『偽聖女』として追放された薬草師、辺境の森で神薬を作ります ~魔力過多で苦しむ氷の辺境伯様を癒していたら、なぜか溺愛されています~

とびぃ

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第8章:王都の枯渇

8-2:王太子の焦燥と偽りの光

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王太子ジェラルド・フォン・ライヒガルトの執務室は、相変わらず豪華な装飾と、アデリーナが活けた高価な花で満たされていた。午後の光が、磨き上げられた木製の机や、壁にかかる巨大な肖像画を照らし、虚飾の輝きを放っている。だが、その華やかさとは裏腹に、ジェラルドの顔には、この一ヶ月で、隠しきれない焦燥と苛立ちの影が落ちていた。彼の眉間の皺は深く刻まれ、時折、神経質に指で机を叩く音が、静かな室内に響いた。
「どういうことだ、アデリーナ! なぜ、フェリクスはまだ目覚めないのだ!」
ジェラルドは、アデリーナが侍らせている侍女たちを下がらせると、苛立たしげに声を荒げた。その声には、恋人への不満と、自身の権威への疑念が混じり合っていた。
騎士団長フェリクス・フォン・シュタインは、ルシルが毒を盛った(とされた)日から、未だに病室で昏睡状態にある。アデリーナが毎日「光の癒し」を施しているにもかかわらず、その容態は一向に改善しないのだ。この事実は、国民の目には触れないものの、宮廷内ではアデリーナの聖女としての資質に対する、静かなる疑問符を生み出し始めていた。
「ジェラルド様、落ち着きになって」
アデリーナは、王太子の腕にすがりつき、瞳に不安の色を浮かべながらも、あくまで優雅に振る舞う。そのしなやかな仕草は、計算され尽くした完璧な弱さであり、ジェラルドの庇護欲を刺激するには十分だった。
「わたくしは、毎日、わたくしの魔力のすべてを注ぎ込んでいます。ですが、お姉さまが使った『黒祈草の毒』は、あまりに純度が高く、ルシルお姉さまの残した『呪い』が、わたくしの光を遮断しているのです」
「ルシルの呪いだと?」
ジェラルドの顔が、怒りで歪む。彼の思考は、ルシルが毒婦だという固定観念によって完全に支配されていた。彼にとって、アデリーナの失敗はルシルの悪意という、分かりやすい結論で片付けられる問題だった。
「あの毒婦め! 追放されてなお、この国に害をなすつもりか!」
「ご安心ください。わたくしの光は、確実に、その呪いを浄化しています」
アデリーナは、そう言うと、自らの両手を天に掲げた。
執務室のシャンデリアの光が、彼女の掌に集まり、眩い光の渦を作り出す。その光は、美しく、神々しいが、周囲の空気を温めることも、冷やすこともない、ただの無力な幻影だった。それは、ルシルが**「治癒力ゼロの演出」**と見抜いた、まさにその魔術だった。
「わたくしこそが、真の聖女です。時間はかかりますが、必ずフェリクス様を救ってみせます。わたくしを信じてくださいませ、ジェラルド様」
ジェラルドは、アデリーナの光を見て、わずかに冷静さを取り戻した。
(そうだ。ルシルの地味な薬草などよりも、アデリーナのこの神々しい光こそが、国民の心に響く『聖女』の姿だ)
彼は、ルシルを追放した判断が「正しかった」と思い込もうと必死だった。ルシルの存在は、彼の政治的な判断の失敗を意味するからだ。
だが、心の奥底で、彼は無視できない現実に気づき始めていた。
(なぜ、ポーションの備蓄が、こんなにも早く尽きた)
ルシルを追放する前、彼女は「三ヶ月分の原液の備蓄がある」と報告していた。騎士団のポーション消費が激しかったとはいえ、それに加えてアデリーナの「光の癒し」があるはずだ。なのに、ヴェルナー宰相は「緊急事態だ」と報告してきた。この**「ポーションの枯渇」**という現実だけが、アデリーナの光の幻想を、唯一、打ち破る力を持っていた。
「アデリーナ。君の『光の癒し』は、ポーションの代わりにはならないのか」
ジェラルドは、ポーションという**「地味な現実」**について恐る恐る尋ねた。彼の声は、アデリーナを試すような、疑念の色をわずかに帯びていた。
アデリーナは、光をそっと収束させ、悲しげに首を横に振った。その顔には、計算された謙遜と巧妙な言い訳が混じり合っている。
「残念ながら、わたくしの光は、体力を回復させる力はありません。体内の毒や呪いを浄化する力はありますが、重度の外傷や疲労回復には、ルシルお姉さまの作った『神聖原液』が必要でした。あの薬は、純度が高すぎたのです。わたくしの光は『浄化』に特化しており、『再生』の力は持たないのです」
彼女は、巧みに「神聖原液」の重要性を認めつつも、その精製能力を持つルシルを「毒の精製者」として印象づけたまま、自分を「浄化の専門家」として位置づける。
(そうか。ルシルがいれば、ポーションは足りていた)
ジェラルドは、ルシルが毎夜、この華やかな王宮の地下で、孤独に国の生命線を支えていたという事実を、今になってようやく思い出した。その記憶は、彼の心に突き刺さる小さな棘となった。
しかし、その事実は、彼の傲慢な心には受け入れがたいものだった。彼は、自分の判断が間違っていたことを、絶対に認められなかった。
「ルシルがいないせいで、ポーションがない、だと。そんな馬鹿な。ポーションなど、ただの希釈液だろう!」
ジェラルドは苛立ち、執務室のテーブルを拳で叩いた。その衝撃で、花瓶がカタカタと音を立てる。
(この焦燥は、なんだ。アデリーナの光がある。私が、この国を導いている。ルシルなど、あの森で魔獣の餌になっているはずだ!)
彼は、ルシルを追放したという自らの罪を、アデリーナの光で塗り潰そうと、必死にもがいていた。だが、彼の内面の不安は、彼の傲慢な態度とは裏腹に、確実に増大していた。
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