本当に現実を生きていないのは?

朝樹 四季

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番外編

その後のトゥリオ1

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***トゥリオside***

 あれから数年が経っていた。
 俺は既にラウラと結婚し、ディナーレ公爵家に婿入りしている。

 尚、ディナーレ公爵家に居たはずの嫡男とは会ったこともない。むしろ結婚する前から薄々勘付いてはいたけど、存在すら抹消されていた。荷物を捨てるか送るかみたいな話をしているのをチラリと聞いたから、物理的に抹消されたわけではなさそうだということだけは分かっている。

 俺は今、ディナーレ公爵家の仕事を時々教えて貰いながら、王太子となったクラウディオ殿下を支えるべく、側近頭兼秘書を担当している。
 王太子との仕事の方が重要度が高いので、ディナーレ公爵家の仕事は専らラウラが担当している状態だ。元々ラウラは手伝いをしていたらしく、任せてくれて構わないと言われているのでそれに甘えている状況だ。
 そうでなくとも、王太子の補佐なんて忙しすぎる。折角結婚したのに家に帰るのも夜遅くという状況の日が多く、ラウラとイチャイチャ出来ないのが悩みだ。

 でも、一番頭を悩ませているのは、クラウディオ殿下や国王であるマウリツィオ陛下の期待が妙に高いことだ。
 理由は分かっている。アレがまずかったのだ。


 あの頃、俺は本当に忙しかった。
 毎朝早くに王城へやって来て、色んなところに駆けずり回りながらクラウディオ殿下のスケジュールを調整して、色んな貴族達と心にもない話をして疲れ切って戻って来たかと思えば、書類整理書類整理書類整理。もう頭がおかしくなりそうだった。

 だからある日持って来られた書類にあまりに不備が多くてキレてしまったのだ。

「だっから、何度言えば分かるんだよ! 所属を書け! 日付を書け! 区分を書け! 用途を書け! 何でこれだけのことが出来ないんだ! これもこれもこれも全部何かしらが抜けてるんだよっ! もう分からないなら、雛形作ってやるから、これを目立つところに貼ってろ! んで、これの通りに書いてこい! それ以外の書類は受け付けん!」

 その場で書類を持ってきた他の部署の奴に書類の雛形を書いて押し付けるように渡した。

「だいったい、何で文字を書くのにわざわざインクを付けなきゃいけないんだ。ペンとインクがセットでしか使えないなら、最初っから一体化しやがれっての。気液交換のペンくらいだったら作れるだろうよ」

 一人になってもグチグチと書類に八つ当たりするように呟いていた。それくらいしていないと頭がおかしくなりそうだったのだ。

 だけど。

「ほお。面白そうな話だね。その気液交換って言うのはどういうものかな」
「………………は?」

 居ないはずの王太子の席から聞こえて来た声に固まっていると、にっこりと笑みを浮かべた王太子が机の下から顔を出してきた。

「く、クラウディオ殿下……? い、いつからそこにいらっしゃったのですか?」
「君が部屋に入って来た時からずっと。雛形って言うのも面白そうだったから是非教えておくれよ」

 ヒクッと自分の頬が引き攣ったのが分かった。
 さっきまでのイライラはどこへやら。冷や汗がダラダラと出ていた。


 あの後、忙しかったのに殿下に連れまわされ、雛形の作り方などを色んな部署の人に教えさせられ、添削させられ、相談を受けさせられた。もっと経過を見てから導入したりとかしないのかと思ったけど、クラウディオ殿下もマウリツィオ陛下もこれは良いと太鼓判を押してしまったのだ。
 印刷機械のないこの時代に流行るはずがないと思ったけど、確認する方も記載する方も楽で良いと見本を置くだけの形式でも大流行したのだ。勿論嫌がる人もいたのだが、大多数の賛成意見に潰されてしまった。あの雛形を本当に気に入っている真面目なタイプは枠線まできっちり見本通りに書いて提出するくらいで、この流行は当分廃りそうにない。

 そしてそれ以上に反響が大きかったのが、気液交換の仕組みを取り入れたペンだ。
 シンプルなペン先とシンプルな気液交換の仕組みのペンとインクを一体化した万年筆は職人の職人魂に火を付けたらしく、数日で試作品を作り上げてしまったのだ。
 真っ先にそれを手に入れたクラウディオ殿下とマウリツィオ陛下はそれが大層お気に召したらしく、すぐに量産体制に入らせた。
 書類の雛形は書類を扱う人にしか影響はなかったが、ペンは庶民にまで噂が回った。まだまだ高いのに、所有していること自体が一種のステータスみたいになっているらしい。

 え? 名前?
 …………トゥペンになりましたが、何か?

 ま、まあ、そんなわけでクラウディオ殿下とマウリツィオ陛下は妙に俺に期待を寄せているわけだ。


「はあ……」
「あ、お疲れ様です、クラウディオ殿下。お疲れですね。何かございましたか?」

 いつものように書類整理をしていると、お疲れモードのクラウディオ殿下が戻って来た。

「ああ、お疲れ。いや、マリガンから船が帰って来たらしいんだが、港に着いた時には9割が病気になっててな、次の出航予定が立てられない状態らしい。船乗りが居なくなったわけじゃないが、船の病気は怖いからな。怖気づいているんだそうな」
「船の病気、ですか?」
「知らないのか? 体が崩れていって、頭もおかしくなる厄介な病気だよ。船乗りしかならないのがせめてもの救いだな」

 それって壊血病だよな。
 壊血病って単なるビタミンC不足が問題だし、ビタミンCが摂れる食材を港町で積み込むようにすれば問題ないはず。
 食材が長持ちする方法は確立されていないけど、同時に船の質的にも海岸から離れすぎるような航路を取れないしな。

「船乗りは育てるのも大変なのに、こんなポンポン死なれていたら、折角の儲けがね……これを王家が解決出来たら、王家としては恩も売れるし、民も悲しまずに済むし、王家の資産も増えて色々と事業も進められるんだがな」

 いやいやいや、今度は迂闊なこと言ったりしませんよ?
 流石に弁えてますって。

「ってことで、トゥリオ。よろしくな」
「………………はい?」
「民を見殺しにするなんて出来るわけないだろう? これ以上犠牲者が出ない内に解決策を模索するのは当然じゃないか。そしてこれは君が適任だ。報告、楽しみに待ってるぞ」
「………………………………いやいやいやいや、ちょ、クラウディオ殿下!? クラウディオ殿下!!」

 え? これどうしろっての!?
 そりゃ、人の命に関わってることだけどっ、でもっ!!

「………………マジで?」

 その後、俺は人命と俺にとっては悪い俺の名誉とで揺れることになる。
 最終的に俺がどんな選択をして、クラウディオ殿下とマウリツィオ陛下などに何を言われたかは……きっと言わなくても分かるだろう。
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