『隣の県議様』 三十一歳、バツイチ子持ち女の日照争奪戦!

てめえ

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第30話 それから半年経って……

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「ほら、裕ちゃん……。さゆりさんって言ってごらん?」
「……、……」
「もう、こっち見て。ほら、さ、ゆ、り、さん……」
「バアバ……」
「ゆ、裕ちゃんっ!」
「バアバ……」
裕太は喋り出すようになってからは、かなり意図的な発言をするようになった。
 だから、小百合は自分の名前を呼ばせようと必死になっている。

「晴美さんっ! 裕ちゃんに何を教えたの? バアバってどういうことよ」
「さあ……」
私は笑いをこらえながら生返事をする。

 別に、私が裕太に教えたわけではないのだ。
 裕太は保育所で覚えてくるらしく、時々、私もビックリするような言葉を言うことがある。




「晴美さん、次に私が来るまでに、裕ちゃんに小百合さんって言えるようにしておきなさい」
「そう言われても……。小百合さんが直接教えなかったら覚えないと思いますけど?」
「もう……。寝顔だけは相変わらず可愛いのよね。今も、日なたでポカポカしていたらいつの間にか寝てしまったわ」
「……、……」
そうなのだ。
 相変わらず寝付きが良くて、私も助かっている。
 ただ、最近、寝相が悪く、たまにベットの柵に手を打ち付けてアザをつくっていることがあるが……。

「ところで、隣のマンションって一向に工事が始まる気配がないわね」
「そうなんです。建築確認申請が出されたら、木原さんのところに連絡が来ることになっているんですけど、全然音沙汰がないようで……」
「債権放棄が決まらないのかしら?」
「どうなんでしょう。たまにネットで検索をかけてみるんですけど、まだそう言う記事はないようです」
「うふっ……。晴美さんも、少しは世間のことが気になるようになったのね」
「お陰様で……」
私と小百合は、顔を見合わせて笑い合う。

 そう、あれからもう半年が過ぎている。
 川田が、日照の件は無事解決すると予言してから……。




 川田は、こう言っていた。
「債権放棄が決まるまでは、建築確認申請は行われない。だから、しばらくはそのままだよ」
と……。
 しばらくがいつまでかは分からないが、何れにしても立体駐車場が二階建てになることは間違いないと言っていた。
 それも、向こうから言ってくるから大丈夫だと……。

 今のところ、デベロッパーからは何も言っては来ない。
 しかし、私は何の不安も感じてはいない。

 そう言えば、木原から田所が担当から外されたことを聞いた。
 中高層調整課の角田からの情報だそうで、何でも、コスモスイクスピアリの逆鱗に触れて担当を下ろされたらしい。
 原因は、間違いなく私達だろう。

「今回の件で一番のお手柄は、晴美ちゃんが木原さんを巻き込んだことだよ」
川田はそう言って笑っていた。
 本当は、私ではなく小百合が木原を巻き込んだ張本人なのだが……。

「木原さんは、自分の事務所だけに影がかかるのだったら、きっと何も言わなかったはずさ。あの人、他人のためには一生懸命になるけど、自分のことにはまったく無頓着だからさ」
川田は木原がいないときに、そう教えてくれた。

 私もそう思う。
 木原は、誰にでも平等なのだ。
 木原本人を除いては……。

 その木原であるが、最近、来年の選挙に向けて慌ただしく動いているようだ。
 私もポスターの裏に両面テープを貼る作業を手伝った。
 こんなことくらいしか私はしてあげられていないが、もう少し選挙が近くなったら、また何か協力したいと思っている。




「そうだ、晴美さん……」
「何ですか?」
小百合が珍しく声をひそめて私に話しかける。

「ウチのバカ息子なんだけど、不倫相手と別れたみたい」
「はあ……?」
「それで、私に言ってきたのよ。晴美にちゃんと謝りたい……、って」
「……、……」
「だから、私が怒鳴りつけてやったわよ。今更何を言ってるのっ! ってね」
「うふふ……。小百合さん、あまり怒ると目尻の小じわが増えますよ」
「そうよ……。バカな息子を持つと苦労するわ」
「直人さんには言っておいて下さい。私は裕太としっかり暮らしています……、と」
そう……。
 私はもう以前の私ではない。

 仕事もしっかりとこなしているし、裕太だってちゃんと育てている。
 トラブルがあれば積極的に対処することも覚えたし、世間では必死に生きている人がいっぱいいることも知った。

 そして、私みたいな人間にも手を差し伸べてくれる、木原のような存在がいることも……。

「……で、どうする? 一度くらい逢ってみる?」
「……、……」
私は小百合の問いに、黙って首を振った。

「そうね、それが良いわ。自分の息子に会いたいと言い出さないようなろくでなしと、逢うことなんてないわ」
「……、……」
正直、私はもう直人には関心がない。
 裕太の父親だと言うこと以外は……。




「ピンポーンっ」
インターフォンが鳴った。
 日曜日の夕方に、誰だろう?

 小百合も少し怪訝そうな顔でこちらを見ている。

「は~いっ!」
私は玄関に向かった。

 誰が扉の向こうに立っていても、今の私なら大丈夫だ。
 きっと対処できる。




 裕太ママ晴美の一言メモ
「これからも社会に関心を持って生きていきます。もう、消極的で臆病な私とはサヨナラです」



                  (了)
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