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第10章:辺境に咲く薬草師
10-1:王都の混乱
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「辺境伯が、反旗を翻したぞ!」
「カイラス閣下が、あの『偽聖女』を『婚約者』だと宣言された!」
「奪還に向かった騎士団は、剣を砕かれ、魔力を凍らされ、敗走した!」
王都は、未曾有の大混乱に陥っていた。
第9章でルシルの小屋から這う這うの体で逃げ帰った騎士団がもたらした報告は、ジェラルド王太子の想定を遥かに超える、王国の破滅を告げる鐘の音だった。
彼らが持ち帰ったのは、ルシルの身柄ではない。カイラスの放った【コキュートス】によって砕かれた、魔導剣の「柄」だけだった。その冷たく凍りついた残骸は、王国最強の魔術師が「完治」したという、恐るべき現実を王宮に突きつけていた。騎士たちの顔には、極度の疲労と、絶対的な力の差を目の当たりにしたトラウマの色が深く刻まれていた。
「逆賊だ! 逆賊カイラスを討て!」
玉座の間で、王太子ジェラルドがヒステリックに叫んだ。その声は甲高く、まるで喉から血が出るかのようだった。彼の顔は、第8章で自らの失策を自覚した時の恐怖から一転、現実逃避の怒りに歪んでいる。彼の目には、凍りついた剣の残骸ではなく、アデリーナの悲痛な表情と、彼女を救う自分自身の英雄的な幻想しか映っていなかった。
「あいつは病で弱っているはずだ! あの毒婦に騙されたに違いない! 総力を挙げて辺境を攻め、ルシルを奪還しろ!」
彼は、失われたルシルを「国の生命線」として取り戻したいのではなく、自分の傲慢な判断を正当化するために「裏切った婚約者」を罰したい、という幼児的な怒りに突き動かされていた。
だが、玉座の間に集められた騎士団の重鎮たちは、誰一人として動かなかった。彼らの顔は、王太子への忠誠ではなく、国家の未来への絶望に染まっている。
「殿下。申し上げますが、ポーションの備蓄がありません」
宰相ヴェルナーが、冷え切った声で事実を告げる。ヴェルナーの執務室の窓から見える王都の街並みは、表面こそ平和だが、薬局の前には負傷兵や病を抱えた市民が長蛇の列をなし、静かに死に向かうような重苦しい空気に支配されていた。
「カイラス閣下を討伐するどころか、国境を維持するポーションさえないのです。今、騎士団を動かせば、国は内側から崩壊します」
宰相は、その言葉に、全ての職責と、国王への忠誠を込めていた。彼の声は、もはや諫言ではなく、崩壊のカウントダウンだった。
「黙れ、黙れ、黙れ!」
ジェラルドは耳を塞いだ。彼の眼前では、アデリーナが再び両手をかざし、微かな光の魔術を放っているが、その光は王都の巨大な闇を照らすにはあまりにも弱々しかった。
彼にとって、ポーションの枯渇も、カイラスの完治も、全てはルシルという名の「悪夢」がもたらしたものであり、自分の責任は微塵も認めたくなかった。
「アデリーナの光がある! 彼女が全てを癒やす!」
「そのアデリーナ様は、未だ騎士団長フェリクス様お一人さえ、目覚めさせておりませんぞ!」
宰相の怒声が響く。ヴェルナーは、アデリーナの偽りの光が、国民の希望を奪っているという現実に、深い憤りを感じていた。
王都の医療体制は、この一ヶ月半で完全に麻痺していた。アデリーナの「光の癒し」が、重傷や魔獣の毒に全く効果がないことは、もはや隠し通せない事実となっていた。
騎士団の士気は地に落ち、貴族たちは自領の薬師をかき集めているが、ルシルが精製していた「不純物ゼロ」の『神聖原液』は、誰にも再現できなかった。
王太子が『偽聖女』として棄てた女こそが、この国の唯一の生命線だった。
王都は、自らの愚かな判断によって、最強の「盾(カイラス)」と、唯一の「癒し(ルシル)」を、同時に失ったのだ。
玉座の間は、ジェラルドの甲高い怒声だけが響く、沈みゆく泥船と化していた。彼の絶叫は、自らの虚栄心が砕け散る、悲痛な断末魔のようだった。
「カイラス閣下が、あの『偽聖女』を『婚約者』だと宣言された!」
「奪還に向かった騎士団は、剣を砕かれ、魔力を凍らされ、敗走した!」
王都は、未曾有の大混乱に陥っていた。
第9章でルシルの小屋から這う這うの体で逃げ帰った騎士団がもたらした報告は、ジェラルド王太子の想定を遥かに超える、王国の破滅を告げる鐘の音だった。
彼らが持ち帰ったのは、ルシルの身柄ではない。カイラスの放った【コキュートス】によって砕かれた、魔導剣の「柄」だけだった。その冷たく凍りついた残骸は、王国最強の魔術師が「完治」したという、恐るべき現実を王宮に突きつけていた。騎士たちの顔には、極度の疲労と、絶対的な力の差を目の当たりにしたトラウマの色が深く刻まれていた。
「逆賊だ! 逆賊カイラスを討て!」
玉座の間で、王太子ジェラルドがヒステリックに叫んだ。その声は甲高く、まるで喉から血が出るかのようだった。彼の顔は、第8章で自らの失策を自覚した時の恐怖から一転、現実逃避の怒りに歪んでいる。彼の目には、凍りついた剣の残骸ではなく、アデリーナの悲痛な表情と、彼女を救う自分自身の英雄的な幻想しか映っていなかった。
「あいつは病で弱っているはずだ! あの毒婦に騙されたに違いない! 総力を挙げて辺境を攻め、ルシルを奪還しろ!」
彼は、失われたルシルを「国の生命線」として取り戻したいのではなく、自分の傲慢な判断を正当化するために「裏切った婚約者」を罰したい、という幼児的な怒りに突き動かされていた。
だが、玉座の間に集められた騎士団の重鎮たちは、誰一人として動かなかった。彼らの顔は、王太子への忠誠ではなく、国家の未来への絶望に染まっている。
「殿下。申し上げますが、ポーションの備蓄がありません」
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「カイラス閣下を討伐するどころか、国境を維持するポーションさえないのです。今、騎士団を動かせば、国は内側から崩壊します」
宰相は、その言葉に、全ての職責と、国王への忠誠を込めていた。彼の声は、もはや諫言ではなく、崩壊のカウントダウンだった。
「黙れ、黙れ、黙れ!」
ジェラルドは耳を塞いだ。彼の眼前では、アデリーナが再び両手をかざし、微かな光の魔術を放っているが、その光は王都の巨大な闇を照らすにはあまりにも弱々しかった。
彼にとって、ポーションの枯渇も、カイラスの完治も、全てはルシルという名の「悪夢」がもたらしたものであり、自分の責任は微塵も認めたくなかった。
「アデリーナの光がある! 彼女が全てを癒やす!」
「そのアデリーナ様は、未だ騎士団長フェリクス様お一人さえ、目覚めさせておりませんぞ!」
宰相の怒声が響く。ヴェルナーは、アデリーナの偽りの光が、国民の希望を奪っているという現実に、深い憤りを感じていた。
王都の医療体制は、この一ヶ月半で完全に麻痺していた。アデリーナの「光の癒し」が、重傷や魔獣の毒に全く効果がないことは、もはや隠し通せない事実となっていた。
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王太子が『偽聖女』として棄てた女こそが、この国の唯一の生命線だった。
王都は、自らの愚かな判断によって、最強の「盾(カイラス)」と、唯一の「癒し(ルシル)」を、同時に失ったのだ。
玉座の間は、ジェラルドの甲高い怒声だけが響く、沈みゆく泥船と化していた。彼の絶叫は、自らの虚栄心が砕け散る、悲痛な断末魔のようだった。
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