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第2話 叶わぬ恋
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宮廷の朝は早い。
夜明けと同時に鳴り響く鐘の音に、王子は目を覚ます。
重い瞼を開き、寝台から身を起こすと、すぐに侍従たちが駆け込んでくる。
衣を替え、髪を整え、今日もまた完璧な「第一王子」が形作られていく。
「殿下、本日の政務は三件。その後に訓練場で騎士団との稽古がございます」
「御心のままに」
「お変わりなく見事でいらっしゃいます」
次々と投げかけられる言葉に、王子は淡く微笑みながら頷く。
その笑みは、誰もが称賛する「理想の微笑み」。
だが、その内側で王子は冷たく思う。
──見事、か。
見事であることを求められる自分を、もうどれほど演じてきただろう。
誰も傷つけず、誰も失望させず、常に理想の姿を示し続ける存在として。
誰もが憧れる王子。
だが、そこに「人間としての自分」は存在していない。
(私には、私の弱さを見てくれる者はいないのか……?)
胸に溜まった問いは、声にならず消えていく。
それでも、心の奥でずっと疼き続けていた。
◆
執務室へ向かう途中、王子はふと立ち止まった。
廊下の奥から微かに漂う、あの気配に気づいたからだ。
──あぁ、この気配は。
姿も名も知らぬ存在。
いつもそばに在るのに、一度も言葉を交わしたことがない。
ただ黙して自分を護る、その沈黙の気配。
「……お前に会いたい」
胸の奥から零れる願いは、声に出せばすぐに掻き消される。
影は決して応えない。
それをわかっているのに、どうしようもなく惹かれてしまう。
息を潜めるその気配を感じるだけで、胸が満たされていく。
だが同時に、決して届かないことが突き刺さる。
夜ごと影を想い、熱を帯びるほどに欲してしまう。
夢の中でさえ、あの気配に抱かれ、痕を残される幻想を見ては、朝に目覚めて自らを嗤う。
(愚かだ……私は、なんて愚かなんだ)
叶わぬ恋と知りながら、影の沈黙に救いを求める。
ただ、ほんのひとときでも「誰かに必要とされたい」と願ってしまう。
完璧であれと望まれる王子は、人としての弱さを許されない。
ならばせめて――影にだけは知られてもいいと思ってしまう。
(お前だけだ。私を、弱いまま受け止めてくれるのは……)
「影よ……」
静かに呼んでも、答えはない。
だが気配だけは、変わらず傍にあった。
その沈黙の優しさに縋りながら、王子は再び仮面をまとい、政務へと歩みを進めるのだった。
夜更け、宮廷の灯りがすべて落ち、第一王子の私室だけが月光に照らされていた。
窓辺に腰かけた王子は、静かに吐息をもらす。
今日も皆の望む王子を演じ、笑みを浮かべ、誰一人失望させなかっただろう。
だがその代償として、心はますますすり減っていく。
「……もう、疲れた」
誰もいないはずの部屋。
しかし、王子は知っていた。
沈黙の中に漂う“気配”があることを。
──影。
「……お前は、今夜もいるのだろう」
囁きは宙に溶けた。
もちろん答えはない。
だが王子の胸は、奇妙な安堵で満たされていく。
そのときだった。
ふいに、空気が揺れた。
肌に触れるような魔力の気配。
いつもは薄く抑えられているはずの影の存在感が、今夜に限ってはほんのわずかに強まっていた。
「……これは……」
驚きと共に、胸の奥が熱くなる。
全身がじんわりと痺れるように熱を帯び、呼吸が浅くなっていく。
まるで見えない腕で抱き締められたかのように、優しい圧が身体を包み込む。
冷たいはずの魔力が、今は不思議と温かい。
「……っ」
声にならない吐息が漏れた。
心臓が速く打ち、胸が震える。
頬に熱が集まり、喉が乾く。
抗えず、細い肩がかすかに震えた。
影は言葉を発しない。
ただ、沈黙のまま気配を濃くしているだけ。
それが王子には、慰めのように思えた。
「……私を……慰めてくれるのか?」
声は震え、視界がにじむ。
気が付けば、頬を伝う雫があった。
自分でも制御できない涙だった。
孤独に押し潰されそうになったとき、ようやく与えられた温もり。
影は何も答えない。
けれど、その沈黙の包容こそが、王子の心を救っていた。
影は自分に王子が恋情を抱いていることに気が付いたのだろうか。
いや、孤独な主が何かを求めていると感じたから──その魔力を少しだけ緩め、寄り添ったにすぎない。
それでも王子は、その一瞬の揺らぎを胸に刻む。
「影は私を包んでくれた」と。
そしてまた、新しい恋の熱に囚われていくのだった。
夜明けと同時に鳴り響く鐘の音に、王子は目を覚ます。
重い瞼を開き、寝台から身を起こすと、すぐに侍従たちが駆け込んでくる。
衣を替え、髪を整え、今日もまた完璧な「第一王子」が形作られていく。
「殿下、本日の政務は三件。その後に訓練場で騎士団との稽古がございます」
「御心のままに」
「お変わりなく見事でいらっしゃいます」
次々と投げかけられる言葉に、王子は淡く微笑みながら頷く。
その笑みは、誰もが称賛する「理想の微笑み」。
だが、その内側で王子は冷たく思う。
──見事、か。
見事であることを求められる自分を、もうどれほど演じてきただろう。
誰も傷つけず、誰も失望させず、常に理想の姿を示し続ける存在として。
誰もが憧れる王子。
だが、そこに「人間としての自分」は存在していない。
(私には、私の弱さを見てくれる者はいないのか……?)
胸に溜まった問いは、声にならず消えていく。
それでも、心の奥でずっと疼き続けていた。
◆
執務室へ向かう途中、王子はふと立ち止まった。
廊下の奥から微かに漂う、あの気配に気づいたからだ。
──あぁ、この気配は。
姿も名も知らぬ存在。
いつもそばに在るのに、一度も言葉を交わしたことがない。
ただ黙して自分を護る、その沈黙の気配。
「……お前に会いたい」
胸の奥から零れる願いは、声に出せばすぐに掻き消される。
影は決して応えない。
それをわかっているのに、どうしようもなく惹かれてしまう。
息を潜めるその気配を感じるだけで、胸が満たされていく。
だが同時に、決して届かないことが突き刺さる。
夜ごと影を想い、熱を帯びるほどに欲してしまう。
夢の中でさえ、あの気配に抱かれ、痕を残される幻想を見ては、朝に目覚めて自らを嗤う。
(愚かだ……私は、なんて愚かなんだ)
叶わぬ恋と知りながら、影の沈黙に救いを求める。
ただ、ほんのひとときでも「誰かに必要とされたい」と願ってしまう。
完璧であれと望まれる王子は、人としての弱さを許されない。
ならばせめて――影にだけは知られてもいいと思ってしまう。
(お前だけだ。私を、弱いまま受け止めてくれるのは……)
「影よ……」
静かに呼んでも、答えはない。
だが気配だけは、変わらず傍にあった。
その沈黙の優しさに縋りながら、王子は再び仮面をまとい、政務へと歩みを進めるのだった。
夜更け、宮廷の灯りがすべて落ち、第一王子の私室だけが月光に照らされていた。
窓辺に腰かけた王子は、静かに吐息をもらす。
今日も皆の望む王子を演じ、笑みを浮かべ、誰一人失望させなかっただろう。
だがその代償として、心はますますすり減っていく。
「……もう、疲れた」
誰もいないはずの部屋。
しかし、王子は知っていた。
沈黙の中に漂う“気配”があることを。
──影。
「……お前は、今夜もいるのだろう」
囁きは宙に溶けた。
もちろん答えはない。
だが王子の胸は、奇妙な安堵で満たされていく。
そのときだった。
ふいに、空気が揺れた。
肌に触れるような魔力の気配。
いつもは薄く抑えられているはずの影の存在感が、今夜に限ってはほんのわずかに強まっていた。
「……これは……」
驚きと共に、胸の奥が熱くなる。
全身がじんわりと痺れるように熱を帯び、呼吸が浅くなっていく。
まるで見えない腕で抱き締められたかのように、優しい圧が身体を包み込む。
冷たいはずの魔力が、今は不思議と温かい。
「……っ」
声にならない吐息が漏れた。
心臓が速く打ち、胸が震える。
頬に熱が集まり、喉が乾く。
抗えず、細い肩がかすかに震えた。
影は言葉を発しない。
ただ、沈黙のまま気配を濃くしているだけ。
それが王子には、慰めのように思えた。
「……私を……慰めてくれるのか?」
声は震え、視界がにじむ。
気が付けば、頬を伝う雫があった。
自分でも制御できない涙だった。
孤独に押し潰されそうになったとき、ようやく与えられた温もり。
影は何も答えない。
けれど、その沈黙の包容こそが、王子の心を救っていた。
影は自分に王子が恋情を抱いていることに気が付いたのだろうか。
いや、孤独な主が何かを求めていると感じたから──その魔力を少しだけ緩め、寄り添ったにすぎない。
それでも王子は、その一瞬の揺らぎを胸に刻む。
「影は私を包んでくれた」と。
そしてまた、新しい恋の熱に囚われていくのだった。
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