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第18話 私より深刻な女性
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木原に詳しく説明しようとすると、彼はこんなことを言い出した。
「だとすると、郵便ポストに資料が入っているかも知れない。102号室が関係あるのなら、101号室も似たような条件だから」
なので、それを今晩見て改めて話をしたいと言う。
業者は必ず権利関係が生じるお宅を訪ねるので、いなかった木原の事務所にも資料だけでも置いていく可能性が高いのだそうだ。
改めて話をするのは、私からの説明で予断が入ってしまうことを避けたのだろうか?
それとも、木原が問題に当るときにはいつもこういうスタイルなのだろうか?
何れにしても、日照の問題をちゃんと聞いてくれることは間違いないようで、少しほっとする。
木原とは、明日、私の仕事が終わったら会うことになった。
事務所にずっといるので、声をかけて欲しいと言われたのだ。
木原が、もう一つ私に言ったことがある。
それは、
「説明会の内容をメモしたりしていたら、それも持ってきて欲しい……」
と。
だが、私はメモをとっていなかったので、三田さんの資料を見せてもらうことを提案しておいた。
木原も三田さんが忙しいことは知っているようだったが、
「説明会の内容はかなり重要かも知れないので、僕が連絡をとって見せてもらうようにするよ」
と請け負ってくれた。
仕事を終え帰宅した私は、約束通り木原事務所のインターフォンを押した。
ただ、話をするのは私のウチで……、と提案するつもりでいる。
木原との話にどのくらい時間がかかるか分からないが、裕太を独り置いて話をするのはかなり不安だからだ。
隣同士なのだから、木原に負担がかかるわけでもないので、これだけはお願いしようと心に決めて木原が出てくるのを待つ。
「あ、意外と早かったですね。どうぞ……」
「あの……、良かったら……」
「申し訳ない。今、ちょっと来客中なので、中で待っていてもらえるかな? あと十分くらいで終わるから……」
「……、……」
予想外の展開に、私はちょっと面食らった。
そして、木原の言葉通り、事務所の中で待つこととなった。
「お茶で良いかな? それとも紅茶かコーヒーにする?」
「いえ、お気遣いなく……」
私に向かってそう言うと、木原は手早くケトルから急須にお湯を注ぐ。
小百合が言っていたが、本当に木原自身が何でもやることに驚く。
「はい……。では少し待っていて下さいね」
「……、……」
私は頭を少し下げ、せっかく入れてくれたのだからお茶をすすることにした。
ただ、これなら終わったら木原の方からウチに来てくれるように言えば良かったと、内心で後悔していたが……。
木原事務所は、やたらと生活感に溢れていた。
事務所と言うからには、殺風景な部屋に事務機器が整然と並んでいるのかと思ったが、そうではなかった。
リビングの端には木原のデスクと思しきパソコン机があり、それと応接用の机とファイルの詰まった棚を除けば、ごく普通の家庭と言っても分からないくらいだ。
おまけに、応接用の机に置かれているのは安物のパイプ椅子だし……。
私もその一脚に腰かけている。
「すいません、お待たせしました」
「いえ……」
「松本さんの仰ることは分かりました。ただ、待機児童の問題は、現在各自治体が躍起になって取り組んでいますので、私から市役所に働きかけをしてもあまり効果はないと思われます」
「……、……」
「ですが、今のままではお困りですよね? 改善しなければ働けないでしょうから」
「……、……」
「お勤めは鎌倉と仰いましたよね?」
「はい……」
「でしたら、鎌倉の方の保育所で何とかならないか、問い合わせてみることにします。それで良いなら多分問題が解決出来るのですが……」
「そうしていただけますか? 認可保育所で仕事場の近くなら、願ったり適ったりです」
「はい……。保育所をやっている知り合いに心当たりがあるので大丈夫だと思います」
「よろしくお願いします」
木原と話し合っている女性は、深々と頭を下げた。
私と同年配か、もう少し若いくらいのその女性は、目に涙を浮かべている。
「では、問い合わせて結果が分かったらお知らせしますね」
「はい……。木原先生のご尽力にはどんなに感謝してもしたりないです。本当にありがとうございます」
女性は、また深々と頭を下げた。
「晴美さん、お待たせしたね。では、日照の件を話そうか」
「あ、いえ……。申し訳ないのですが、私のウチで話をしていただけますか? 裕太が心配なものですから」
「あっ! そうか。申し訳ない。そうだね、じゃあ、隣で話そう」
「すいません、我が儘を言いまして……」
「いや……。僕が気がつくべきだったよ。ごめんね」
「……、……」
木原はそう言うと、机の上のファイルを手に持ち、ノートパソコンを抱えて移動の準備をする。
「あの……、今の女性は……?」
「ああ、あの人は共働きなんだけど保育所の空きがなくて困っていてね。もし認可保育所に入れなかったら仕事を辞めざるを得ないってことで相談に乗ったんだ」
「……、……」
「保育所は、シングルマザーや低所得世帯には手厚いけど、共働き世帯にはなかなか空きが回ってこない。だから、一生懸命仕事に復帰しようとしている共働きの女性はとても苦しんでいるんだ」
そう言うと、木原は深刻そうにうなずいて見せるのだった。
裕太ママ晴美の一言メモ
「ウチは無認可の保育所なんだけど、小百合さんがお金を出してくれているから……。ママ友でさっきの人と同じように嘆いていた人がいたなあ」
「だとすると、郵便ポストに資料が入っているかも知れない。102号室が関係あるのなら、101号室も似たような条件だから」
なので、それを今晩見て改めて話をしたいと言う。
業者は必ず権利関係が生じるお宅を訪ねるので、いなかった木原の事務所にも資料だけでも置いていく可能性が高いのだそうだ。
改めて話をするのは、私からの説明で予断が入ってしまうことを避けたのだろうか?
それとも、木原が問題に当るときにはいつもこういうスタイルなのだろうか?
何れにしても、日照の問題をちゃんと聞いてくれることは間違いないようで、少しほっとする。
木原とは、明日、私の仕事が終わったら会うことになった。
事務所にずっといるので、声をかけて欲しいと言われたのだ。
木原が、もう一つ私に言ったことがある。
それは、
「説明会の内容をメモしたりしていたら、それも持ってきて欲しい……」
と。
だが、私はメモをとっていなかったので、三田さんの資料を見せてもらうことを提案しておいた。
木原も三田さんが忙しいことは知っているようだったが、
「説明会の内容はかなり重要かも知れないので、僕が連絡をとって見せてもらうようにするよ」
と請け負ってくれた。
仕事を終え帰宅した私は、約束通り木原事務所のインターフォンを押した。
ただ、話をするのは私のウチで……、と提案するつもりでいる。
木原との話にどのくらい時間がかかるか分からないが、裕太を独り置いて話をするのはかなり不安だからだ。
隣同士なのだから、木原に負担がかかるわけでもないので、これだけはお願いしようと心に決めて木原が出てくるのを待つ。
「あ、意外と早かったですね。どうぞ……」
「あの……、良かったら……」
「申し訳ない。今、ちょっと来客中なので、中で待っていてもらえるかな? あと十分くらいで終わるから……」
「……、……」
予想外の展開に、私はちょっと面食らった。
そして、木原の言葉通り、事務所の中で待つこととなった。
「お茶で良いかな? それとも紅茶かコーヒーにする?」
「いえ、お気遣いなく……」
私に向かってそう言うと、木原は手早くケトルから急須にお湯を注ぐ。
小百合が言っていたが、本当に木原自身が何でもやることに驚く。
「はい……。では少し待っていて下さいね」
「……、……」
私は頭を少し下げ、せっかく入れてくれたのだからお茶をすすることにした。
ただ、これなら終わったら木原の方からウチに来てくれるように言えば良かったと、内心で後悔していたが……。
木原事務所は、やたらと生活感に溢れていた。
事務所と言うからには、殺風景な部屋に事務機器が整然と並んでいるのかと思ったが、そうではなかった。
リビングの端には木原のデスクと思しきパソコン机があり、それと応接用の机とファイルの詰まった棚を除けば、ごく普通の家庭と言っても分からないくらいだ。
おまけに、応接用の机に置かれているのは安物のパイプ椅子だし……。
私もその一脚に腰かけている。
「すいません、お待たせしました」
「いえ……」
「松本さんの仰ることは分かりました。ただ、待機児童の問題は、現在各自治体が躍起になって取り組んでいますので、私から市役所に働きかけをしてもあまり効果はないと思われます」
「……、……」
「ですが、今のままではお困りですよね? 改善しなければ働けないでしょうから」
「……、……」
「お勤めは鎌倉と仰いましたよね?」
「はい……」
「でしたら、鎌倉の方の保育所で何とかならないか、問い合わせてみることにします。それで良いなら多分問題が解決出来るのですが……」
「そうしていただけますか? 認可保育所で仕事場の近くなら、願ったり適ったりです」
「はい……。保育所をやっている知り合いに心当たりがあるので大丈夫だと思います」
「よろしくお願いします」
木原と話し合っている女性は、深々と頭を下げた。
私と同年配か、もう少し若いくらいのその女性は、目に涙を浮かべている。
「では、問い合わせて結果が分かったらお知らせしますね」
「はい……。木原先生のご尽力にはどんなに感謝してもしたりないです。本当にありがとうございます」
女性は、また深々と頭を下げた。
「晴美さん、お待たせしたね。では、日照の件を話そうか」
「あ、いえ……。申し訳ないのですが、私のウチで話をしていただけますか? 裕太が心配なものですから」
「あっ! そうか。申し訳ない。そうだね、じゃあ、隣で話そう」
「すいません、我が儘を言いまして……」
「いや……。僕が気がつくべきだったよ。ごめんね」
「……、……」
木原はそう言うと、机の上のファイルを手に持ち、ノートパソコンを抱えて移動の準備をする。
「あの……、今の女性は……?」
「ああ、あの人は共働きなんだけど保育所の空きがなくて困っていてね。もし認可保育所に入れなかったら仕事を辞めざるを得ないってことで相談に乗ったんだ」
「……、……」
「保育所は、シングルマザーや低所得世帯には手厚いけど、共働き世帯にはなかなか空きが回ってこない。だから、一生懸命仕事に復帰しようとしている共働きの女性はとても苦しんでいるんだ」
そう言うと、木原は深刻そうにうなずいて見せるのだった。
裕太ママ晴美の一言メモ
「ウチは無認可の保育所なんだけど、小百合さんがお金を出してくれているから……。ママ友でさっきの人と同じように嘆いていた人がいたなあ」
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