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第2話 夢中になる横顔
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王立学園の一角、研究棟の奥には講師たちの部屋が並んでいる。
その一室――「魔導理論」の札が掛けられた扉の前に、第三王子クリストフは立っていた。
昼の講義の後、どうしても気になる存在があった。
あの、魔導書を抱えて廊下で慌てていた青年講師――ユーリ・グレイ。
(……なぜだろうな。あの瞳が、妙に心に残る)
思い返せば、紫水晶のように透き通った瞳はころころと表情を変え、子どものように正直だった。
普段、相手の顔色を読み、駆け引きの中で生きているクリストフには、それが新鮮に映った。
コン、コン。
扉を軽く叩いた。
……返事がない。
「……留守か」
そう呟いたが、どうにも気になって扉を押すと、鍵は掛かっていなかった。
中に足を踏み入れると、古びた紙とインクの香りが鼻をくすぐる。
壁一面に積まれた魔導書、机の上に散らばる羊皮紙。
まるで研究のために世界を詰め込んだような雑然とした空間だった。
その床に、ひとりの青年が座り込んでいた。
「……」
銀髪がランプの光を受けて揺れ、紫の瞳は魔導書に釘付けになっている。
膝を抱え込むようにして紙面を追いかける姿は、子どものように夢中だ。
(……まったく。講師とは思えない格好だ)
クリストフはため息をついた。
だがしばらく観察するうちに、無表情のはずの彼の口元に、ごく自然な笑みが浮かんでいた。
ユーリは気づかない。
眉をひそめたり、目を輝かせたり、くるくると変わる表情。
一文字一文字を追いかけるたびに顔が動き、まるで魔導書そのものに会話しているようだ。
(……こんなに表情が豊かとはな)
思わず、クリストフの胸がくすぐったくなる。
冷徹であるはずの心に、小さな波紋が広がっていく。
やがて、声を掛けようと口を開いたが――
「……ふむ、そうか……じゃあ、ここをこう繋げば……」
ユーリが小さな声でぶつぶつと呟き始めたため、再び言葉を飲み込む。
観察していると、余計に可愛く思えてきて、なかなか声を掛けられなかった。
(……そろそろ気づいてほしいものだが)
痺れを切らしたクリストフは、歩み寄るとそのまま青年の体を抱き上げた。
「わ、わっ!? えっ……な、なに……!?」
突然の浮遊感に、ユーリが慌てて本を落とす。
「床に座り込んで本を読むなど、行儀が悪いですよ、講師殿」
淡々とした声。
しかし腕の中は、まるで宝物を扱うように丁寧だった。
「ちょ、ちょっと! 僕、自分で立てますから!」
「そうでしょうね。しかし、今は私が運びます」
抵抗を無視して、そのままソファに腰を下ろし、ユーリを膝の上に座らせる。
「ひゃっ……!」
顔を真っ赤にするユーリ。
「ここなら本を読むのに十分でしょう。……それに」
クリストフの瞳がわずかに柔らぐ。
「その顔を、こんな薄暗い床の上で見るのは惜しい」
「……っ……」
顔を覗き込まれて、ユーリは耳まで真っ赤になり、視線を逸らした。
氷の王子と呼ばれた第三王子が、思わず笑みを零す。
それは、ユーリという青年がもたらした、初めての温かな揺らぎだった。
その一室――「魔導理論」の札が掛けられた扉の前に、第三王子クリストフは立っていた。
昼の講義の後、どうしても気になる存在があった。
あの、魔導書を抱えて廊下で慌てていた青年講師――ユーリ・グレイ。
(……なぜだろうな。あの瞳が、妙に心に残る)
思い返せば、紫水晶のように透き通った瞳はころころと表情を変え、子どものように正直だった。
普段、相手の顔色を読み、駆け引きの中で生きているクリストフには、それが新鮮に映った。
コン、コン。
扉を軽く叩いた。
……返事がない。
「……留守か」
そう呟いたが、どうにも気になって扉を押すと、鍵は掛かっていなかった。
中に足を踏み入れると、古びた紙とインクの香りが鼻をくすぐる。
壁一面に積まれた魔導書、机の上に散らばる羊皮紙。
まるで研究のために世界を詰め込んだような雑然とした空間だった。
その床に、ひとりの青年が座り込んでいた。
「……」
銀髪がランプの光を受けて揺れ、紫の瞳は魔導書に釘付けになっている。
膝を抱え込むようにして紙面を追いかける姿は、子どものように夢中だ。
(……まったく。講師とは思えない格好だ)
クリストフはため息をついた。
だがしばらく観察するうちに、無表情のはずの彼の口元に、ごく自然な笑みが浮かんでいた。
ユーリは気づかない。
眉をひそめたり、目を輝かせたり、くるくると変わる表情。
一文字一文字を追いかけるたびに顔が動き、まるで魔導書そのものに会話しているようだ。
(……こんなに表情が豊かとはな)
思わず、クリストフの胸がくすぐったくなる。
冷徹であるはずの心に、小さな波紋が広がっていく。
やがて、声を掛けようと口を開いたが――
「……ふむ、そうか……じゃあ、ここをこう繋げば……」
ユーリが小さな声でぶつぶつと呟き始めたため、再び言葉を飲み込む。
観察していると、余計に可愛く思えてきて、なかなか声を掛けられなかった。
(……そろそろ気づいてほしいものだが)
痺れを切らしたクリストフは、歩み寄るとそのまま青年の体を抱き上げた。
「わ、わっ!? えっ……な、なに……!?」
突然の浮遊感に、ユーリが慌てて本を落とす。
「床に座り込んで本を読むなど、行儀が悪いですよ、講師殿」
淡々とした声。
しかし腕の中は、まるで宝物を扱うように丁寧だった。
「ちょ、ちょっと! 僕、自分で立てますから!」
「そうでしょうね。しかし、今は私が運びます」
抵抗を無視して、そのままソファに腰を下ろし、ユーリを膝の上に座らせる。
「ひゃっ……!」
顔を真っ赤にするユーリ。
「ここなら本を読むのに十分でしょう。……それに」
クリストフの瞳がわずかに柔らぐ。
「その顔を、こんな薄暗い床の上で見るのは惜しい」
「……っ……」
顔を覗き込まれて、ユーリは耳まで真っ赤になり、視線を逸らした。
氷の王子と呼ばれた第三王子が、思わず笑みを零す。
それは、ユーリという青年がもたらした、初めての温かな揺らぎだった。
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