな顔をした。
「なぜだ。下着は、最も肌に近く、体温調整と衛生を保つための必需品だろう。それが欠けていては、完璧な対価とは言えない。それとも、デザインが気に入らないか。わたくしには、女の服の良し悪しは分からん」
「そうではなく! その、これは、その!」
ルシルは、言葉に詰まった。王宮の流儀では、男性から女性に下着を送るなど、婚約者同士でも許されないほど親密な行為だ。ましてや、まだ「取引相手」に過ぎない彼から。
だが、ルシルの動揺と赤面とは裏腹に、カイラスの瞳は、一点の曇りもない真剣さでルシルを見つめている。彼の中には、そこに「女性への配慮」も「親愛の情」も一切なく、ただただ「論理」と「効率」だけが存在していた。
ルシルは、深呼吸をした。
(この人に、王都の常識は通じない。この人は、わたくしを「物」として扱っているのではない。「必要不可欠な存在」として、最大限の尊敬と対価を払っているだけだ)
その事実が、ルシルの心を打った。
ジェラルドに「地味で陰気な薬草いじり」と断じられた彼女の技術を、この男は、彼の命と領地の権威をかけて「完璧な対価」を払っている。
ルシルは、顔を真っ赤にしたまま、深く、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。その、お洋服、とても、嬉しいです。大切に着させていただきます」
その声には、羞恥心よりも、長年の努力が初めて正当に評価されたことへの、深い感動が込められていた。
「そうか」
カイラスは、ルシルの心からの感謝の言葉に、わずかに満足そうに頷いた。彼の氷のような口元が、ほんの微かに緩んだような気がして、ルシルは二度見した。
ルシルは、この日、追放されて以来、初めて「新しい服」に着替えることができた。
その温かさと清潔さに、彼女は涙が出そうになるのを必死で堪えた。泥まみれのワンピースを脱ぎ捨てたことで、まるで、王宮から引きずってきた最後の「屈辱」を、ようやく脱ぎ捨てられたような、晴れやかな気分だった。
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